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19-突然のお誘い(2/2)

「サーフィッツ王国に……?」


 オウム返しのように聞き返すと、ヨルダリオン殿下は「ああ」と頷き、軽く肩を竦めた。


「裏があるように思われたくないから先に言っておくが、これは君のお母様とお父様にご相談されたことではある」

「まあ!」


 ――隣国の王太子にお願いするなんて!


 二人の思い切った行動に少しだけ恥ずかしくなって、頬が火照る。

 しかし彼はすぐにかぶりを振った。


「だがお二方から言われずとも、君には提案するつもりだった」

「そうなのですか?」

「もちろんだとも」


 そう言いながら頷き、彼は居ずまいを正す。


「成績優秀で眉目秀麗。皆から慕われる人のよさを実感したら、口説きたいじゃないか」

「ふふ、お恥ずかしい――え? 口説き?」


 思わず目を見開きヨルダリオン殿下を凝視する。

 彼は不遜げな笑みを浮かべるなり、私がテーブルに置いていた手の上に、そっと手をかぶせた。


「確固たる意志を持ち、しかし優しさも持っている。そして自分をしっかりと律することができるその精神。それに惚れるというのは無理もないだろう?」


 矢継ぎ早に褒められ、気恥ずかしさが増していく。

 しかし彼は止まらない。


「優秀なご令嬢がいると、本国で噂は聞いていたんだ。ただ婚約をしたと聞いて諦めていたのだが、馬鹿な噂も舞い込んできたものだから、それが本当か様子を見に来たんだ」


 ゆっくりと私の手を持ち、彼は甲に口づける。


「そして実際に出会って、惚れた」


 そう言うなり彼はすぐに手を離し、そっと私の手をテーブルに戻した。


「とはいえ、政略結婚で難儀した経験のある令嬢に、無理に結婚してほしいと迫るのは酷な話。だから、俺が君にアプローチできる機会を増やそうと思って、サーフィッツ王国にご招待しようとしていたんだ」

「……そんなにご評価いただけるだなんて、嬉しいですわ」


 珍しく外で饒舌な彼に、私はニコリと笑みを向けた。

 正直に言うと、これだけ褒められると悪い気はしない。

 ただ、ディル殿下のせいで結婚というのに消極的なのは事実だし、彼やメイベルさんに振り回されたことからも、誰かとの恋仲というのはあまり気が進まない。

 どこかの家に嫁ぎ関係を作る、というのは貴族の義務。

 そうは思ってはいるのだが、いざ今言われてもなかなか踏み出せないのだ。

 私の思っていることがわかったようで、ヨルダリオン殿下は「すまない、そんな顔をさせたかったわけじゃない」と頭を下げた。


「君のご両親とも話をしたんだ。その時彼らはなんて言ったと思う?」

「…………」


 まったくわからず黙ってしまう。

 彼は少しの間何も言わずにいたが、私から答えがでないとわかると、おもむろに口を開いた。


「『好きなことをさせたい』と」

「まぁ!」

「この四年ほど、偽装の婚約者とはいえ王太子妃教育を受け、そして今日のための作戦もこなし、貴族令嬢として社交もした。そんな君に、自由を見せてあげたいんだと。彼らはそう言ったんだ」

「お父様……お母様……」


 心が温かくなって、目頭が熱くなる。

 でも涙がこぼれるとまた直さないといけなくなるから、私は上を向いた。


「ただ、この国では自由を謳歌させようにも『オストガロ公爵令嬢』という肩書きが邪魔をする。だからサーフィッツ王国に行って、自由を見て、聞いて、味わってほしいとね」


 目の前に座るヨルダリオン殿下が立ち上がった気配がする。

 でも潤む目が落ち着かなくてまだ上を向いていると、彼は右隣に座った。


「遊学の手配も、サーフィッツ王国で住む家も、すべて君のご両親が準備をしてくれている。あとは、君の意志だけだ」

「……はい」


 返事をしたが、声が震えてしまう。

 上を向いていたのに涙が頬を伝ってしまった。

 すると、彼が頬にハンカチを当ててそれを拭いつつ、「使うといい」と持たせてくれた。

 そうして黙ったまま、私は涙を流し続けていた。



 感情のままに涙を流していたが、少しするとようやく落ち着いてくる。

 その間、ヨルダリオン殿下はずっと隣にいてくれた。


「すみません、ハンカチお借りしてしまって。新しいものを包んでお返ししますね」

「ふむ……では甘えさせてもらおう。君に会う口実にもなるしな」

「ふふ、お上手ですね」


 ハンカチを折り畳んでレティキュールに仕舞う。


「でも、ありがとうございます。お父様やお母様の気持ちも知れましたし、私もちょっとだけ羽を伸ばそうと思います」


 右隣に座るヨルダリオン殿下を見上げながら、頭を下げる。


「殿下のご好意に応えられるかどうかは、わかりませんが……」

「ふはっ。それはこちらの手腕だからな、気にしないでくれ」


 そう言い彼は、私の目元に指を沿わせた。


「サーフィッツ王国の獅子、という異名は、たしかに仏頂面で厳格という意味が込められているが、他にも込められた意味がある。わかるか?」

「獅子……そうですね……」


 急な質問に動揺しながらも、思考を回転させる。

 獅子という動物は肉食で歯が鋭い。昔お父様とお母様と共に行った移動動物園の様子を思い出す。


 ――食欲旺盛とか……?


 パッと思いつくも、さすがに今の文脈でそんな話題を出すのはおかしいだろう。

 なんだろう、と内心うなりながら考えていると、殿下は私の手を再び取る。

 しかし今度は指まで組み、まるで逃がさないかのような握り方だ。

 さらにはずいと顔を至近距離にまで近づけてきた。


「どうやら俺は人よりも執着が強いようでな、気に入ったものは逃がさないんだ」


 そう言いながらにやりと笑う彼の口元には、鋭い犬歯が見える。

 獰猛な顔つきに浮かんだ笑みは、まるで本当の獅子のようだった。


「――絶対に惚れさせてみせる。覚悟しておくといい」

「……っ!」


 その顔に見惚れてしまって、顔がボッと熱くなる。

 しかし彼はすぐに顔を離すと、ゆっくりと立ち上がった。


「そろそろ、戻ろう。本番までに顔もあのご令嬢に直してもらったほうがいいだろう」

「そ、そうですね……」


 私も首をふるふると振って立ち上がる。

 視線を上げると再び彼の顔が近くに会って、胸が高鳴った。


「それに、こんな顔を真っ赤にしていたら、悪女も形無しだ」

「誰のせいでこんなことになっていると思ってるのですか……!」


 ふん、とそっぽを向き、一人でガゼボから出る。

 ヨルダリオン殿下は声を上げて笑っていたが、すぐに私の隣に駆け寄ってくる。

 そうして私たちは、一緒に広間まで歩いて戻ったのだった。

次話→3/9 22:00ごろ。 

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