12-二つの事件について
家に戻れたのは、すっかり日も暮れ夜が更けたころ。
王妃殿下には昔から今までのことをかなり細かく事情聴取され、なかなかに疲れてしまった。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、エレーヌ」
玄関で待っていたのはお母様。そしてその手には一枚の紙があった。
「王妃殿下から手紙で事情は聞いてるわ。大変だったでしょう」
なんで私の帰路よりも早いのだろう。
さすがというか、ちょっと怖いというか……
「それなりに大変だったけど……でも頼もしい仲間を手に入れた気分です」
「ええ、これにも『力を貸す』とあったわ」
お母様はそう言って、私に手紙を見せてくれた。
王妃殿下の文字はそれは綺麗かつシンプルで読みやすい。
あのお母様が参謀をしていたと聞いて、国王陛下のもとにいたものだと思っていたのだけど、もしかしたらお母様は王妃殿下のもとにいたのかも……とふと思ってしまった。
「そういえば、メイベルさんはどうしました?」
「あぁ……あの子ね」
気になって聞いてみると、お母様は眉尻を下げて明らかに鼻で笑った。
「ものの2時間で音を上げて帰ってしまったわ」
「……それは」
――必要以上にしごいたのでは?
そんな疑問が喉元まで出かかる。
しかし私の言葉を引き継いだのは、別の人だった。
「それはそれはもう、いつも通りに優しく指導いたしましたわ」
「侍女長!」
「侍女のことを何も弁えずにいらしたものですから、お掃除を数部屋したあとのお昼休みで帰ってしまいました。しかもすべてが中途半端に投げ出されてしまって」
「それは……残念だったわね」
侍女長は首をゆるく横に振ってため息をつく。
オストガロ公爵家の侍女長は、寛容と優しさが混ざって服を着て歩いたような人物。泥棒が入ってこようとしたときも改心させたくらい。
身長もさほど高くなく私の肩くらいで、年もお母様より一回り上だからか、優しい親戚のおばあ様と勘違いしてしまうほど。
そんな侍女長のおかげでオストガロ公爵家の侍女や使用人はやめようとせず、だから新規の人員を雇う必要がないといっても過言ではない。
彼女の下について、なおダメだったとは。
「私が不甲斐ないばかりに」と、しゅんと落ち込む侍女長の肩に、お母様が慰めるように手を軽く置く。
「どちらにせよ、とっととやめさせるつもりだったのだけれど……ずいぶんと簡単に罠にかかってくれたわ」
「罠って……まさか!?」
目をみはる私の前にお母様が出したのは、あの宝石の形にカットされたガラス。
いくつか色のある中で、お母様が持っているのは透明のものだった。
「あとで自分のお部屋を確認してほしいのだけど、やっぱり結構持っていったわ。これはあの女が帰り際にすれ違ったところをいただいたものなんだけど」
「…………」
心底呆れてしまって、言葉も出ない。
メイベルさんがまさかそんなことをするなんて。
そして、お母様の手際のよさに。
すると侍女長が眉をひそめながらお母様を見上げた。
「これは……治安騎士に通報しますか?」
「いえ、泳がせるわ」
「泳がせる?」
私と侍女長は一緒に首を傾げる。
「さすがにあの女も、盗んだ宝石を見せびらかすなんてことはしないと思うの。やるとしたら売りさばくか、あるいは『こんなに宝石を持っているなんて浪費よ!』なんて言うかのどっちかでしょう」
「まさか……」
そんな馬鹿みたいな真似はしない、と言いかけて、すでに彼女が馬鹿みたいな真似をしたことに気づく。
「あれは私がエレーヌのために作らせたものだから、他に同じ商品はないの。だから、彼女があの宝石を何かしらの証拠として出してきたら詰めればいいし、売りさばいたとしたら治安騎士に通報しましょう」
そう言い、お母様は申し訳なさそうな表情で私を向いた。
「ごめんなさい、エレーヌ。作戦とはいえ、気分はよくなかったでしょう。あなたのものをあの女に持たせるなんて」
「……驚きはしましたけど、これであの人たちにやり返せるのなら、許せる範囲内です。……私の大事な宝物なので、絶対に返してもらいますが」
私は顔を引き締めて、わざと口端を上げる。
お母様はそれを見るなり少し泣きそうになったが、すぐに私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ありがとう、愛しいエレーヌ」
「お母様も、私のためにありがとうございます」
そうして少しの間抱擁していると、玄関がゆっくりとひらいた。
「ただいま……っと、何か邪魔しちゃったかな?」
「お父様! お帰りなさいませ!」
「旦那様、お帰りなさいませ」
玄関から入ってきたお父様は、何やら疲れたご様子。
私が軽く淑女の礼をしてから近づくと、お父様もぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「俺も頑張ってきたんだよ~」
「頑張って……そういえば、今日はお仕事はお休みだったのでは?」
よく考えると、今日は休息日のはず。
だから王妃殿下とお茶会をしたのだから。
お父様は王城勤めが基本で、王城勤めのない日に領地に帰って領の様子を見ている。
至急で領地に帰らないといけないことはたまにあるが、その場合はその日中に帰ってくることはほとんどない。
つまり、今日は至急の仕事でもなかったということになる。
疑問に思っていると、お父様もぺらりと一枚の紙を取り出した。
――なんでお父様もお母様も、紙を取り出すのかしら。
なんとなくそう思っていると、お父様はそれを私に見せてくれた。
「報告書……王家予算の…………横領!?」
「そう。しかもここ最近でずいぶんと大きな額になる。そして、こっちが」
「あら、もう一枚」
そちらも見せてもらうと、そちらには王都内で流通する貨幣のすべてが記載された資料だった。
小さな文字でたくさんの数字が書かれているものだから、一瞬めまいがする。
しかしよく見ると、とある一行に赤いインクで線が引かれていた。
「ロドラーレル商会?」
「そう。最近そこの商会の羽振りがとても良いのに気がついてね」
お父様の言葉を聞きながら、二枚の書類を行ったり来たりする。
そして気づいてしまった。
「このロドラーレル商会の支出費合計の発表値と本当の上り幅と、王家予算の横領金額、同じですわ!」




