第零章 いつかの始まりの物語 2
「――言おうかどうか迷ってたんだけど」
二人だけになってどれくらい経ったのか――
横にいる紅耶に向かって――それは本当に紅耶に向かってなのか、それとも自分に向かってなのかはわからなかったが――シリスは静かに呟いた。
「言わないと後悔しそうだから言っておく」
紅耶は一瞬視線を向けただけで、何もいわなかった。それは、シリスが何を伝えようとしているのかを知っていたから。
「みんなの前ではああいったけど。紅耶、わたし一人で行かせてくれない?」
「……何いってるの?」
「ここから先は紙一重よ。わかってるでしょ、『選ばない』という選択はない。必ず、選ばなきゃならないの『行動を』」
シリスは紅耶の正面に立ち、すっと瞳を見つめた。
「分かってるでしょ?」
「だから?」
「汚れるとするなら、一人でいいわ」
「ふざけないで」
「ふざけてないわ。いっておくけど、わたしは本気よ」
「だから、ふざけないでっていってるのよ」
紅耶は一歩踏み出した。シリスを見つめ――そんなのお互い分かっているでしょ――と内で呟きながら、言葉を続けた。
「そんなこと聞くと思ってるの?」
「思ってないわ。でも、『分かるでしょ』?」
シリスは「分かるでしょ」という言葉を三回使った。分かっている……そんなのは、当に紅耶も分かっていた。シリスと自分が同じ気持ちであることは――そう、会った時から分かっていた。それは、今でも変わらない。
紅耶も同じ事を考えていた。汚れるなら、自分一人で十分だ。例え、シリスが納得し覚悟していたとしても、紅耶は自分一人だけでいいと考えていた。
そう……そして、分かっているのだ。それは、シリスも同じ考えであることは。
「――人を殺すところなんて見たくないのよ」
「それは、お互い様でしょ!!」
紅耶はシリスの胸倉を掴み叫ぶ。ぐっと顔を近づけ、互いに視線をぶつけた。気持ちをぶつけるように、自分の全てをぶつけるように。
「…………」
「…………」
――数分か数秒か。
沈黙の時間は、言葉以上のものを確かに二人に伝えたさせた。確かめ合わせた。
「……だから」
紅耶は掴んだ服から手を離し、絞り出すように囁いた。
「だから、絶対人を殺さないようにする。絶対に、何があっても。誰一人死なせない。殺させない。殺さない。いい? 誰一人よ」
凛と言葉に、燐と瞳に光が宿る。それは、意志の光だった。紅耶の決意の光。
「絶対に、やる」
「――分かったわ」
シリスは頷いた。苦笑して……だけれど、嬉しくて。
「誰一人死なせない。いいわ、やりましょ」
でも、涙を見せるのは全てが終わってからだろう。嬉し涙で終われるように。
「頼んだわよ、相棒」
手を上げ、顔の前でぐっと握り合う。誓いでも約束でもない。変更のない現実にするという意思の確認だった。
「そろそろ時間ね。行きましょうか」
「行こうか」
研修生と化物の女王は行く。魔法都市を力ではなく壊す為に――その為に世界の崩壊を止める為に。




