031話 再出発とお風呂の話
う~ん……2話に分ければよかったかも……?
昏睡状態にあったルルさんがついに目覚めた。その後の検査にも異常はなく彼女は無事退院。
彼女のことを一番心配していたミズリーさんは泣いて喜び、俺達もそれはそれは互いを祝いあった。
その日の内に祝賀会なるものも行われ、とりあえず俺が思わず引いてしまうくらいにはその場は色めき立って。
まあ、皆さんかなりの酔いが回っていらっしゃったので、今は記憶を封印しておく。
……つーか、覚えてるのは俺だけか?
して次の日はルルさんの様子見ということでお休み。(二日酔いとか、二日酔いとか、二日酔いとか……)
そんで街について5日目の昼頃、漸く俺達はジュノンへの旅へと再出発する準備が整ったのである……!
午前中に街で必要な食料や医療品などを買い漁った俺達は現在、宿屋の裏にある馬車の前に集まっていた。
俺はこのまま出発かなと思っていたのだが、ある二人が俺達から少し距離を取って仰々しく畏まる。何やら変な空気が流れて……。
「では改めて、心からお礼を申し上げますわ……言葉では言い尽くせない程に、本当に貴方にはお世話になりました」
「私もルルちゃんと同じ気持ちです。アキヒトくん、ありがとう。何度も言うけど、本当にありがとうっ……!!!」
俺はルルさんとミズリーさんから、改まってお礼を言われる。
しかも頭を深く下げての本格的なヤツだ。ヤベェ!? 何この展開っ!?
「いや……俺にはそんなんいいっすから、ほら、顔を上げてくださいよっ」
不意を打たれた俺はなんだかしどろもどろに。
嬉しいというより、すごく反応に困ってしまうではないか!
俺みたいにピュアな心を忘れてしまった人間には少々眩しすぎる……!!
「加えて、皆様方にも……私達にして頂いた数多くの手助けとご厚意には、深く感謝を申し上げますわ」
「皆が居なかったら、私達はどうなっていたかわかりません。本っ当にありがとうございますっ!!!」
彼女等はくるりと皆を見渡して、またしても感謝の言葉を述べた。
お礼なんて病室で散々言われたのだが……どうにもまだ慣れないねぇ。
まあ礼儀だってのは分かるけどさ。痒くもないのに後頭部を掻いてしまうんだ。ハゲちまうだろ?
「さ、さぁー早く行こうかぁキミタチ!」
よって俺は挙動不審になりながらも、照れ隠しに馬車の部屋へと向かおうとしたのだが……。
「まあまあ、待ちなさいよ、アキヒト君。もっと俺達は感謝されていいんだぜ? こんな機会は滅多にないし、旅に出るのは全幅のお礼を受け取ってからにしようや♪」
なんてキースがほざきやがった。
勿論俺の怒りのメーターは光の速度で振り切れる。
「……キース、こっち来いや」
「僕も行きます」
「私も行こう」
「儂も」
「プ」
「えっ? 何? 皆どうしたんだよ……いうdfはぎあfrbぃぴやは;rjv!!!!?????」
キースを裏へとふん縛って制裁を下す。
その後、清々しく出てきたモンさんが二人に合図をとった。
「さて、ではそろそろ私達も出発しようか」
「「は……はい」」
・
・
・
「皆さんにお伝えしたいことがあります」
まだ街を出て数分しか経っていない頃。
そしてキースが人としての尊厳と数分前の記憶を失くしてしまったと知った時。
タイミングを見計らったように、ルルさんが小さな部屋に皆を集めて何やら意味深に切り出した。
「今まで騙していて申し訳ありません。しかし、命を助けて頂いた皆様には正直に話そう……いえ、話すべきだと思います」
彼女は畏まった口調のまま一拍置いて、俺達の反応を探る。
どうやらルルさんには(ミズリーさんも?)隠された秘密があるらしい。
俺達の知らない彼女の秘密……なんだろう? 実は貴族でしたとか言うつもり?
「実は……私達は、貴族なのです」
「「「…………」」」
あ、当たっちまった……。
「……あれ? 皆の反応が薄いよ?」
「信じられないのはわかります! でもこれは事実ですわ!! 身分を偽っていたのは不要な混乱を避けるため……」
「「「…………」」」
「お願いします! 皆さん、どうか信じて下さいっ!!」
自分が貴族であることを必死に力説(?)するルルさん。
ミズリーさんもソワソワしていて、俺たちとの温度差に二人はまるで気付いていないようだ。
どうだろう、ここらで誰か言ってやらねばならんのではないか? そんなことは今さらだぜ、と……!
「ルルさん、それにミズリーさんも……貴族、だったんですか……?」
そんな時にオスカーが口を開いた。
「貴族の人達が側近の人を一人も付けずに、何故こんな所まで……?」
迫真の演技だ。やるなオスカー! 俳優になれよ!
「……お忍びでリドリアの大会を見物に行っていたのです。前々から言っていたのですが周りからは反対されていて……それでミズリーと二人でこっそり抜け出したのですわ」
「……ルルさん試合に出てなかった?」
「あ、あれは、せっかく来たのだから出てみようと……ミズリーが勝手にっ」
「ル、ルルちゃんだって途中からノリノリだったでしょぉ!?」
……一応、話は分かった。嘘は言ってないだろう。
だけど、俺は貴族がどんなものかはあんま知らないけど、この二人結構危険なことやってないか?
確かにルルさんは強いけど、試合に出て傷でも貰ったらどうするつもりだったんだ? しかも二人だけだし……。
「……え、じゃあ、もしかしてミズリーさんって、あのキッシュ家のミズリーさんなんですか!?」
「うふふ~、そうだよ~♪ やっとわかってくれた?」
「ル、ルルさんもですか?」
「いえ、私はエトラナですわ」
「ええええええっ!!!???? エ、エトラナッ!? あの三大貴族の!? ほ、本当なんですかっ!?」
おおっと、爆弾発言があった模様! しかし俺には意味不明!
そこんとこの事情を知らない俺としては誰かに説明をお願いしたい……あっ、そうだっ。
(モンさんっ、解説プリーズッ!!!)
目線に暗号を乗せてモンさんに送る。
「……ああ、そうか。アキヒト君は知らないのだったな」
俺の期待に応えてくれてありがとう。
「というか、たぶん何も知らないな? どこからだ? 貴族からか?」
うんうんと俺は頷く。マジで頼りになるなぁ、モンさんは。
「はぁ……ルル殿、そのようだから彼に説明してやってほしいのだが……」
あ、丸投げにされた。
「し、知らないのですか?! 貴族を? エトラナの名を知らないっ!?」
「儂も知らんぞ?」
「――――っ!!?」
「ル、ルルちゃん、落ち着いてっ」
狭い部屋……もとい6人もの人間が犇めきあっているこの場所では色々と不都合があった。
様々な視線を受けて複雑な気分になった俺に、それを全く気にしないディズ。見兼ねたミズリーさんが親切に教えてくれた。
貴族と一概に言っても、その国ごとに貴族の在り方は違っている。
まず、ジュノンには王様がいない。昔はいたそうだが、悪政の限りを尽くして貴族達の反乱に没したらしい。
つまり、それからはその革命を起こした貴族達がジュノンを治めることになったのだ。(だから共和国なわけね)
その革命の中心だったのが三大貴族と呼ばれる貴族達。
アルフィリア、スプラトス、そしてエトラナと呼ばれる者達である。
今はその三家を主軸とした貴族の人々がジュノンを治めているそうな。(元老院とかなんとか)
ルルさんはその三大貴族の一つ、エトラナ家の二女。
で、ミズリーさんの家はエトラナ家の重臣(?)的繋がりらしい。(仲が良いってことか?)
それから貴族の住み分けやら階級の話やら、眠くなるような話が続いて……。(知らない単語ばっかりだ)
「なんだかんだ言っても、貴族は偉いってことか」
「……もう、本当にわかってるの?」
ミズリーさんが投げやりにそう言ってきた。
どうも難しい話を聞き流していたのがばれていたらしい。
「あ、それから私の名前は偽名ですわ」
そんな俺達を見て、思いだしたようにルルさんがそう言った。
『偽名じゃなくて、渾名だよ』とミズリーさんにつっこまれる。
「私の本当の名前はキャルル・レナス・エトラナ。呼び方は別にどちらでも構いません」
「私はミズリー・スキア・キッシュです。ミズリーって呼んで下さい!」
そして明かされた真の名前! しかし呼び方は今まで通りのまま! あれ? 偽名って意味あったのか?
「ミズリーさんは名前変えてなかったのか?」
「ミズリー!!」
「……ミズリーさんは名前変え「ミズリーって呼んで!」……」
呼び捨てを要求される。
成程、貴女がそこまで仰るならば私めも異論はありますまい。(脳内紳士)
「ミズリーは名前変えてなかったのか?」
「……うふふふ」
え、何その反応!?
「わ、私のことも呼び捨てで構いませんわよっ?」
「へ?」
今度はルルさんが呼び捨てを要求してきた。これはどういう風の吹きまわしなんだい?
「ミ、ミズリーを呼び捨てにするというのは、私も呼び捨てにするということなのですっ」
……どうゆうことだ? 流行ってんのか?
まさかこれがジュノン流の貴族の嗜み? 異世界だからそれも有り得る? Oh,yeah?
「……キャルル」
「…………」
どうせなら、と新しい方の名前で呼んでみた。したら、なんか固まった。
「キャルル?(名前合ってるよな?)」
「ひ、ひゃいっ! ……///」
噛んで恥じらう乙女。すげー可愛いところだが、俺は紳士なのでスルーしてあげよう。
「ルルの方がいいかな?」
「あ、ええーっと……やはりルルだと少し幼い感じがしますので……キャルルでお願いします」
「オーケー」
「主」
盛り上がってきたところで、ディズに邪魔される。と、やべ、そういや皆居たんだったな……。
端から見たら今までのやり取りはどう視えたのだろう……くっ、想像するだけでも恥ずかしさ満点じゃあないか……!
「み、みんなもミズリーって呼んでいいからねっ」
俺と同じ羞恥心を持ったのか、ミズリーはなんだかとって付けたようなセリフを口にする。
「……いや、無理ですよ」
「呼び捨てなんかしたら、俺、貴族追放じゃん」
「まあ、身分が違うからな。私は今後もミズリー殿と呼ばせて頂く」
「儂は最初から呼び捨てじゃ」
――――えっ?
…………俺は、俺はひょっとして……トンデモナイ間違いを仕出かしてしまったのではないか……!!!
「そ、そうだよな、さすがに貴族の人に呼び捨ては拙いよな」
危ない所だった。今まで普通な感じに接してきたが、彼女等は貴族なのだ。
呼び捨てなどしない方がいいのかもしれない。郷に入っては郷に従えと言うしな。
「やはり、俺もミズリーさんで……」
「え……」
泣きそうな顔をされる。
「……ミズリーのままでいっか!」
「うん!」
一転、素晴らしい笑顔になった。俺は素直に笑えない。
「……それで、俺達に伝えたい事っていうのはそれだけ?」
「そ、それだけって、大事なことでしたのに……」
「でも貴族なのはわかってたし」
「「ええっ?!」」
二人同時に声を上げる。何度も言うが驚くことではない。
「皆もそうでしょ?」
と、一応確認。
「まあな、薄々は感づいていたさ」
「俺なんて、それで着いてきたわけだしな?」
「儂はそんなこと気にせん」
「ぼ、僕は知りませんでした……」
オスカーは気付いてなかったらしい。
じゃああれか、さっきのは演技じゃなくて素の反応だったのかよ……。
というかキース! それで着いてきたって何? おまえは金魚のフンってことなの!?
「……ほら、皆(一人除外)知ってるし」
「そんなっ!? 知っていたのですか……!!!」
「なんでっ!? 私達、隠してたのに……!!!」
唖然と驚愕に打ちのめされる彼女達。
そんな二人の顔を見て俺はふと思いついた。
――――俺の秘密を話せば、もっと驚くに違いない。
そう思ってディズに目配せすると、「好きにするが良い」との返事が返ってくる。
では、ということで。彼女達の驚く姿(男は無視)を想像し、込み上げてくる笑みを必死に我慢して――。
「――じゃあ、俺達からも一つ。秘密にしていたことを発表させてもらおうかな?」
俺は皆に向かって、そう切り出したのだった。
☆★
「オーライ、オーライ」
時刻は夜。街道を外れたある林の中。
「ストーップ! そこから真下へ90度ー」
「真下じゃな」
――バシャア!
歩みを止めた馬車から少し離れたその場所に、俺とディズの姿があった。
「おおー! これは中々の出来栄えっ!」
目の前には巨大な樽が一つ。さっきディズの魔法を使って中に水を注ぎこんだ。
「ふふふ、もう少しだ。あとは俺の魔力を流して温度を調節してやれば……」
俺は樽に溜まった水に手を浸して、中の水の温度を丁度40度くらいにまで上昇させる。
……今30度ってところか……あともう少し……少し熱いと感じる程度……(たぶん)きたああああああ!!!!
一度距離を取って、強化した視界をもって樽全体を眺める。よし、気になっていた水漏れはない。
大きさも申し分なし。満杯まで溜まったお湯。そこから立ち上る湯気。そして、樽から運ばれてくる仄かな木の香り……。
「完璧だ……」
想像以上だ。俺は今、感動している。
「完成したぞ……風呂が!」
まさしくHURO! 誰がどう見ても風呂! 俺しか知らなくてもThat's a BATH!
「……主はこれで湯浴みをするのか?」
「その通り、またの名を入浴という!」
なんで俺がこんなにテンションを上げているのか、それは単に俺が風呂好きであるだけではない。(少し大袈裟)
何しろこの世界風呂がないのだ。いや、宮廷とか城にはそんな感じのもあるとは思うんだけど、今は馬車の旅だし。
贅沢なのかどうなのかは知らんが、日本の生活に慣れ親しんだ現代っ子の俺にはそれが悩みの種だったりする。
さすがに川で水洗いとか、濡れタオルで体を拭くだけっていうのはどうかと思う訳ですよ。
「いやぁ、ホントにこの樽を見つけた時は天啓に打たれたようだった」
半強制的に立ち寄ったあの街で、俺は運命の出会いを果たした。それがこの樽である。
おそらくは酒樽に使われていたであろうこの樽は、しかし空になって道端に捨てられていた。
それを見てビビッと来た俺は、この樽を風呂の浴槽の代用品として使用することを思い立って。
そしてそのまま馬車に持ちかえって、虎視坦々とこの状況を狙っていたというわけである。(洗浄もばっちりだ)
「タオル良し! 着替え良し! 準備よーし!」
後は入るだけ!
「やはり主は変わっておるのぉ。こんなものただの水浴びではないか。何がそんなに嬉しいのか……」
「お前は今、俺達の国の伝統(?)を馬鹿にしている。……その意味がわかるか?」
「い、否、そこまでは言っとらんぞ?」
「しかし全てを許そう。それは何故か! 何故ならば……風呂とは全てを癒し、癒されるものだからだ!」
「……そ、そうか」
もう自分でも何を言っているのかわからない!
「お前も入れ!」
「わ、儂もか?」
「歓迎しよう!」
言って、ディズを両手で捕まえる。一応足の裏の汚れは落として。
「喜べ! お前が一番風呂だ!」
「のわっ!?」
ディズを樽の中へと叩きこむ。
「あつっ!? 主っ、あついぞっ」
バシャバシャと樽の中で暴れるディズ。ふははは、予想通りだ。
「最初だけだ。そのうち慣れる。さて、それでは俺も……」
ささっと服を脱いでいく。
「ぬ、主っ?! まま、待てっ……な、何故服を脱ぐのじゃ!!?」
「は? 風呂に入るためだろうが。え、ここではそんな常識も通用しないのか……?」
「あっ、そういえば湯浴みであったか……ではのうてっ」
「ごちゃごちゃと五月蝿いやつめ……ほら、入るからちょっと端に寄ってくれ」
かけ湯をしてそのまま着水。樽から溢れだすお湯の音が耳に心地良く響いた。
「くぅぅ~~~~~~~~~~…………」
……これだよ。この全身が満たされていく感覚が俺を虜にしてやまないのだ。
欲を言えば足を伸ばしたかったのだが、きつきつな感じも悪くはない。これも風流である。
「んーー……いいなぁやっぱり。これを考えたやつはたとえ男だろうとも尊敬に値するな」
「……う、うむ」
「どうだ、風呂は気持ちいいだろう?」
「……うむ」
「はぁぁぁ癒されるなぁぁぁ」
また外ならではの露天風呂というのも乙なものである。
魔物がいないことは確認したし、皆ももう寝静まっているので警戒する必要も無い。
俺が夕方から全力で安全面と立地条件を見極めた、最高にリラックスできる癒しの空間だ。
全身を弛緩して瞼を閉じる。
まさに極楽極楽、といった心地で俺は久々の風呂を満喫していった。
そして暫く経った後。
「――――」
不意に、ディズの小さな声が聞こえたような気がした。
「ん? なんだ?」
樽の縁を掴んで後ろ向きのままでいる白猫に俺は問いかける。
「……否、主は癒されたいのか?」
「え?」
突然何を言い出すんだと、最初はそう思った。
しかし、その何気ない一言は俺の核心を突くが故の問いかけだったのだ。
「主は……悔いておるのじゃな」
「…………」
言われて思い当る。だからディズの言葉は正しい。
「……そうか、人を殺したのはあれが初めてじゃったな」
「……ああ」
短い肯定。それは事実で。
「じゃからそんなに無理をしておるのか?」
「……してるように見える?」
「……少しの」
多分に心配の色を含んだ声でディズはそう答えた。
自分ではあまり意識はしてないつもりだったのだが、それはやはり意識していることになるのだろうか?
確かにディズの言うとおり、俺は悔いている。後悔している。
「俺のいた所じゃ、人殺しは犯罪になる。そこにどんな理由があっても、やっぱりそれはやっちゃいけないことなんだ」
「……じゃが、そうしなければ殺されておった」
「違う。そうゆうんじゃなくて……」
一旦言葉を切って、言いたい事を整理していく。
人を殺した事実、胸に積もる罪悪感、自責の念もあるにはある。
でもそれは少し違う。俺が言いたいのはそうゆうことじゃない。
「……俺はさぁ、酷く汚れてしまったんだ。そんな気がするんだよ」
それが、俺の吐き出したい気持ちだった。
「主、しかしそれは……」
「ああ、俺の思いこみだ。でもそれが全てだろ?」
俺が俺である限り、その思いは決してなくならないのだから。
「あの時――――俺は怒ってた。目の前に映るすべてが憎かった。だから壊してやりたいと思ったし、実際俺はそうしたさ。……だけど、アイツを殺しても、俺の気持ちは何一つ変わらなかった……」
「主……」
「人を、殺しまでしたのに、それでも俺の怒りは何一つ収まらなかったんだよ……」
その思いは今でも俺の中に燻ぶり続けていて。
だから、悔やむ。
そうなってしまった自分を。
もう元には戻れない自分を。
「あの時――――俺は何をすれば良かったのかな……」
あの日ほどそう思った夜はない。
あの日ほどそう悔んだ夜もない。
「……気にするなとは言わん。だが、気に病むな。主が殺らなければ、儂が殺っておったのじゃ」
ディズは言う――――。
たとえ俺が何を思おうが、結果は同じだったのだと。
だから俺が気に病む必要など、どこにもないのだと。
――――きっとそれは本心だ。
(まったく、なんてことを言いやがる)
そう思ったけど、出てきた言葉は違うものだった。
「そっか……なら良かった」
いや、良くはないけど。
「そうとも、主が背負うことではないのじゃ。そもそも主のお陰でルルは助かったのじゃからな」
あはは、そうゆう意味で言ったんじゃないよ。
「なぁ、ディズ」
少し吹っ切れた気持ちで、ディズを後ろから引き寄せる。
「のぁっ?! なな、なんじゃ急に!?」
「もっとこっちこいよ」
「ちょっ、ぬ、主!?」
そのまま腕を組んでディズを抱きしめてみた。……おお、こいついい感触だな。
「………………」
「なぁ、ディズ」
「なな、なんじゃっ!?」
上から覗き込むが、ディズは目を合わさない。
なんで下ばっかり向いて……おい、待てコラ、まさか人のブツを拝んでんじゃねえだろうな?
「こっちを向け」
「…………ぁぅ」
上目使いかよ……顔ごと向けろと言ったんだが……まぁ許してやろう。
「……お前さ、人殺したこと、ある?」
知りたいような、知りたくないような。
そんな微妙な気持ちでクリッとした瞳に問いかけてみる。
「……生きていた頃は何度かやったかもしれん。ほとんど覚えてはおらんがの」
生きていた頃?
「儂は死んでから精霊になったのじゃ。最初は……生きていた頃は魔獣じゃった」
は、初耳過ぎる。マジかいな……。
「……俺、お前の事全然知らなかったのな」
「わ、儂の事か? 否、主が一番知っておると思うが……」
「そうかぁ? お前が魔獣だったことも知らなかったぞ?」
「今の儂は精霊体じゃ。死んでから生まれ変わったのじゃから、今の儂は厳密に言えば生きていた頃とは違うがの」
むう、難しいな。生きていた時の記憶はあるのに、今の自分とは違う……か?
「じゃから精霊になった後のことで言えば、儂は人を殺したことはない」
「……へぇ、ないのか」
てっきり逆の答えを予想していたが……そうか、違ったんだな。
「じゃあ、お前はそのままでいろよ?」
どちらの答えだったとしても俺の言いたいことに変わりはなかった。
ディズが誰も殺したことがないと云うなら、それ以上の答えはない。何故なら――――。
「そのまま?」
「人は殺さないよーに」
「……何故じゃ?」
――――俺にはもう無理だから。
「お前に人を殺してほしくないから」
「じゃから、それは何故じゃ」
そこは行間を読んで欲しかった……鋭いのか鈍いのかよく分からん奴だ。
「……俺が嫌なんだよ」
「は?」
「……お前がそんなことすると俺が哀しくなるの!」
くそっ……わざと言ってるんじゃないだろうな。
「……そうなのか?」
「……そうなのだ!」
きっと俺の顔は真っ赤に染まっているんじゃないかと思う。
風呂に入っているにしても、顔の辺りが異常に熱すぎるもん。
「……わかった。約束しよう」
「え、あ、ああ。約束してくれるのか?」
「うむ」
そう言ってディズはまた大人しくなった。
俺もなんだか言葉がうまく出てこなくて……。
このままゆったりと時間が流れていくか、となったその時――。
――ガサガサ。
そんな音が耳に聞こえた。
「主」
「おっかしーなぁ。魔物は居ないと思ったんだが……」
とりあえず、風呂から出て様子を見る。
モタモタして樽を壊されちゃ敵わんからな。
「うお、さぶぅ!!?」
濡れた体に夜風が刺すように降り注いだ。
――ガサガサ。
「主よ……ふ、服は着んのかっ」
「当然、まだ入るからな。……おい、あんま俺の裸体をじろじろ見んな。恥ずいだろう」
「~~~~っ!!? ぬ、主が見せておるのじゃろうがっ!」
「誰!? 誰かそこにいるのですかっ!?」
「――っ!?」
キャルルの声がした。えっ、なんでっ!?
「キャルルか!? 待てっ! 今はダメだっ!! 来るなっ!!」
俺は必死に叫ぶが、それは逆効果だったらしい。
「その声っ!? アキヒトですか!?」
「え? アキヒトくんがいるの?」
何ィィ、ミズリーもだとぉぉ!? 何故だっ! やばいぞ、逃げろ!
俺は急いで逃げようとする。
が、俺は裸だ。よって一瞬何処に逃げるか迷う。
そして風呂に戻ろうと決断したときにはすでに事態は手遅れだった。
「そこで何をやって――――え?」
キャルル、硬直。
「ルルちゃん、アキヒトくんいたー? ……あ」
次いで現れたミズリーも硬直!
「やあ、こんな所で奇遇デスネ」
俺も固まったままそう答えた。後は彼女達の思慮に期待する……!
「きゃああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
絶叫してその場に崩れ落ちるキャルル。何もそこまで……。(ショックだ)
「ア、アキヒトくん……そ、その……あの……ごめん……っ///」
ミズリー、君は指の間からナニを見ているの?
「どうした!? キャルル殿っ! 何が……」
そんなことしてる間にモンさんも登場。(何故モンさんまで?)
彼女も俺を見て一瞬止まる。が、その一瞬で状況を理解したようだ。
「……あ~、なんだ、アキヒト君。そういうことをするなら、前もって私達にも言っておくように」
「あ、そうっすね。次からはそうします」
なんと大人な対応! その反応を待っていた!
「あ、あとはやく前を隠せっ……///」
おっと、これは失礼をば。(紳士復活!)
「キャルル殿、立てるか?」
「い、いいいえ、たた、立てましぇんっ」
キャルル……俺が一体何をしたんだ?
「ル、ルルちゃん、ほら、掴まって!」
ミズリーもチラ見しないで。
「邪魔をして悪かったな。では私達はこれで失礼する」
ではな、と腰が抜けたキャルルを担いで皆は消えるように去って行った。
「……疾きこと風の如し……!」(まだ少し気が動転している)
言ってみると本当に風が吹いた。
「……さっみ」
そして夜風によって冷えてしまった体を温めるために、俺はまた樽の中へと戻って行くのだった。
風呂での会話が支離滅裂だな