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06-校長先生の呼び出し

 メイベルさんについては知ったことではないけれど、ディル殿下が学園に来ていないというのは私に影響が出てくる。

 その日、授業が終わったあと、アイリーヌ様と一緒にいた私は校長先生に呼び出しを受けてしまった。


「エレーヌさん。校長室まで来てくれてありがとう」

「いえ。呼ばれた理由は、おおよそ理解しているつもりですわ」


 深みのある色の一枚板の執務机。そこに座った校長先生は肩を竦めながら、私たちを応接用のソファに促してくれた。

 このレンミル学園は貴族の子弟が通うところというだけあって、全体的に煌びやかな装飾が施されているが、校長室はその中でもさらに豪奢な装飾や彫像が置かれていたりする。

 一緒についてきてくれたアイリーヌ様は、部屋の装飾や置物を見て目をみはっていたから、きっと結構な代物なのでしょう。


「おそらく、ディル殿下のことですよね?」

「あぁ、その通りだ」


 校長先生は額に手をやって、首を横に振る。


「新入生が入学してから、まだ2、3ヶ月程度。なのに殿下はほとんどご通学をされていなくてね」

「そのようですわね……」


 先ほどの授業でもディル殿下はいなかった。

 というのも、最初の数日はまだ顔を出していたのだが、数回出たのち授業中に失踪。その後行方知れずというわけなのだ。

 とはいえ王城に遣いをやったら「つまらんから、もう行かぬ」と返ってきたので、つまりはそういうことだ。


「エレーヌさんは殿下の婚約者と伺っているのだけれど、殿下のご様子とかって聞いたりとかしたかい? ご病気だったり、この学園に不満があったりだなんて……」

「そうですわね……」


 病気かどうかは知らないけれど、おそらく学園に不満というよりは、単純に勉強に興味を持てていないだけだと思います……だなんて、そんな小さな子供が言うようなこと言えないわよね……

 そもそも貴族に必要な教養とマナーを学ぶ学校なのだから、興味の有無で通学しないだなんておかしいと思うけれど……まぁ、あの殿下に常識云々は通じないわ。

 とはいえ、殿下が通学しないということは、学園に何かあるのでは、だなんていう問題にもつながるので、校長先生も気にせざるを得ないのだろう。


「実は…………私も殿下とここ数日お会いできていなくて、ご様子がわからないのです……」

「な、なんと!? 婚約者であるエレーヌさんすらもわからないか……」

「ええ……。以前お手紙をお送りしたときにはお元気そうだったのですが、ここ最近はなかなかお手紙が戻ってくることも少なくて……」

「それって、きっとあのメイベルさんじゃないですか?」


 私が微塵も溜まっていない雫を拭う振りをすると、隣で話を聞いていたアイリーヌ様が訝しげにこちらを見る。


「メイベルさん……たしか、王都の商家のご令嬢だったか」

「先ほど、エレーヌ様につっかかっていたんです。『私のほうがディル殿下と仲が良いんだから!』みたいなことを言っていて」

「ふむ……」


 ねぇ? と同意を求めてくるアイリーヌ様。

 こういうのはやんわりと誤魔化しつつ否定するのが貴族として普通だったりする。

 わざわざ醜聞を否定しない、というのは、こちらが馬鹿にされて見下されているというのを周知してしまうことになるから。

 公爵家たるオストガロ公爵家が見下されている……だなんて知られてしまったら、他のお家から付け入る隙を見せてしまっているのと同義。


「…………えぇ」


 しかし、今回はこれを使わせてもらおう。

 私は目を伏せ、鞄から取り出したハンカチーフを目元に寄せる。とくに涙は出ていないけど。


「そうなのです……学園に入学する前から、殿下はメイベルさんに懸想されていて……」

「なんと!?」

「まぁ!!」


 驚いた声を上げる二人。

 見えていないけれど、きっとさぞ表情も驚いていることでしょう。


「しかもあのお二人はご結婚されたいようで……私を悪女にしたがるのです……」

「悪女って……あの小説の?」

「小説……? アイリーヌさん、それは?」


 校長先生はご存じなかったようで、アイリーヌ様が簡単に流行りの小説について説明する。

 その間に泣き止んだ振りをして顔を上げると、校長先生の眉間に深い皺が刻まれていた。


「たしかに、今日もメイベルさんは、アイリーヌ様を悪女と呼びつけていましたわ」

「ディル殿下にも、『お前は悪女になって俺とメイベルが結婚する踏み台になれ』って言われているのです……」

「なっ!?」

「まぁ……!!」


 二人は衝撃のあまり絶句している様子。

 多少話を盛ってしまったが、まぁ、言われたことはおおよそ変わらないから良いでしょう。

 少なくとも、ディル殿下が『平民と結婚するために、公爵令嬢を踏み台にしている』ということが伝わればいいのだ。


「それは…………国王陛下もご承諾されていることなのかい?」

「少なくとも、ディル殿下にご注意されているご様子はありませんわ」

「…………はぁ……」


 ついには、校長先生は頭を抱えはじめてしまった。

 この学園のトップにいる校長先生だが、そもそもとしてリルガロー公爵家のご当主でもある。そしてたしか最近奥様がご息女をご出産されたと聞いている。

 政略結婚は貴族の義務。

 それはわかっていれど、自分の娘が同じ立場になったら……だなんて思っておられるのかしら。


「わかった……辛いことを聞いて、すまなかったね」

「いえ、とんでもありませんわ……。でも、できればこのお話はおおやけにしないでいただきたいのです……」

「もちろんだとも」


 そう言い校長先生は執務机から立ち上がると、私の座るソファまでやってきて片膝をつく。


「この学園の校長としては生徒たちの中立にいなければいけないけれど、リルガロー公爵としては、君のことを応援するよ」

「わ、私も! 絶対にエレーヌ様のことをお支えするわ!」

「お二方……ありがとうございます!」


 二人の真摯な視線を受けて、私は今度こそ目頭が熱くなるのを感じた。

 おそらくお二人とも、私の言っていることが本当かどうか調査を始めるはず。

 メイベルさんの調査はすぐに終わるだろうけれど、学園に来ていない殿下の調査は少し難航するかしら……

 だとすると、お父様やお母様と相談しなければいけない。

 とはいえこちらに非はないのだから、調査されても気後れするところはない。


 ――頼もしい味方ができたわ。


 私は今度こそ目尻に浮かんだ雫をハンカチーフで拭い、お二人に微笑みを向けたのだった。

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