父の愛 ホントか嘘か 分からない
泣ける(?)カオスな物語。
夜になって、いつものように母さんが下から「ご飯だよー!」と声をかけてきたので、ゲームを切り上げて階段を降りた。
居間に入ると、すでに父さんも母さんも姉さんも全員座っていた。
いつものように食卓を確認しつつ腰を下ろそうとすると、机の真ん中におかしなものが置かれているのに気がついた。
白い皿に横たわる大きくて真っ黒いなにか。それが人数分、用意されていた。机にはそれだけしかなかった。
「えっ、母さん⋯⋯ご飯は?」
訳が分からなかったのですぐに訊いてみると、母さんは「これよ」とだけ言った。
「いただきます」
目の前の状況を理解出来ないまま、父さんの食事開始の挨拶が静かな部屋に響いた。
3人ともその真っ黒いものを怪しがる様子もなく、素手で掴んで大きな口を開けてねじ込み始めた。
「みんなどうしたの? そんな大きなもの頬張って大丈夫? それなんなの!?」
俺の質問に誰も答えず、部屋の中はただ静寂があるのみだった。
おかしな点はそれだけではなかった。
なぜか3人とも、それを掴んですぐに同じ方向に向き直ったのだ。
いつもは机を囲んで食べているのに、なんだというのだ。
まるで何かの儀式かのように振る舞う3人の姿に俺は恐怖を覚えた。
しばらく何も言わずに見ていると、姉さんが「ムゴッ! モゴモゴモゴッ!」とそれを咥えたまま咳き込み始めた。
「姉さん! 水飲みなよ! ねえ!」
俺がどれだけ水を勧めても、姉さんはそれを口から離そうとはしなかった。目元を見ると、涙ぐんでいるようだった。
「なにやってんだよもう!」
無理やり引き離そうとすると、父さんが俺の腕を掴んで首を振った。やめなさいと言っているようだった。
なんでだよ。
なんなんだよ。
これ、なんなんだよ⋯⋯。
「げぷ」
赤ん坊のゲップのような音を立てて、父さんが1番に完食した。
「父さん! 何やってるんだよ! みんなおかしいよ!」
俺がそう言うと、父さんはついに口を開いた。
「遊助、お前も食べなさい。これで願いが叶うんだ」
「どういう原理だよ! そもそもこれなんなんだよ!」
「これはチ○ポだ」
「は?」
「チ○ポだ」
チ○ポ⋯⋯? なんでチ○ポが食卓に並んでるんだ? なんでみんな食べてるんだ? しかも恵方巻みたいに。
「これ、何の動物のチ○ポなのさ」
「人間だ」
「はぁ!? じゃあ持ち主はどうなってるんだよ!」
「もれなく死んでいる」
おかしくなりそうだった。
皿に残された1本のチ○ポは規格外のデカさで、真っ黒だった。しかも、巻き寿司みたいな形をしていた。
「これ⋯⋯本当にチ○ポなの?」
こんな現実、ドッキリであってほしかった。
「チ○ポだぞ。先っぽは落としてあるんだ」
うっ! ってなった。
「なんでそんなことするんだよ! 人を殺めてまでそんな⋯⋯! 恵方巻じゃダメなのかよ!」
俺がそう言うと、父さんは呆れた様子で笑った。
「人1人の願いを叶えるんだぞ? スーパーで買ってきた巻き寿司なんかで叶うわけないだろ?」
「にしてもこんな⋯⋯断面まで真っ黒じゃないか」
「醤油漬けだからな。関東の方では2台の扇風機で挟んで干物にするらしいぞ」
狂ってる。去年まではこんなことなかったのに、いったい何がどうして⋯⋯。
「わぁーっ!」
隣で姉さんが叫んだ。
「ほんとにHカップになった!」
クラスの男子から「まな板」「一反木綿」「犬」などと呼ばれていた姉さんが、爆乳になっていた。
このチ○ポ、本当に⋯⋯。ゴクリ。
「分かっただろう遊助。早く願いを込めて食べなさい。消費期限内に食べないと呪いに変わるぞ。あと4分だ」
「マ!?」
「マ」
俺は全力で頬張った。
死ぬほど塩っ辛い。恐らく本当に醤油だけで漬けてあるのだろう。そんな味だった。
「うおおおお!!!!」
雄叫びを上げる父さんの方をチラ見すると、頭から大きなツノが生えて、指からは鋭くて頑丈そうな爪が生えて、全体的に大きくなっていた。
「これが俺の求めた真の姿! 俺は最強だ! フハハハハァ!」
ヤバい、あと2分しかないのに半分も行ってない! 父さんの変身なんて見てる場合じゃねぇ!
「まぁ! かっこいいわぁ!」
母さんの方を見ると、特に何もなっていなかった。
「かっこいいわね〜」
母さんの目線の先を見ると、今さっきまで父さんが居た場所に、キムタクがいた。
「お父さんこんなにカッコよくなっちゃってぇ。本当に叶うのね〜」
これ父さんなの!? 母さんの願いが「父さんをキムタクに変える」だったってこと?
父さん、せっかく魔獣になったのに可哀想すぎない?
「かっこいいわね〜」
母さんずっとそれしか言わないし、父さんは喋らないし。もしかして、喋れないのか⋯⋯?
「⋯⋯⋯⋯」
「かっこいいわね〜」
本当に喋らないのかよ。
「⋯⋯⋯⋯」
「かっこいいわね〜。さて、お茶持ってきましょ」
母さんが立ち上がろうとしたその時だった。
「ちょ待てよ」
父さんが喋った。
「本物のキムタクだァーーーー! キャアーーーーーーー!!!!!!」
母さんは家が揺れるくらい叫んで失神した。
「遊助、あと20秒よ」
Hカップのお姉様が教えてくれたが、ギリギリ無理そうな気がする。塩分過多で気絶しそう。みんなすげーわ。
「10、9、8、7、6⋯⋯」
年末のテレビ番組のように、俺の黒チ○ポカウントダウンは盛り上がっていた。
「5、4、3⋯⋯」
あと1口!
「2、1⋯⋯!」
あと0.5口!
「ゼローーーー!」
⋯⋯ごくん!
何とか間に合った。⋯⋯間に合ったんだよな? 何も起こらないし。
それにしても父さんマジで喋んねーな。
効果が現れるのはいつ頃からだろうか。
「⋯⋯うっ!」
姉さんが苦しみ始めた。来るか!
「うげぇぇぇええええおげぇえええええ!」
姉さんの口から100円玉や500円玉が次々と溢れてきた。「姉さんをお金のマーライオンにする」が叶ったんだ! やりぃ!
「あげぇえぇええええいつ終わるのよこれぇぇええええええええええせっかくHカップになったのにおぇえええええええええ」
Hカップのマーライオンが怒ってるよ。ははは。
俺は出てきた小銭をかき集めて45リットルのゴミ袋にパンパンに入れて、それを持ってエロいお店へ向かった。
あの子もいいなぁ。この子もいいなぁ。
迷っちゃうなぁ。
君に決めた!
受付で入浴料を支払うと、「これ偽硬貨だにぇ〜」と突っ返された。
「えっ」
せっかくここまで来たのに、ちんちんせずに帰れってか⋯⋯?
「そもそもね、そんな大きな袋いっぱいに硬貨入れたら重くて持ち運べないでしょ」
「だって俺⋯⋯ゴリゴリマッチョマンだから⋯⋯」
「あ? 変なこと言ってないではよ帰れやボケが! 次のお客様待ってんだよ!」
「ひぃっ!」
急に怒りモードになられたので怖くなって逃げてしまった。
そんな⋯⋯偽硬貨だったなんて⋯⋯。
ギリギリ間に合わずに呪いが混ざってしまったのか? 不幸すぎないか?
姉さん⋯⋯ごめん。
世界でたった1人の姉を、偽硬貨吐きのHカップマーライオンに⋯⋯!
俺はなんてダメなやつなんだ!
クソっ!
クソォーーーーーーーッ!
そうだ! 小銭のサンタクロースになって子供たちを救おう! 姉さんの(社会的な)死は無駄にはしないぞ!
あーでもダメだ、これ偽硬貨なんだった!
あーもう!
クソもう! んもーーーー!!!!
もうダメだ⋯⋯。ここから飛び降りよう。
水、冷たいだろうなぁ。
はぁ。なんでこんなことに⋯⋯。
はは、考えてみても悪いのは俺じゃないか。なんで姉さんをお金のマーライオンなんかに⋯⋯。俺は、クソだ⋯⋯。
父さん、母さん、今まで育ててくれてありがとう。
姉さん。ごめん⋯⋯。
さよなら。
この寒空の中自殺するっていうのも自分への罰としてはいいもんだ。
靴を脱いで、揃えよう。
空を見上げると、真っ暗だった。俺は視力が悪いから、星なんか見えねぇんだわ。
前にも後ろにも、どこにも人はいなかった。
真っ暗な川に架かる橋の上は、まるで俺1人だけの世界みたいに静謐を湛えていた。
ふーっ。よし。いこう。
その時、川に飛び込もうとする俺の腕を誰かが掴んだ。
「ちょ待てよ」
「⋯⋯えっ、キムタ⋯⋯父さん!?」
涙が溢れた。
「父さぁん!」
俺は泣いた。怖かった。1人で死ぬのは嫌だと心から思った。
「父さん? 俺、君の父さんじゃないよ?」
「えっ⋯⋯?」
どう見てもキムタクだった。テレビで何度も見ているので見間違えるはずなんてない。
キムタクということは、父さんということだろ? なのになんで父さんじゃ⋯⋯はっ!
「もしかして、本物のキムタクですか!?」
「そうだけど、内緒な?」
「しー」のジェスチャーをして、キムタクが言った。
「今夜は冷えるから、早く家に帰りなさい」
「⋯⋯ありがとうございました」
思いとどまった俺は手を振ってキムタクと別れた。
家に帰ると姉さんは相変わらず居間で偽硬貨を吐き続けていた。母さんも相変わらず倒れていた。父さんはいなかった。もう寝たのかな。
「姉さん、父さんは?」
「おげおがおげおげぇぇえええ」
チッ、使えねーな。
外が寒かったので、コタツに入りながら姉さんの奇行を眺めていると、玄関の開く音がした。
父さんだった。まだキムタクのままだ。
「父さんどこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとすぐそこのコンビニまでツマミと酒をな」
「ふーん、おツマミは何買ってきたの?」
「⋯⋯あっ! 買ってくんの忘れた!」
「えっ!? じゃあお酒だけで飲むの?」
「お酒も忘れた! しまった! 俺もボケ始めてきたか?」
⋯⋯やれやれ、バカだなぁもう。
「父さん、さっきはありがとね」
「えっ」
「ううん、なんでもないっ!」
俺は嬉しくてたまらなかった。やっぱりあれは父さんだったんだ。下手くそな演技しか出来ないのもなんかくるわ。心にくる。
「おやすみ!」
キムタクとマーライオンと寝ている母さんにそう告げて、俺は階段に足をかけた。その時だった。
「⋯⋯はぁ、認知症ってやつかな⋯⋯」
と父さんの独り言が聞こえた。
えっ???




