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研修生と化物の女王  作者: shio
プロローグ
104/104


 ――パタン


 ドアを閉じ、翠はそのまま扉に背中を預けた。

 部屋の中にはまだ妹がいる。


(職や地位を失うのが怖いわけじゃない)


 だけれど……今ここで自分一人が声高に特魔のやり方を否定したとしても、ただ警察を辞めさせられるだけで何も変わりはしない。だったら、まだ今の場所にいて少しでも魔法使いを守っていったほうが良かった。

 ……ただ、でも。

 そうだと分かっているつもりでも、そんな汚れた特魔にいなければいけない自分に嫌悪感が生じるのは拭いようがなかった。


(……それでも)


 賢い妹は、自分の気持ちも分かってくれている。それだけでいい。

 それだけで頑張れる。


(わたしは、わたしの戦いをしなくちゃね)


 ――『汚れ』は酷いかもしれないが、少しずつでも掃除していかなければ一生綺麗にはなれない。

 妹は特魔で再会すると言った。だったら、自分ができることは少しでも綺麗にしておくことだ。


「……さて、と」


 翠は預けた背中を離すと、足早に歩き出した。

 とりあえずは、紅耶帰還の説得が失敗したことを報告し、その『言い訳』を考えなければならない。

 紅耶は自分のことを気遣って『いつか必ず戻る』という約束をしてくれたが、その言葉はなるべく最後までだしたくない。説得することを期待もしてないくせに、自分の降格をちらつかせて紅耶まで追い詰めようとした上層部などに妹の好意を簡単に使いたくなどない。


 ――さて、どう立ち回るか――


 速度はゆるめないまま、翠は歩き続けた。

 翠の戦いはもう始まっていた。



 ――――――――――



「――で、なんの話だったの?」

「う~ん、給料がでなくなるかもしれない」

「そ。じゃあ、わたしが養ってあげるわ」

「え、そういう話?」

「そういう話でしょう。紅耶はそれだけ働いて貰ってるんだから、その分のお給料はちゃんと出すわ。一人で生活する分には十分なお金よ」

「それはありがたいんだけどね」

「だったら、後は何の心配もいらないでしょ」


 シリスは綺麗な白い指でスッと自分を指差し、そして、続けて紅耶を指差した。


「わたしがいて紅耶がいる。それだけで不満?」

「……ん、まあ。ありがと」

「よろしい」


 紅耶の返答に満足して、ついでに「最初から素直になればいいのに」付け足してからシリスは話を続けた。


「さて、『準備』をしなくちゃね」

「誰かいた?」

「いいえ、いないわ」


 ――一瞬、シリスと紅耶の頭に一人の少女が浮かんだ。だけれど、


「だからといって、準備がなくなるわけではないわ。準備は必要よ、いつだってね」


 二人とも、その少女のことをいわなかった。お互いに浮かんでいることを知っていても。


「準備をしない人間は諦めているのと同じ。わたしは諦めた人間にはなりたくない」

「わかってるよ」

「そうね、わかってるわね。紅耶なら」


 シリスは「だから」と続けた。悪戯っぽくいいながらも、『だからこそ』の信頼をその奥に含めて。


「これからはもっとお仕事が増えるかもしれないけどよろしく」

「お給料は増える?」

「そうね、考えておくわ」

「素直にいったのに、そこは受け入れないんだ」

「『高く』なりそうなんだもの。これからのことを考えると」


 シリスは笑った、「というか、わたしなんてほとんどサービス残業なんだけど」と呟いて。


「まあ、それはそれとして、当面の問題はまずこれかしらね」


 そう言って紅耶の前に差し出す一枚の書類。シリスは肘を付いて指を組むと、その上に顎を乗せた。


「新しい転入生。書類には一切怪しいところはないけれど、このタイミングでの転入っていうのは――紅耶はどう見る?」

「調べれば『当たり』かどうかはすぐ分かると思うけど、まさか『本当に分からない』と思っていないと思うけど相手も」

「ふふ、さすがにそこまで愚かじゃないか」

「というより」


 とんとん、と紅耶は書類にある写真を指でつついた。


「写真見れば一発じゃない。そのものだよ」

「ふふ、そうね。そうよね、そのものよね」


 シリスは微笑んだ――といっても、その微笑みは紅耶に対しての意地悪な笑みだったのだが。


「楽しそうだね、シリス」

「楽しいわ。だって、紅耶が困りそうだから」


 シリスはにっこり微笑んだまま組んだ手を外し、書類を持ち上げた。証明写真の少女の視線が紅耶に向けられる。


「新しい研修生――特魔はこの子にあなたの代わりをさせるつもりよ、紅耶」


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