月下の殺戮者
【作者より】
※ 拙作はしいな ここみさま主催の「いろはに企画」に参加させていただいた作品です。
前作「その命、いただきます。(https://ncode.syosetu.com/n6302la/)」と同じところがありますが、『執事』視点で書かせていただいています。
なるべく前作の内容を理解してから読むと楽しめるかと。
※ 人を殺める場面や残酷な描写、死描写があります。
今宵は満月か。
俺は我が主である社長令嬢に紅茶を注ぐ。
満月の日はとんでもないことが起こりそうだと思いながら窓の外を見ていた。
「ねえ」
「はい、何でしょう。お嬢様?」
「今日の晩餐は変わったものが食べたいわ」
「どのようなものを?」
「そうね……今日はヒトを食べてみたいですわ」
ヒ、ヒト!?
やはりとんでもないものを!?
これには俺を含め、使用人もドン引きしている。
彼女は今宵、物騒な晩餐を望んでいることを――。
「できないの?」
「はぁ……私でよろしければやってみましょう。お嬢様、私が帰るまでに時間がかかると思いますので、明日の支度をきちんと済ましておいてください。では行って参ります」
「行ってらっしゃいまし」
俺は彼女の部屋を出て支度を始めた。
燕尾服から黒背広に袖を通し、黒手袋をはめ、拳銃にナイフ、医療用メス、ガーゼをあちこちのポケットに入れる。
実は俺、この屋敷に仕える執事は表の顔、暗殺者という裏の顔もあるのだ。
通り名は『月下の殺戮者』。
その由来はあくまで噂ではあるが、満月の時しか現れない、美男子で整った外見やシルエットが月明かりに映えるからきているらしい。
彼女のことを簡単に言うと、普通の食事はもちろん美味しく残すことなく食べるが、ヒグマやフクロウ、毒ヘビといった動物以外にもあらゆるものを食べる。
彼女が万年筆を食べているところを目撃した時は衝撃的だったことを今でも覚えている。
今宵の晩餐で彼女が欲しているものは捕獲が難しい動物ではない。
ヒトだ。
彼女にヒトを美味しく食べていただくには拳銃で派手に殺めるより、ナイフやメスで綺麗に殺めた方がいい。
キャリーバッグを引く音がする。
俺はニタリと口角を上げた。
晩餐に最適そうなターゲットを見つけたから。
その人物の外見からすると年齢は二十代くらいの女性。
近場のホテルに泊まろうとしているか家路についているかといったところだろう。
「こんばんは、綺麗なお嬢さん」
「こんばんは」
相手に警戒されないよう、他愛のない会話を楽しむ。
この場は俺の舞台だ。
月明かりに照らされた絶好の舞台――。
「夜道は暗いですのでお気をつけて」
本人や周囲に気付かれないよう、ポケットから持っていたナイフを出し、後ろからグサッと突き刺す。
「……ぐは……っ」
口から出血が見られ、隙なく背部を支え、前からも。
月の下で社交ダンスを踊るように――。
上手くいったようだ。
血のついたナイフや傷口を拭いたガーゼは袋に入れ、ポケットにしまう。
幸いにも赤のワンピースを着ていたためそのままズルズルと引きずるようにその場をあとにした。
持ち主がいなくなったキャリーバッグと血痕を残して――。
屋敷に戻り、手早く燕尾服に着替える。
命を落とされたものは外に置いておき、道端でたまたま発見して屋敷まで持ってきた設定だ。
「お嬢様、只今戻りました」
「お帰りなさいまし」
「今から晩餐を作りますので、暫しお待ちを」
「流石ね。期待しているわ」
他の使用人は血の気が引いた表情をしている中、俺は全く気にせずに外に置いてあった電動のこぎりを片手にキッチンに向かう。
「さて、始めるか」
基本的な調理をする音から物騒な音まで様々な音が溢れるキッチンで調理を進める。
物騒な晩餐を作る時は味見しない。
理由は単純なもので、見た目は美味しそうに手を加えるが、味に関しては彼女が美味しく食べていただいているため問題はないから。
「お嬢様、お待たせいたしました。ヒト一人分を余すところなく調理したフルコースでございます」
「いただきます」
彼女は物騒な晩餐をじっくり味わいながら食べている。
カチャッと静かに置かれ、暫く動かない銀食器は食事を終えたサイン。
もちろん皿やカップには何も残されていない。
「ごちそうさまでした。美味しかったわ。また作ってくれるかしら?」
「いつでもどうぞ。私の手にかかるのならば……」
彼女の耳元で囁いたあとの表情が凍りついている。
もしかして俺は執事ではなく、暗殺者の顔をしていたのか?
「顔や声に出ていますわよ?」
「し、失礼いたしました」
いつかの満月の日に彼女を暗殺者として殺められる日がくるのかは誰にも分からない――。




