026話 6人と2匹
リドリアを出て進路を東にとる。
俺はジュノンへの道を知らないが、道なりに往けばそのうち着くらしい。
途中で別れ道なども多々あるが、ルルさん達がいるので問題はないだろう。標識もある所にはあるみたいだし。
すでに街を抜けてから何時間か経っている。辺りは賑やかな街並みから、牧草的な風景に変わっていた。
人……民家とかもだいぶ疎らになってきていて、のんびりとした清々しい空気が身体中に沁み渡るよう――。
「…………はぁ」
――なんだけど、そんな心休まる風景の中にあっても俺は素直に喜べなかった。
慣れない馬車の御者台から、地平まで続きそうな果てしない道のりを見て俺は溜息を吐く。
「アキヒトさん、何かありましたか?」
俺の溜息を聞いて、横から声を掛けてきたのは金髪の青年だ。
純真で真っ直ぐなブルーの瞳に、その顔立ちは俺が知る西洋人のそれに合致している。
良く言えばナイスガイ。悪く言うなら特徴があまりない。そんな彼の正式名称はオスカー・シャイナ。
………なんでお前がそこにいるんだ?
そう問いたい気持ちはなんとか押し殺して、しかし込み上げてくる気だるい気分は隠さずに俺は言葉に乗せた。
「……なんでもねーよ」
「そうですか。それでは、これからも見張りを続けましょう!」
はぁ、と吐きかけた2つ目の溜息を俺は理性を総動員してなんとか飲み込む。
ええい、どうして俺が溜息にすら気を使わなければならんのか。頼むから誰かこいつを何とかしてくれっ!
『アキヒトさんの強さの秘密を知りたいんです!』
ルルさんたちとの集合場所に行く途中。
街で偶然オスカーに出遭ってしまった時の奴の第一声がこれだ。
……俺の強さの秘密、だと? ……何言ってんだ、こいつ?
逆に俺が問いたかった。それならお前が弱いことにも秘密があるのか、と。
何故オスカーがこんな考えに至ったのかは俺は知らない。(知りたくもない)
おかしいヤツだとは思っていたが、少々ぶっ飛び過ぎだ。もう俺には理解できないよ。(したくもないよ)
しかも散々断ったにも拘わらず、しぶとく俺に着いてきて旅の随伴まで認めさせてしまった辺り、かなり性質が悪い。
「別にいいんじゃない?」とミズリーさんが言った時など、俺はあまりのショックにしばらく茫然自失となってしまった。
「ここは空気がおいしいですね。やっぱり空気が澄んでいるんでしょうか」
「……そうね」
まあ、その新鮮な空気の中に不純な物体が混じっているわけだが……。
つか、俺が護衛を依頼されたんだよな? なんでおまえも見張りに参加しているんだ? 俺がいる意味なくね?
「おーい、みんな元気してる?」
そんな悩める俺の後ろから、不意に新たな声がかかる。
そう、こいつも俺のハーレム計画をオジャンにしてくれた野郎の内の一人だ。
「キースさん、どうしたんですか?」
不思議そうな顔をしてオスカーが振り返る。俺は反応しないことにした。
「ああ、俺もこっちに混ぜてもらおうと思って」
「え、向こうで何かあったんですか?」
「うんにゃ、別に何もないけど……ちょ~っとあそこには居づらかった……」
物憂げな口調でそう独白した後、俺達の横に自然と腰を下ろすキース。
いい具合に捻くれた緑色の瞳に、妙な感じにカールしている瞳と同じ色の髪。そんな彼は貴族という名の変態である。
「ああ、少しわかりますよ。僕もあそこに一人では少し厳しいですからね……」
「いくら俺でもあれは耐えられないね。マジで視線が痛いんよ」
さっきから向こうとかあそことか言っているのは、馬車に備え付けられた部屋のこと。
ミズリーさんが言ってた通りこの馬車はなかなか豪華で、なんと部屋が二つもあった。
さらに馬車の前部(俺達が今いるとこ)と後部には座席が設けられている。フカフカの背凭れもついててすっげー親切設計。
気になるのは彼女等がどれだけ金持ちなんだと。まあ、貴族なんだと思うけど……。
でも貴族なら貴族と名乗るものと思うだが、俺は何も聞いていない。なんでだろ、隠してるのかな?
今頃女性陣は部屋に集まって井戸端会議でもしているんじゃないだろうか。ペットの2匹もそこだ。
で、キースはそれに居た堪れなくなって出てきた口らしい。俺としてはそちらの方が……ああ、でもルルさんがいるのか。
「そういえばルルさんの様子はどうだった?」
黙っているのもなんなのと、確かめたいこともあったので俺は口を開いた。
「あ~……うん……まだ怒ってるな、あれは。つーか、それで逃げてきたわけだし?」
「そうか、やはりまだ怒っているのか……」
キースの返事を聞いて、今朝ルルさんがかなり余所余所しかったのを思い出す。
……パンツ事件(別に名前はなんでもいい)の尾が続いているのだ。
まあ避けられているのは主にキース(次に俺)だが、このまま話しかけづらい状態がずっと続くというのも遠慮したい所。
とは言っても俺に何ができる? 下手にかき回して印象を悪くするのもまずい。しばらく様子を見るのが吉かもしれない。
「ルルさんが怒ってる? 何の話なんです?」
「いや、なんでもない」
「うん、なんでもないな」
俺とキースは同時に言って、オスカーの疑問を有耶無耶にする。
オスカーに言っても解決するわけではないからな。とりあえずこの旅の間にはなんとかしようとは思うが……。
しかし、キースが俺達に同行することをよくルルさんが許したものである。
俺の時でさえ一悶着あったのだから、事件の原因だったキースは俺の比じゃなかったはずだ。
ミズリーさんがキースを押すわけもなし、キースがここにいる理由は一番の謎だったりする。
「なあ、なんでお前はここにいるんだ?」
出発の際に訊きそびれていたこともあって訊いてみた。
思えば、あれほど散々やられたというのに何故キースも俺達に着いてくるのか。
避けこそすれ、一緒になることはないだろうに。ひょっとしてソッチ系の性格なのか……あ、有り得る……!
「……なんでって、そりゃあジュノンに用があるからでしょ。ほら、俺って貴族だし色々とあるじゃん?」
「なんで疑問形?」
「いや別に。ちょっと身内に呼ばれてるだけだってば」
キースが答えた言葉は少ない。言い難そうにしてる様にも見える。
「……まあ、いいけど」
どちらにしろ俺にはあまり興味は無かった。理由なんて人の数だけあるだろう。
それにキースのことを積極的に知ろうとは思わない。野郎のプロファイリングなんて御免だ。
「ところでさ、お前ら二人で見張りしてんの? 一人で良くね?」
そんな中キースがそんなことを言うものだから、「じゃあ俺は寝てていいかな?」なんて口にしたくなる。
だけども、俺がそう言おうとした矢先に――。
「僕は雇われてるわけではありませんけど、アキヒトさんが魔物と戦うのを見ようかと思って」
「!?」
オスカーはさり気に自分は高みの見物をしているのだと仰る。
おいおいおい、それを俺が許すとでも思っているのか? 魔物が出てきたらおまえも戦えよっ!?
「ふ~ん。で、なんか出てきた?」
俺が言い返そうとすると今度はキースに邪魔された。くそ、絶妙過ぎるっ!
「いえ、今のところは異常ありませんよ」
「それって暇じゃね?」
「暇だ!!!」
最後は俺が間髪入れずに答えた。
半ばヤケになって放った言葉だったが、それは切実な問題でもあった。
そう、ここには暇を潰そうにもそんな手段はない。
遊び道具なんて俺は持っていないし、景色はもう見飽きていた。オスカーとの会話なんて楽しくないし。
こんなことならリドリアの露店で何か遊べそうなものを買っておくべきだったと、後悔していたところなのだ。
「うんむ。アキヒト、あれがなんだか分かるか?」
するとキースがそう言いながら前を指さす。
なんだ? というように俺とオスカーは目を向けた。
「何もないぞ?」
「ええ、道が続いているだけですね」
「ちっが~う! 馬だよ、馬!!」
どうも指を差していたのは馬らしい。いや、まだ良くわからないのだが……。
「……で?」
「……はぁ。キミタチ、あれがただの馬に見えるかい?」
大袈裟に頭を振って、馬を見てみろと強調するキース。
そこでは二頭の黒い馬がポツポツと歩いているだけである。……こんなの見ても全然楽しくない。
「え、もしかして……“臣馬”?」
俺が別の方を見ようとすると、オスカーが驚くようにそう言った。
「そう、その臣馬だ」
はいはい、進出単語ですね。で、例によって――。
「臣馬ってなんだ?」
そんな事を言ってみると二人に変な目で見られた。知らなくて悪かったな、コノヤロウ!
「一種の魔物です。普通の馬と違って魔法が使えるので便利なんです。結構珍しいんですよ?」
どうも地位の高い人達が使うような馬で、普通の馬よりとても高価なものだとか。
当然、魔法が使えるので知能も高くて力も強い。まあ色々と役に立つ馬のようだ。てか、その馬を持ってるって……いいや。
「魔法が使えるのか……100馬力くらいあるんだろうか?」
「たぶん50馬力くらいだと思いますけど……」
「いや、こいつらはまだ子供だからせいぜい20馬力くらいだ。しかし大人になれば300馬力を超すやつもいる」
……すんごい馬だった。300馬力て、まさにモンスターじゃないか。
頭の中に300頭の馬が荒野を疾走している光景が浮かぶ。……まるで戦争だな。
そんな力で一体何を引っ張るんだろうね。適材適所とは言わんが、ちょっと贅沢過ぎる気がする。
「なんとまぁ。そんな凄い馬だったのか、お前ら」
「「ブルウムッ!」」
適当に言ってみると、「そのとおりだぜ!」みたいな返事があった。どうやら子供でも頭は良いようで。
「乗ってみようぜ!!」
脈絡も無く、いきなりキースが変なことを言いだした。
「はあ? 乗るって、この臣馬とかいう馬にか?」
「無茶ですよ。飼われていると言っても魔物なんですよ? 慣れていない人間では危険……」
「暇だし、やってみようか」
「ちょっ、アキヒトさん?!」
とにかく今は刺激が必要である。
それに馬に乗ったことはないので、ここらで一つ経験値(?)を上げておこうとも思ったのだ。
「それじゃあ誰が上手く乗れるか勝負でもするか?」
景気づけにそんなことを提案してみる。
「くっくっく、アキヒトよ。俺より上手く乗れるとでも思っているのか?」
「ダメですよ。怒られますって!?」
やたらノリのいいキースと、それを止めようとするオスカー。
そして俺も、いつの間にか嫌な気分が無くなっていることに気付いて。
そんな自分に思わず失笑してしまう。
あれ? 可笑しいな。本音を言えばここに俺以外の男はいない方が嬉しいはず……なんだけど。
――――なんでこんなに気持ちになっているんだ?
考えて、すぐに理由は見つかった。
簡単なことである。俺はこの世界の知り合いが少ない。
それは見方を変えると知り合った相手は貴重な存在であるということだ。
(だから、かな?)
勝手に自分に都合の良いように解釈して、異論も無くすんなりとそれを受け入れた。
その後、胸に灯った感謝の気持ち。
誰に、というわけではない。いや、それもあるにはある。
ただ今の自分があることに対しての、言いかえれば自分に関ったすべてに対しての感謝の気持ち。
……ま、そんなに大したものでもないけれども。
「よーし、じゃあ俺からいきまーす!!」
キースの大声で内面から引き戻される。
どうやら俺が物思いに耽っている間にも、キースは着々と準備を進めていたらしい。
見てろよ、と言わんばかりに目の前にある手綱をとって、キースが勢いよく片方の臣馬に飛び乗った。
☆
一方、ここは馬車に備え付けられた部屋。(二つある内の前の方だ)
内部を彩る調度品は意外にも価値のあるものが程良いセンスを光らせてそろっている。
そこにはルルにミズリーにモンモレット、それから白猫とマルキューイが集まっていた。
もともと狭い部屋でもなかったが、それでも人が3人も集まれば空間としては満たされている。
あと一人いれば窮屈になりそうな空間の中で、彼女達は和気藹々とペット達と戯れて遊んでいた。
「え~っ!? じゃあココちゃんって野生のマルキューイなんですかぁ!?」
「あ、ああ。そうだ」
「へぇ~、そう思って見るとなんだか違うな~♪ ぷにぷにだぁ~」
「プルル~」
ミズリーに抱かれてご満悦のココちゃん。
それを見て少し胸が疼いたモンモレットだったが、この中で一番の年長だということもありなんとかそれ堪えている。
「ほらぁ、ルルちゃんも抱いてみなよ~♪」
「わ、私はいいですわ。ディズを抱いていますから」
「そっかぁ、ディズちゃんもかわいいよね~♪」
ルルはミズリーの誘いを断ってディズをその胸に抱く。
断ったのは彼女にはココちゃんとあまり接触したくない理由があったからだ。
「あぁ、貴女だけが私の癒しです……」
悩ましげにそう呟いてディズを抱き締めるルル。
それを不思議がったのは紛れも無くディズの方である。
「……其方はそんなに猫が好きなのか?」
「え、ええ、好きですわ」
「しかし、誘いを断った理由はそれだけではないのであろう?」
「――っ!!?」
ディズの鋭い指摘にルルは狼狽えた。
「な、何故ですかっ!?」
「言っておくが、儂を理由なく抱いて良いのは主だけじゃぞ? 相応の理由がなければ儂を慰み者とすることは認めんでな」
「……え」
そう言ったディズに他意は無く、言葉もそれ以上の意味を持たない。
しかし、彼女が天然だと知らないルルは違う意味に受け取ってしまい一瞬硬直してしまう。
「あ……ええと……」
ルルは少し顔を赤くしながら動揺していた。
そして遅れながらも自分の勘違いに気付き、さらに頬を紅潮させる。
「……で、では、相応の理由を話せ、と?」
「なに、心配するな。他に知られたくなければこっそりと耳打ちすれば良い」
どことなく偉そうに喋るディズ。ルルの姿勢もなんとなく低かった。
因みに、ディズがペットとしての扱いを許容しているのは、秋人が彼女を紹介する際にそのように紹介したからである。
「俺の大事な相棒で、ペットのような、守護神のようなやつです」と紹介されては、ディズもそれを否定できはしなかった。
そしてそれを聞いた彼女は自身の判断によって、秋人のペットであることと守護神であることに努めることにしたのだ。
彼女のその忠誠心もさることながら、真に恐るるべきはそれすらも見越して発言した秋人の鋭い洞察力であると言えよう。
「…………じ、実は……」
数秒の沈黙の後、少し話し難そうにしながらもゴニョゴニョとルルはディズに耳打ちする。
「……ふむふむ、……ほうほう。ふむ……そういう事であるならば致し方ない無いかのぅ」
「そ、それでは……?」
「うむ。特別に許可しよう」
「ありがとう、ディズ」
ぎゅっとディズを抱いて、ルルは素直に感謝を述べた。
「あ、このことは内密に……」
「わかっておる。しかし、難儀じゃのぉ」
怪しい二人は、密約を交わす。
実の所、ルルが断ったのは理由は、ココちゃんの感触と自分の胸の大きさが関係しているのだが……。
ルルはまだディズの正体を知らない。事実を知って、悲観に暮れることになるのはもう少し先の話である。
「――――――――!!!」
「ん? なんだか外が騒がしいな」
不意に外から漏れてくる騒がしさに気付いたモンモレットがそう呟く。
ずっとココちゃんを眺めて続けているだけなのは辛いので、気を紛らわそうとしたのだった。
勿論、外から漏れてきているのは馬乗りに夢中になっている男性陣(主にキース)のはしゃぎ声である。
「あっちも楽しんでるみたいですね~」
「そのようだな。キース殿も先程は何か居心地悪そうにしていたが、やはり男同士の方が楽しめるとみえる」
ミズリーはその理由に気付いていた。
というより、キースを追いたてたのは彼女とルルだったのである。
「あはは、そうですね~。何をしてるのかなぁ」
そんなことはおくびにも出さずにミズリーは軽やかに微笑んだ。
「まあ、何にしても楽しそうなのは良いことだ。なぁ、ココちゃん」
モンモレットは何気なさを装ってココちゃんを指で突いて、ミズリーと一緒に口元を緩ませる。
「プ、プルルッ」
ココちゃんは二人に揉まれて少し窮屈そうにしていた。
「あら、ディズ、貴女良い毛並みしてるじゃない」
「うむ……」
ルルはディズをあやして遊んでいるが、当の本人は仕方なくといった表情だった。
「ほう? できるな、キース」
「僕は止めましたからね?」
「ヒヒ~ンッ!!!」
「わ、悪かった、だからもう降ろして! 足が引っ掛かって、ぎゃあああ!!!???」
そして部屋の外では、秋人とオスカーが今にも振り落とされそうなキースを見て楽しんでいた。
彼ら6人と2匹たち一向は馬車に揺られてジュノンへと向かう。旅路はまだまだ始まったばかりであった。
なんかしっくりこないから、この話はそのうち大幅な修正があるかもしんない。




