プロローグ
「…また君か」
通常、転生時に記憶はリセットされる。
前世の記憶は、来世では余分として削ぎ落される。それが鉄則。
だが、何事にも例外はある。
今回の場合、目の前の魂がそれだった。
「嫌そうな顔すんなよ。そういう契約だろ」
男はニヤケながらそう言った。
弁解の余地もないほどにこの男が嫌いで、それを隠すことができなかった。
「”異能”と呼称しろ。来世が虫でも構わないのなら話は別だが」
異能。
常人ならざる特殊能力を指す言葉の、その本質は契約である。
いわば”集合的無意識“と個人との間で結ばれる雇用契約。
だが、それを喧伝されるのは都合が悪い。
契約は本人の意思でされるものの、その記憶を持ち出せる者は男以外にいないのだから。
即ち、”前世の記憶を引き継げる”異能である。
「ハハ。出来ねえことを言うなよ。人間に生まれるとこまで含めて、契約だろ?」
…その言葉は正しい。
男との契約は、”前世の記憶を引き継がせる代わりに、価値観の変遷を示す指標となること”である。
有史以来生きてきた男を除きその役目を熟せる存在が居ない以上、遺憾ながら欠いてはならない人物だった。
「………地上では言うなよ。業務に障る」
「おう、考えとくよ」
「………………………それで?今回の死因はなんだ」
彼以外に複数の死因の比較ができない以上、これも契約の一環だった。
「ああ。それな。俺さ、契約から今までずっと同じ顔じゃん?」
「妥当な仕様だ。世代間における価値観の変遷を図る上で、それ以外の情報は常に一定であるべきだからな。それがどうした?」
「いやさ。そのせいでドッペルゲンガーと間違えられたんよ。で、殺された」
ドッペルゲンガー。
ここ数世紀に誕生した魔物で、確か捕食した人物と同じ顔に化けるのだったか。
人類以外の記録を管轄しないが故に、こういった弊害は往々にして起こり得た。
「であれば再現性のある事案だな。生まれる場所を離すか容姿を変えるか、どちらにする?」
「前者。今更女とかになっても困るしな」
「結構。では行け。話題もないだろう」
要点を纏めて上に出せば、しばらくして男の魂が光り出す。
情報量が多い魂特有の、転生時の処理反応だった。
これで四半世紀は男の顔を見なくて済むと安堵していると、男が消えかけにこう言い放った。
「あぁ、そうそう。前々世で王サマが言ってた。そろそろ一戦、始まるってよ!」
……遠からずまた会う羽目になる予感に眩暈を覚えつつ、報告にこう付け加えた。
”魔族、追加発注希望!”