002話 異世界からきた者達
一人、暗闇の中を歩く。
音がしないのはもちろん、熱くも寒くもない。
自分が歩いているのかどうかすら、よくわからなかった。
目を開けても何も見えない。此処は黒一色の広大な空間なのだ。
何が起きているのかサッパリわからないまま、ただ意識だけがはっきりとしていた。
俺はあの暗闇に飲み込まれたんだと理解する。最初に自分がまだ生きていることに安堵した。
ここは何処なのか、目の前にいた九条はどうなったのか、そんなことを思いつつ身体の感覚を研ぎ澄ます。
暫く……と言っても時間の感覚は働かないが、気付けば遠くの方に一点の光が灯っていた。
今の俺に選択肢はない。取りあえずその方向に向かって走る。走っている感覚を懸命に思い出していた。
そうしている内にやがてその光が大きくなる。
これは俺が近づいているのか、それとも光が近づいているのか。
そんな事を考えていると、ふと光に身体が引き寄せられている感覚を覚えた。
「ぉわっ!?」
光を抜けると、目の前に地面があった。驚きつつも体を捻り着地する。
「いてぇっ!?」
隣を見ると九条が無様に地面と対面していた。どうやら九条も無事だったらしい。
「どこだ……ここは?」
痛がる九条を無視して、辺りを見渡す。薄暗くて良くは見えないが、なんだか遺跡の中みたいだ。
周りの石造りの壁は所々崩れてはいるが、年月を思わせるそれは思いの外神秘的な空気を醸し出している。
「皆世、ここはどこなんだ?」
「……あの公園でないことは確かだな」
肩を竦めて九条に答えた。その時、視界の端で何かが動いた。
「ん? なんかいるぞ」
「えっ、なんだ、どこだ!?」
視線を向けると白いネコがそこにいた。
この薄暗い場所でその白さが一際目立っている。
「あっ、逃げた」
九条が近寄ろうとするとネコは踵を返して逃げ去っていった。
「猫だったぞ……」
「見ればわかる」
此処にいても埒が明かないので、兎に角そのネコを追いかけてみる。少し歩くと外の光が見えた。
「よっしゃ! 出口だ」
何が嬉しいのか九条は出口へと駆けていく。と、九条が急に立ち止った。
「ん? どうした?」
俺は九条に追いついて、次の瞬間に唖然とする。目の前に屈強な騎士が佇んでいた。
それも一人じゃなく十人程並んでいる。騎士だと思ったのは彼らが鎧を纏って、さらに剣を握っているからだ。
「貴様ら、何者だ!!」
その中でも一際威圧感を放っていたおっさん(たぶん隊長だ)が、俺達を恫喝する。あんたが何者なんだ?
「どうやって此処に入った!」
「……お、おいおい」
問答無用に投げかけられる大声に、俺達はたじろぐしかない。
容易に動けないでいるのは剣先を突き付けられているからだ。
ちょっ!? ヤバさMAXだが、状況がうまく飲み込めんっ!
「ちょ、ちょっと待った!! 俺等が何したって言うんだっ!?」
俺は両手を上げて必死に無抵抗のアピール。続けて九条が口を開いた。
「気が付いたらここにいたんだ!! 俺達もわけがわからないんだって!!」
「むぅ!? 賊ではないと云うのか?」
「見りゃわかんだろ!? 一般人だよっ俺達は!!」
◇◆
数分後、何とか誤解を解いた俺達は相手の剣から開放された。
そのまま遺跡の外に出て馬車に護送されて取り調べを受ける。(やっぱりおっさんが隊長だった)
「ふうむ、嘘は吐いていないな?」
「まあ信じられないのは分かるけど……本当だからな」
これまでのあらましを聞いて苦言を有するおっさん。
一段落ついた所で、俺はこれまで気になっていたことを質問する。
「おっさん、それで、ここは何処なんだ?」
「おっさ……ここは神聖アルマ帝国の東にあるアルメキス遺跡だ」
アルマ……アルメキス……耳慣れない言葉に、危惧していた心情がざわめきだす。
頭の片隅で疑問が膨らんでいく。それもこれも、さっき見たモノのせいであった。
「ん!? 日本じゃないのか?」
「ニホン? なんだそれは?」
「「……………………」」
九条が訊き返すと、予期していた言葉が帰ってきた。もう最悪……まさかの展開?
「まさか……本当に俺達の知らない世界だって言うのか!?」
九条が俺の気持ちを代弁していた。俺が二の句を継ぐ。
「タイムスリップかもしれんが、……たぶん異世界じゃないかと思う。それか違う星とか?」
「……マジかよ」
「外に出た時に、見たか? あの赤い月……」
「………………」
俺の言葉に九条が黙り込む。やはり九条も赤い月を見ていたんだろう。気のせいであって欲しかった……!
「貴様ら、何を言っている?」
なんとか気を取り直して(まだ半分夢だと思ってる)、俺達の状況を説明すること数十分。
「なるほど……いや、しかし……黒髪も…」
ブツブツとおっさんが嘆いている。
「……お前達の国では皆、黒い髪をしているのか?」
「? ああ、染めたりしてるヤツも多いけどな」
「……そうか」
そう言っておっさんは立ち上がり、側にいた衛兵にこの場を任せて出て行ってしまう。
取り残された俺達はその場に座り込んで、時が経つのを待ち続けるしかなかった。
「…………なぁ、皆世よぉ、これからどうする?」
「そうだな……今はまだ成り行きに任せるしかないんじゃね? 情報が全然ないし」
「だな。しかし、なぁ。本当にここは何処なんだろう…………帰れるのかな? 俺達は」
少なくともその時、俺も九条も同じ思いを味わっていた。
それから暫く静かだったが、なんだか外が騒がしい音がすることに気付いた。
ダンッダンッダンッダン! と凄い勢いで足音が近づいてくる。……おっさん?
これ以上何が起るんだろうか。殺される事態だけは避けたい。そう思う間にバッと扉が開かれる。
「あなた方が、遺跡にいた二人ですね」
茫然とする俺達にそう言い放ったのは、煌びやかな衣装を纏った女の子だった。
「私は神聖アルマ帝国第二皇女、エルシア・エレゼット・アルマです」
扉から差しこんだ逆光に表情は読み取れなかったが、何故か彼女が美人であることだけは知ることができた。