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人間は自分で立ち位置を決めることができる。即ち、責任か傍観か。
変わることを望まなければ、何も変わらない。
歩かなければ、歩き続けなければ、どこにも辿り着かない。
「――人間って、性善と性悪のどちらだと思う?」
シリスはふと思いついた自戒ともいえる句を手帳のページの端に書き記すと、両肘をついて組んだ手に顎を乗せながら、にこっと微笑んでこちらに問いかけてきた。
この自分と同い年の少女は時々唐突にこういうことを聞いてくる。そして、聞いてくる時は必ず何かしらの続きがあることを短い付き合いながら知っていた。
紅耶は読んでいた愛読書である『宮本武蔵』から顔を上げ、眼鏡を外すと迷い無く答えた。
「答えはどちらでもない。環境によって、人の本質は変わってくるものだから」
「わたしもそう思う。でも――」
「でも、どちらかといえば人間の本来の本質は性善だと思う」
言葉を遮って続きを答えた紅耶に、シリスはくすっと笑った。
「ふふ、さすが」
そして、そのまま目を閉じ、まるで講義をするように話を続ける。
「戦争、侵略、独裁、差別……人類の歴史の中で様々な問題が起こってきたけど、人間は必ず平和と共存の道を選んできた。これは人間の本来の性質は性善といえるということじゃないかな」
そこまで言って目を開くと、シリスは顔を上げ組んだ手を解いてからはっきりと断言した。
「だから、どんな問題が起ころうとも最後は必ずいい方向に向かう。バッドエンドのシナリオしかないのなら、人間が生まれた意味がない」
「まあね」
同意してから、紅耶はまだ開いていた本を閉じた。
もし普通の学生であれば簡単に聞き流してもいい内容だっただろう……普通の十六歳の学生であれば。
だが、シリスの立場を考えれば、そこには重い意味が含まれていることを意識せずにはいられなかった。
シリス・フィル・レイティーナ。
十六歳、古城学園高等部二年。綺麗な金糸の髪に、海のような碧の瞳。そして、透き通るような白い肌。どこからどう見ても美少女といえたが性格はお淑やかではなく、爛と輝く瞳は精気に溢れていた。反対にいえば、そうでなければ今の位置に立つこともできなかっただろうし、今こうして立ち続けることも難しかっただろう。
レイティーナ学園長の娘であり、幼等部から大学院まである古城学園全生徒の責任者である生徒会長でもある。
そして、二つの意味でこの国の中で最も強い力を持つ魔法使いと言われていた。
一つ目の意味は、文字通り純粋な魔法使いとしての力。もう一つの意味は、魔法都市の中心人物としての力。
まだ共同体として日が浅い魔法使いの社会を早急に纏めるには、魔法の力が一番強い者を上に立たせるしかなかった。
少数といえど、魔法使いは今の社会を容易に変革できる力を持っている。一歩間違えれば、魔法使いが支配する社会へとなりかねない。
そんな魔法使い全員を納得させ治めるには、力に頼るしかなかった。それほど魔法使いの歴史は浅く、まだ混乱していたといえた。
だが、安定させる為とはいえ、五年前、十一歳という若さで……いや、幼さで、国の魔法使い全員の上に立たなければいけなくなったのはどんな気持ちだっただろう。




