②魔女(師匠)と王子(弟子)のクールな日常
しいなここみ様主催 『この部屋で○○してはいけない企画』参加作品!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/2175055/blogkey/3490760/
『ラブコメ×ファンタジー×禁断×両想い×秘密の部屋』の第二話!
これは、そんなお話です。(; ・`д・´)<やばい、26日までに終わらない・・(爆)
――先刻に現れた魔獣の被害が収まり、季節は静かな移ろいを見せていた。
王都から遠く離れた深い森の奥、黒き尖塔をいただく魔女の館。
そこが”魔女”ツァミーナ・マルヴァと、”王子”エリオット=ローランド=グランツの日々の舞台である。
【朝 ―― 静かな始まり】
館の大窓から差し込む朝の光が、深い森を透かして淡く揺れている。
石造りの廊下には、香草を煮出す穏やかな香りが漂っていた。
「おはようございます・・髪が乱れていますよ、師匠。」
先に朝の支度をしていた王子こと、弟子のエリオットが寝起きのツァミーナに声をかける。
「・・魔女は寝起きでも美しいものよ・・おはよう、エリー・・」
腰まである長い薄紫の髪は、昨夜の疲れからか少し乱れていた。
気怠そうに椅子へ腰かけるツァミーナの前には、姿見の鏡がある。
そう言いつつも、彼女は無造作に髪を払っただけで整える気配を見せない。
・・ちなみに、この王国における習いとして、男性の愛称は”名の後半部”(例:エリオット→オットー など)を呼ぶことになっているが、ツァミーナは頑なに『エリー』または弟子と呼んでいる。
そこには男性でありながらも、エリオットの女性的で繊細な容姿を揶揄したという理由をあげているが・・。
「・・仕方ありませんね。失礼します。」
エリオットは立ち上がると、背後に回り込み、ブラシで彼女の長い髪を静かに梳きはじめた。
しゅるり、しゅるりと王子が髪を梳くたびに、光を受けた薄紫の髪は繊細に輝き、一本一本が絹のようになめらかに流れる。
髪を梳く動作そのものが、まるで魔女の存在そのものを際立たせる儀式のように思える。
――艶を帯びて光を受けるその髪に触れ、ほのかに広がっていく香りに、彼の胸は落ち着かぬ鼓動を刻む。
――剣を振るう者とは思えぬ細く長い指で髪を触られるたび、彼女の身体は少しずつ熱を湛え始める。
ふたりにとって変わらぬ朝の、大切で静かな共同生活の空気が漂う。
「・・そういえば、少し髪を切ろうかしら?」
ツァミーナは鏡越しに薄く微笑む。
朝日に反射して微かに銀色が差し、透き通るような紫髪のグラデーション。
「・・ただの思いつきなのだけど・・」
それが見る者の視線を捕らえることを魔女はよく知っていた。
計算された冷静さが、その瞳には漂っていた。
「・・別に、好きにすれば良いのでは・・?」
エリオットは軽く肩をすくめ、
「・・ただ、王都ではその長く珍しい髪色に憧れる女性は多いらしいですよ。」
淀みなくブラシを動かしながら答える。
ツァミーナは一瞬眉を上げ、横目で彫刻のように整った容貌の弟子を見る。
「・・ふん、そう。・・なら、切る必要もないわね。」
真剣な彼の表情に隠された、ほんの一瞬、眉の動きや口元の緩み。
他人では見逃すほどの小さな揺らぎ。
鏡の奥に映る微かな彼の表情の変化をツァミーナは見逃さず、唇の端にわずかな微笑を浮かべる。
そして髪を梳くことに集中しているフリをして、彼女のわずかな微笑を見逃さないエリオット。
((・・今朝も・・尊い!!!・・))
二人の間に言葉にならない、ほのかな情が静かに滲む朝であった。
【朝と昼の狭間の曖昧な時間 ―― 遅めの食事】
「・・やけに静かですね。」
湯気の立つカップを置きながら、エリオットが呟く。
「夜半まで文献を整理していたから。兵士のように早起きは得意じゃないの。」
弟子の腰にいつも携帯されている剣へ視線を送るツァミーナ。
あっさりと言い放つが、確かに彼女の指先には少し疲労の色が残っている。
師匠が一度集中すれば、三日三晩の徹夜など日常茶飯事――そして、その成果は様々な福音となって人々にもたらされていることを弟子は知っていた。
「好きなだけのんびりしていて下さい・・家のことはおおかた既に済んでいますから。」
昔ならば冬のかじかむ水の冷たさに悲鳴を上げていたエリオットだったが、今となっては魔術で家事の大部分を短時間で済ますことが出来るようになっていた。
早朝の稽古を済ませた青年の肉体は、一流の給仕の様な洗練された動きで食事を運ぶ。
聞き様によっては、労りであったり、相手に何もさせない、という言葉にも受け取れるが・・
「・・一国の王子に家事全般をさせるなんて、見た者は卒倒するでしょうね。」
口調は冷ややかだが、受け取ったハーブスープを口に含むツァミーナの頬には、わずかに和らいだ色が差していた。
「全くですね・・そんな悪い魔女は、世界に師匠ひとりだけですよ。」
くるりと師匠に背中を向けた弟子が肩をすくめて、そんな言葉を置いて厨房に戻っていく。
((・・くぅうぅ~~~~!!!・・))
もちろん、ツァミーナが寝不足なのはエリオットの朝稽古もバッチリ見ていたからでもあり、エリオットが背中を向けていたのは、真っ赤な顔を見られたくなかったからであり、ひとりになったツァミーナがジタバタと悶絶するのも、いつもの光景であった。
【昼前―― 共に研鑽の時】
修練の間には、古代魔術の陣を描いた羊皮紙が広げられている。
二人は向かい合い、それぞれの知識と技量を重ね合わせて実験に挑んでいた。
「魔力の流れが少し逸れている・・エリー、右の印を修正しなさい。」
「なるほど・・この場合は、それが正しい経路ですか。」
左右の瞳の色が異なる――蒼と金のヘテロクロミアが妖しい光を放つ。
「これで・・完成だ。」
彼の指先が空気中のマナをなぞると、光の紋様が修正されていく。
「・・ええ。弟子にしては上出来ね。」
青年の言葉を受け入れることは少ない魔女だが、この時ばかりは僅かな肯定を滲ませた。
響いた言葉は冷たくも、声色の奥には確かな信頼があった。
((・・ウチの師匠(弟子)って、優秀すぎる!!!・・))
互いの能力を認め合う沈黙――その静けさが館を満たしていた。
【――少し遅めの昼食を―― 】
頂点にあった太陽がわずかに高度を下げた、ツァミーナが主に使う施術室。
小さな窓から微かな光が差し込み、机に並べられた水晶の珠や羊皮紙が淡い光を放っていた。
ツァミーナは椅子に腰掛け、長い指先で結界を象徴する印をなぞりながら、静かに水晶へ魔力を送り込んでいる。
羊皮紙には王国の地図が描かれており、水晶から注がれる魔力の線が多数の村を指している。
王国の力が及ばぬ辺境の村々――魔女が設置した魔獣避けの結界の維持。
薄紫の髪が生き物のように揺れ動き、周囲の空気まで張りつめたように感じられる。
「・・師匠。」
近づいたエリオットが声をかける。
「そろそろ少し休まれてはどうですか。」
無垢な人々を陰ながら守る、その師匠の行為を留める意味を十分に理解しながら、弟子は己の抱く感情も切り離しながら自分の提案を述べる。
しかし、その視線には明らか尊敬の温かみを添えて。
ツァミーナは視線を上げず、淡々と答える。
「心配には及ばないわ。・・これぐらいの結界の維持、私にとっては息をするのと同じこと。」
「そうでしょうけど・・昼食もまだ取っていませんよ。」
エリオットの声音にはわずかな苦笑が混じる。
「あなたは相変わらず真面目ね。師の心配より、自分の食欲を優先したらどう?」
ツァミーナは手を止めず、薄く肩を揺らした。
「・・僕の食欲よりも、師匠の体調の方が気になります。」
静かに返すその言葉に、ツァミーナの手がほんの一瞬だけ止まった。
彼女はやがて魔力を収め、椅子から姿勢を直す。
「私の十分の一しか生きていないのに生意気な弟子ね。・・いいわ、少しだけ区切りをつけましょう。」
エリオットは安堵の息を漏らし、軽く微笑む。
「では、遅めの昼食をご一緒に。」
ツァミーナはちらと彼に目を向け、唇をわずかにゆるめる。
「・・あなたの用意する食卓なら、悪くはないわね。」
館の静けさの中、ふたりは並んで食堂へと歩き出す。
決して触れることの無い、互いの距離を保ちながら。
(・・私が王国の民を守るのは、貴方がいるからよ・・なんて絶対に言えないっ!?・・)
(・・そんな貴女を守るのが僕の使命だ!・・なんて絶対に言えないっ!?・・)
わずかに交錯した視線の奥――氷の下を流れる、澄んだ水脈のような温かさに、ふたりはまだ気付かない。
【昼すぎ――薬品調合の時】
一歩間違えれば、良薬を死薬へと代えうる調剤室。
それは戦場とは正反対の、穏やかで、しかし張り詰めたような緊張を孕む日常。
「・・師匠、こちらの調合はこれで合っていますか?」
青年は机上に並べられた薬瓶を指で整え、淡々と問いかけた。
白銀の髪が揺れるその姿は、王子でも兵士でもない、魔術師として磨かれた冷静さを残している。
「ええ。分量も手際も問題ないわ。・・ずいぶんと、私のやり方に馴染んできたのね。」
ツァミーナは薄紫の髪を指先で払いつつ、冷ややかに答える。
だが、その声音にはかすかに誇らしげな響きが混じっていた。
「師匠の手を煩わせるよりは、僕が学んだほうが早いでしょう。」
「自分が天才だという自惚れかしら?・・相変わらず口が達者ね。」
互いに表情は崩さない。
「・・けれど、それがあなたの強みでもあるわ。」
(・・ど、どう?実践できているかしら、この前に読んだ『褒めて伸ばす愛弟子の育成本』に書かれていた感じに!?・・)
「・・僕を動揺させて失敗させる作戦ならば、当てが外れましたね。」
手元の微量な薬品も取り違えたりしない。
(・・ほ、褒められた!?ヤバイ、表情筋と手元が緩みそうだ!?・・弟子の失敗は師匠の恥!、集中しろ!自分!・・)
だが、交わるべき点と線が彼方の方向へ行ってしまうのも多々あることであった。
【夕方――書庫整理の時】
館の奥、古代の文献を積み上げた書庫。
開かれた窓から差し込む陽は淡くなり、舞い落ちる埃すら静謐の一部のように見える。
館を満たすのは、二人の呼吸と無音の書籍。
机に向かう青年の手は迷いがなく、古文書の上に並ぶ古語を、現代の文字へと確かに書き写していた。
整った長い指から生み出される筆致。
「・・ふむ。前よりも筆が速いわね。」
背後から降る声は冷ややか。
だが椅子に腰掛け、弟子の手元を覗き込むツァミーナの眼差しには、確かに柔らかな光が宿っていた。
「師匠に散々しごかれれば、多少は形になります。」
青年は筆を止め、わずかに視線を上げた。
「言い方が憎らしいわね。でも・・その憎らしさがなければ、ここまでは辿り着けなかったでしょうね。」
淡い紫の髪がふと揺れ、月光にも似た香気が降りてくる。
孤高の魔女と、異端の王子。
互いに言葉少なく、ただ同じ空気を分け合う。
――この沈黙すら、居心地が良い。
それだけで、かつて孤独を宿命としていた館に、新しい温度が宿るのだった。
((・・いつの日か手紙でもいいから、”好き”って伝えたい!!!・・))
その暮らしは淡々としていて――けれど確かに、少しずつ『師弟』を越えた温かさを帯び始めていた。
【夜 ――小さな事件】
危険な魔道具などを保管、動作を調査する為の禁断の間。
夜の帳が落ち、燭台に灯る青白い火。
永劫の孤独を前提としたはずの館に、緊張の鼓動が響くようであった。
古びた箱から取り出されたのは、古代の魔道具――宝玉を嵌め込んだ銀の杖だった。
「・・これが、封印庫から出てきた遺物ですか?」
エリオットが眉を寄せる。
「ええ。だが扱いを誤れば危険よ。――あまり近づかないで。」
ツァミーナが冷たく言い放った、その瞬間だった。
杖が震え、青白い光を放ちながら床を転がった。
「――っ!」
次の瞬間、炎の鳥が杖から弾け飛び、広間を炎で彩りながら駆け抜けていく。
「下がって!」
ツァミーナが即座に炎を防ぐ障壁を生成し、炎の鳥を追い詰めようと詠唱を紡ぐ。
だが杖が暴走を続け、次々と様々な幻獣を生み出す。
「師匠、左側を抑えます!」
魔力を込めた剣を抜き放ち、白銀の影が疾走する。
「無茶よ、あなたでは――」
逡巡する言葉を乗せながらも、魔女の詠唱は揺らがず、むしろ確固たる強度を持ち始める。
「僕は貴女の弟子です。師匠の足を引っ張るわけにはいかない!」
エリオットの剣と魔力の鎖が閃き、幻獣の動きを断ち切っていく。
「・・ならば示しましょう・・紫髪の魔女の力を!!」
その刹那、ツァミーナが右手を掲げ、紫紺の魔法陣が同時多数展開される。
絶大なる魔力と研鑽された術式が結実された、人の世ならざる異界の美。
炎で構成された幻獣が全て消滅――暴れる杖を元の古びた箱に拘束し、光を収めた。
「・・危険な古代の魔道具ね・・廃棄するしかないわ・・」
部屋の中に静寂は戻ったが、巻き散らかれた炎による焦げた匂いが充満していた。
「・・この部屋ごと造り変える必要がありそうですね・・」
後片付けのことを思うふたりの口から、同時にため息が出た。
「よくやった、と言いたいところだけれど・・それにしても相変わらず無鉄砲ね。」
乱れた髪を押さえながら、ツァミーナが口を開く。
その声音は叱責のようでいて、わずかに震えていた。
「・・師匠を守りたかった。それだけです。・・つっ・・」
緊張から解放されたことで、ようやくに流れ始めた汗を拭いながら、エリオットは答える。
感じた痛みから、左手に軽い火傷の痕があるのに気付いた。
素早く青年の手をとり、治癒魔法を唱えるツァミーナの瞳が大きく揺れた。
「守る、ですって?・・未熟なアナタが・・?」
長い時を生き、誰からも守られることなく孤独に立ってきた魔女。
「・・今の僕が未熟だと言われるのならば、もっと強く賢くなってみせます・・」
添えられた柔らかな感触から青年は左手を抜いた。
「・・貴女に拾われた頃の僕ではない、と証明をしてみせます。」
その彼女に向けて真っ直ぐに告げられた言葉は、胸の奥を強く叩いた。
「・・本当に、あなたは憎らしい弟子だわ。」
青年の決意に魔女はそう呟き、小さな軟膏を差し出した。
(・・守ってくれるのは嬉しいけど、それはやっぱり師弟だから?・・こんな200年も生きてる化け物の女なんて好きじゃないわよね・・触られるのも嫌なんだわ・・)
(・・し、しまった!?大人しく治癒魔法を受けていれば良かった!?・・肝心な場面で、僕はどうして選択を誤ってしまうんだぁぁー!?・・)
小さなキッカケは無数にあるのだが、ことごとく外してしまい、”師弟の間柄”から抜け出せない二人であった。
【夜中――火の前のひととき】
館の暖炉には小さな炎が揺れ、外は森の冷気に包まれている。
「・・遅かったですね。」
現れたツァミーナは、濡れた薄紫の髪を肩に垂らし、ゆったりとしたローブを羽織っていた。
「魔力の炎で汚れたから念入りに・・あなたも後で入るといいわ。」
だが、布の隙間から覗く白磁の肌と、存在を主張する豊満な双丘、滴る雫がきらめく鎖骨は、ただの生活の一場面とは思えぬほど魅惑的だった。
「・・師匠、その格好は。」
「館には私とエリーしかいない・・飾る必要もないでしょう?」
口調は冷淡でも、その横顔はどこか揺らぎを隠しきれない。
「・・それもそうですね・・」
青年は視線を逸らしながらも、胸の奥で熱を抑えきれずにいた。
二人はそれぞれ椅子に腰掛け、グラスを傾ける。
「・・こうしていると、魔獣の脅威が遠い昔みたいに思えますね。」
エリオットは、ツァミーナの魅惑的な姿を見ないように暖炉の火をじっと見つめていた。
剣を置き、背を預ける姿は一国の王子ではなく、ただの青年そのもの。
「忘れられるのなら、それに越したことはないわ。」
深い肘掛け椅子に腰を下ろし、脚を組むツァミーナもまた炎に視線を落としたまま答える。
その手にした赤いワインには、エリオットの姿を映していた。
「・・妙な一日でしたね。」
青年の吐いた小さな息に、彼女の表情がほんのわずか揺らいだ。
「・・ええ。あなたが無茶をするから余計にね。」
ワインを口に含んだツァミーナは、氷のように淡々と告げる。
だが、彼女の瞳の奥には確かに揺れる色があった。
エリオットは肩を竦めて笑った。
「師匠を守りたいと思うのは、無茶でしょうか?・・僕は弟子ですから・・」
その言葉に、ツァミーナの動きが止まる。
グラスを持つ指が、わずかに震えた。
「・・あなたが、そんなことを口にするなんて。」
暖炉の火が揺らめき、二人の影を壁に映し出す。
「・・弟子は、師匠の隙を埋めるために存在する。そう教えてくれたのは――師匠ですよ。」
その光景は、寄り添うようで、しかし触れ合わない。
ツァミーナは視線を落とし、赤い液体を揺らした。
「・・忘れなさい、そんな言葉。」
「なぜです?」
「・・確かに私はそう言ったけれど、それは古い慣習だわ・・今の世の価値観には当てはまらないものよ。」
「・・そうですか・・」
やがてツァミーナは、冷ややかな瞳をエリオットに向けた。
「・・弟子と師匠の間にあるのは、互いに利用しようとする打算だけあればいい。」
声は凛と澄んでいて、情を微塵も許さぬ冷徹さをまとっていた。
それを聞いたエリオットは、それ以上の言葉を続けなかった。
お互いに相手の言葉を思慮する沈黙の時間が流れ、薪がはぜる音だけが響いていた。
やがて、ツァミーナがふっと口元を押さえ、ワインをテーブルに置いた。
「・・どうも今日は飲み過ぎたようね・・先に休ませてもらうわ・・」
弟子と視線を合わすことなく、彼女は長いローブを翻して椅子から立ち上がる。
「・・おやすみなさい、師匠。」
結局、彼が口にしたのはありふれた言葉。
「・・おやすみなさい、エリー。」
だが、その一瞬のためらいと、互いの鼓動が重なったことを、二人は確かに感じていた。
エリオットはわずかに眉をひそめ、その背を見送った。
「・・やっぱり、師匠はずるい。」
呟きは炎に飲まれ、彼の表情は揺らめく影に隠された。
【――ツァミーナの自室――】
早足に自室への扉に向かう、ひとりの女性。
自室の扉を閉めると、ツァミーナはしばらく壁にもたれかかって息を整えた。
だが、その瞳には抑えきれぬ動揺が宿っていた。
「また、あんな態度をとったり、あんな事を言ってしまった!? 私のバカバカ大馬鹿さん!」
手で顔を覆い、ローブの裾をぎゅっと握りしめる。
「どうして、いつも・・”オットー”って呼べないの!? あの子にだけ、どうして私はこんなに弱くなるのよ・・!」
小さな叫びを呑み込みながら、ツァミーナはベッドに倒れ込み、長い紫髪を抱え込む。
心臓の奥が熱く、息が詰まりそうだった。
「師匠としての威厳はどこに・・! あの子が目の前にいると、私は女としても、人としても、ぐらぐらと揺れてしまう・・!」
魔術師として言葉の響きや、その言葉に込める想いを重視するのは、基本中の基本。
また、その言葉を発することで、世界に干渉することが魔法である。
エリオットを”オットー”と呼べない理由・・それは”オットー”=”夫”を連想させることに外ならない。
もし、ツァミーナがエリオットを”オットー”と呼べば、たちまちに師匠としての威厳は剥がれ落ち、最悪には魔力を失った”ひとりの女性”という存在まで堕ちてしまう。
むしろ愛の告白の時が、自然の摂理に逆らって孤独に生きた魔女の最後の時である可能性も・・
彼女にとって”エリオット”とは、”祝福であり呪いである”・・それほどまでの存在であったのだ。
「・・今日もやるしかないわ・・昨日よりも激しく・・熱く・・」
ゆらりっと薄紫の髪を波打たせ、剣呑な目を光らせたツァミーナは、厳重な守りの魔法をかけた棚の引き出しを開ける。
そこには、大事に保管された薄紫の髪の魔女と白銀の髪でオッドアイの王子の人形があった。
「・・うふふふっ・・今日はいろんな出来事があったから、恋人ごっこが止まらないわよ・・」
他人にはもちろん、エリオットには決して見せられない”残念なツァミーナ”の姿がそこにあった。
ツァミーナはエリオットに告げている。
私の自室は『決して開けてはいけない部屋』だと・・・。
【――エリオットの自室――】
「師匠は、いつまで僕を子どものように扱うつもりなんだろう・・」
一方、自室に戻ったエリオットは、ため息をつき、静かに目を伏せていた。
「・・いつか必ず、この距離を越えてみせる。」
けれど――あの揺らいだ声色を、エリオットは聞き逃さなかった。
彼の胸中にも、抑えきれぬ熱が芽生えていた。
(どんなに冷たく装っても・・師匠の本心を僕は感じている・・)
その表情は、静かな決意を宿していた。
「師匠と弟子の関係以上に・・僕は、ひとりの男として愛する女性である貴女を守りたいんだ!」
小さな叫びをあげながら、エリオットはベッドに倒れ込み、白銀の髪を両手で掻き毟る。
瞳に宿った炎は、若さではなく確かな覚悟を映していた。
「その時には師匠を”ツァミーナ・マルヴァ”ではなく・・”ツーマ”と呼んで愛を打ち明ける!」
・・ちなみに、この王国における習いとして、女性の愛称は”名の先頭部と姓の先頭部”を繋げて(例:ツァミーナ・マルヴァ→ツーマ など)と呼ぶことになっているが、エリオットは頑なに師匠または『ツァミーナ様』と呼んでいる。
ツァミーナを”ツーマ”と呼べない理由・・それは”ツーマ”=”妻”を連想させることに外ならない!
むろんエリオットは、お互いに”オットー”と”ツーマ”と呼ぶことへのリスクも承知の上であった。
お互いがゆっくり慎重に、今のクールな関係を維持したまま、愛情を育まなければ、”愛の告白=魔女の最後”になってしまう可能性があることも既に彼の頭の中には存在していたのだ。
「・・あぁ今すぐにも、ツァミーナ様・・いやツーマへの愛を語りたい!・・この衝動を抑えるためには!」
がばりっと白銀の髪を逆立たせ、蒼と金の目を光らせたエリオットは、厳重な守りの魔法をかけた棚の引き出しを開ける。
そこには、大事に保管された詩集があった。
「・・ふふふっ・・今日はいろんな出来事があったから、愛の言葉が止まらないぜ・・」
他人にはもちろん、ツァミーナには決して見せられない”残念なエリオット”の姿がそこにあった。
エリオットはツァミーナに告げている。
僕の自室は『決して開けてはいけない部屋』だと・・・。
じれじれイチャイチャを書いてたら、いつの間にか9000字超えてるよ!?(;'∀')<楽しかったんだよーw
はてさて、お話はまだまだ続きそうです・・( *´艸`)<やはり気長にお待ちくださいw




