018話 秋人 VS ルル
ココちゃんと戯れたその翌日。
天気は晴れ。やはり今日も、コロセウムは熱かった。
会場のボルテージも昨日とは明らかに違い、1,3倍増しの熱気が少し暑苦しい。
どうやら本番は今日からということらしい。まぁじっくり見れる1対1だしな。
むさ苦しい人波に混ざって、俺は寝ぼけ眼を擦りつつお天道様に進言する。
あんたはちょっと働き過ぎだ…………そういや、この世界に来てから雨って降ったっけ?
今俺は大会の選手達が集まる闘技場に居る。
昨日と同じく、朝早くからモンさんに叩き起こされてやって来た。
さっそく会場に集まって、説明やら顔合わせやらなんちゃらと大忙しだ。
今さらかもしれないが大会の予選はA~Dブロックまであって、全部で4人の優勝者が選出される。
俺はAブロックで、モンさんがBブロックだから、俺とモンさんと戦うことはないみたい。
例の巨人はモンさんと同じBブロック。もしや因縁の対決が実現するかも……!
もうすぐ本日の第一回戦が行われるはずだ。俺が出るのはその初っ端の試合。
たぶん今日は2回も戦わなければいけない。まぁ勝ったとしてだが……ハードな一日になりそうな予感。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
『さあ、どんどんいきましょうっ!! 本日の第一回戦を始めたいと思いまーす!!!』
――ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
俺は煩い歓声を聞き流して、入口の前に立つ。
まだ、闘技場内には誰もいない。名前を呼ばれたら入場して下さいとのことだ。
『まずは一人目をご紹介っ!!! Cランク組の予選を勝ち抜いてきた銀髪の青年――ミナセ・アキヒト選手です!!!!』
――ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!
おお、早速来たよ。最初の試合だということで、俺はちょっぴり緊張気味。
前は大勢いたからそんな緊張しなかったけど、一人で行くのはやはり違うな。
少し堅くなりながらも俺は闘技場内に足を踏み入れる。
何もない運動場みたいな場内の、その中心に向かって歩いていく。
そこでチラッと観客席を観察。
えーと、二人は何処に居るんだろう。近くにいるからと言っていたが……前の方ってだよな?
「主、主っ! ここじゃ~」
後ろ方からディズの声がした。なんだ近いぞ?
「あれ? なんで下に降りてんだ!?」
振り返って見てみると、ディズとモンさんが入口のすぐ隣に佇んでいた。
観客席は一段上の方だ。そこに居て大丈夫なのだろうか?
「主、勝つのじゃぞ~!!!」
「負けるなよ、アキヒト君!」
二人して呑気に応援してくるが、何故あんたらがそこにいる。
駆け寄って詳細を訊ねたかったが、今は観客の視線があった。
仕方がないので断念して、闘技場の中央に向かって歩いていく。
『次は二人目ッ!! 此方はBランクの激戦をくぐり抜けてやってきましたプリティーフェイス――ルル選手ーーっっ!!!!』
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
女性ですか。
複雑な思いに駆られる。
俺の前から入場してくるのは、黒い帽子を被った気立ての良さそうなお嬢さん。
顔は良く見えないが、後ろ髪を二つに分けた金髪ツインドリル。居るところにはいるんだな。
とにかく情報収集のために、彼女のことを堂々と観察する。
全体的にどこか気品を感じる。歩き方にも育ちの良さが表れているような……どっかの貴族だろうか。
聞いた話だと、貴族の人の半分くらいは魔法が使えるみたいだ。
たぶん事実はその逆で、魔法が使えるから貴族にまでのし上がれたんだろうが……。
ってことはだ。おそらく貴族である目の前のお譲さんも、かなり腕の立つ魔術師のはず。
「貴方が私の相手ですか。……ケガだけで済めば良いですわね?」
良いわけないだろ。マジパねぇな。
「……もっと穏便にいきましょう」
『魔法無しで』と言おうとしたが、言えなかった。
しっかしマジでどうするよ、おい。女の子を殴るなんて紳士協定に引っかかっちゃうぞ。
『それでは始めてもらいましょう!!! Aブロック第二回戦、開始ィーーーーーーーっ!!!!!!!!』
とか思ってる間に始ってしまった。早い早いっ!
「怒りを以って燃え尽きなさい、“憤怒の焔”!」
開始早々、ルルさんが手を前に翳して早口に呪文を唱えた。
それを見た俺は一旦距離を取るために後ろへと飛び退く。
――ゴォオオオ!
漫画みたいな音をたてながら襲い来る二メートル級の火球。うぇ、デカッ!?
すぐさま地面を蹴って、火球の範囲から離脱する。
あっぶねぇ……なんとか回避は成功したか、ホント強化様様だな。
因みに俺が避けた火球は闘技場の端のところでかき消えた。
観客の安全は特殊な魔法障壁によって確保されている。
ま、そのおかげで選手は魔法使いたい放題だが……。
「……ふふ、逃げるのは、お上手ですのね」
余裕ぶった皮肉な言葉だが、こめかみには青筋が……俺を丸焼きにできなかったことがそんなに不満か?
「では、これでどうですっ!!」
彼女が手を振り上げると、上空に先程のデカい火球が出現した。
「“焔影”!!!」
その火球から、小さな火球が飛礫のように降り注ぐ。ほ~う、焔の連弾か。
俺は降ってくる火球の軌道を予測しながら、その全てを紙一重で避けていく。
「ほいほい、ほいっと」
とりあえず避けることはできるが、このまま逃げ続けるわけにはいかないか。
相手の魔力切れを待つのもいいけど、ディズに消極的とか言われそうなので今回はパス。
かといって殴るわけにもいかないし……制限あり過ぎ?
う~~ん。まぁ、女性にやるのは本意ではないが、俺のやり方でいきますか。
俺は最大強化した駿足でルルさんの傍に駆け寄る。
突然間合いを詰められ、ギョッとした彼女に向けて士さんをチラつかせて。(それはもう甚振るように)
「……降参くれないかな?」
できるだけ優しく問いかける。
「なっ!? っ……舐めないで!!」
――ブワァアアアア!!!
キッと睨まれた瞬間、風嵐が起こった。
突如現れた風の壁を、俺は後ろへ飛んでやり過ごす。
「この私を侮辱した罪……思い知りなさい!!!」
闘技場に風と焔が吹き荒れる。
ふむふむ、相手の反応は予想通りのようで順調順調。
「っととと」
荒れ狂う暴風焔、休む間もなく火球と風球が飛んでくる。
……とはいっても、一つ一つの大きさはそれほどでもない。
今の俺なら一発くらいなら当たっても大丈夫か……態々当たりには行かないが。
それにしても彼女、中々の使い手では無かろうか。
詠唱破棄と連続魔法に加え魔法の威力も十分ある、そこらの魔術師にはできない芸当だろう。
属性は火と風と……ふむふむ、成程。連携攻撃もお手のものらしいな。
さすがはBランクのトップレベルなだけはあって、ただの馬鹿とは一味も二味も違うようだ。
「そこっ!!」
「――むっ!?」
――ドーーン!!!
俺の目の前で火球と風球が衝突して弾ける。
焔が風に煽られて、残り火が俺の視界を塞ぐ。(ただの目眩ましだ)
視界を塞いだということはたぶん次は追撃が来るので、俺はその場を離れようと――。
――しなかった。
――ドドドドドォオオオン!!!
そして俺に向かって、容赦無く全ての攻撃が降り注いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ、はぁ……ちょ、ちょっとやりすぎたかしら」
ルルは白煙を上げる現場を見てそう呟いた。
“勝った”と、彼女はそう思う。
あれだけの攻撃だ。普通なら大怪我、最悪死んでいるかもしれない。
しかも青年はCランクの傭兵、そんな者にあの攻撃を防げるはずがなかった。
会場にいた誰もがそう思い、ルルの勝利を確信する。ディズだけはその例に漏れるが。
観客達は試合の終わりを予感し、会場にはある種の沈黙が生まれていた。
時間の経過に伴い、燻ぶっていた煙幕が徐々に晴れていく……そこにはあるのは惨劇の跡――。
「…………えっ!? う、嘘っ……!!??」
ルルの言葉に少し遅れて、周囲は騒然となる。
「そ、そんな……どうしてっ!?」
先程とは違い、動揺を隠そうともせずに彼女は声を荒げた。
彼女の視線の先……白霧の霧散した惨劇の後。
そこには無傷で佇んでいる、銀髪の青年がいたからだ。
彼はまるで何事もなかったかのように、いつもの調子で話し出す。
僅かな挙動、今この瞬間に、こうも自然に動けるのは彼一人だけだっただろう。
「やはり氷だったか……それで、もう攻撃は終わりなのかな?」
青年はルルに向かって不敵な笑みを浮かべた。
「――っ! 焔の矜持! 風の矜持! 氷の矜持! ――“三象律弦”!!!」
呪文を受けて、特大サイズの火球、風球、氷球が彼女の周りに出現する。
得体の知れない恐怖を振り切るために、ルルは有りっ丈の魔力を込めて自らの最大魔法を解き放ったのだ。
それを見た青年は、今度は逃げる素振りすら見せずにただ持っていた刀を構える。
そして――。
――ルルは、それを見た。
彼は迫りくる災厄に向けて、その短刀を機械的に振るっただけに過ぎない。
その最初の一振りで――焔の核が切り裂かれて火の粉を散らした。
さらに次の一振りで――風の点が切り裂かれて凪の風に変わった。
最後のもう一振りで――氷の芯が切り裂かれて氷の屑を降らせた。
それだけに留まらず、地に降ろした刃先で彼の足元を固めていた氷も破壊される。
「…………あ……ああ」
さながらその光景は、悪夢を見ているようだった。
魘された幼子のように彼女は怯える。
一方、会場全体には二度目の静寂が流れていた。
観客の誰もが目の前で起きた異常に唖然としていたが、その中でディズだけは満足のいった表情で試合を見つめている。
彼女がその光景を見ても平然(感動はしているが)としていられたのは、彼のとある秘密を知っていたこともあるが、それよりも彼のことを強く信じていたことの方が大きい。
そして戦いは終わろうとしていた。
会場の孕んだ静けさを切り裂くように、銀髪の青年は足音を響かせる。
一歩一歩、ゆっくりと歩いて彼女へと近づいて行った彼は、彼女の目前でその歩みを止めた。
「ぁ……ひっ……!」
もはや今のルルに戦意など残ってはいない。
未知の恐怖に身が竦み、声すらもまともに出せない状態だ。
薄らと涙さえ浮かべる彼女の瞳に、青年の持つ鋭い銀の刃が映り込む。
避けられぬ運命を悟った彼女には、ただギュッと強く目を瞑ることしか出来なかった。
◇◆◇◆
「…………あ……ああ」
随分とまぁショックを受けていらっしゃる。一応それが狙いだったのだが……。
そんな彼女を見るのはなんだか忍びない、さっさと試合を終わらせることにしよう。
いきなり近づくと悲鳴を上げられそうな気がして、俺はゆっくりと歩いて彼女へと近づいていく。
「ぁ……ひっ……!」
ガーーン! めっちゃ怖がられてる……やはりやり過ぎたか……。
こんなはずでは……と、後ろ髪を引かれる想いで俺は士さんを彼女に突き付けた。
「……降参?」
「………………ふぇ」
近くで見ると、やはり綺麗な子だった。それだけに罪悪感が……。
恐る恐ると云った感じで、目を開けるルルさん。
しかし、なんと目尻には薄らと涙が……!!!
――な、泣いていたんですか!?
ちょ、これは強烈なダメージ……! そんなに拒絶しないでルルさんっ!
「…………ぐすっ」
「――!!!」
怯えながら、今にも泣きだしそうな彼女。(さらに大ダメージ……!)
そんなものを見てしまうと、俺の持つガラスのハートではもう立ち向かえない。
警戒を解いた俺は彼女の恐怖を払拭すべく、痛む心に鞭打ってニッコリと微笑む。
「何もしないから、降参してくれるかな? ね?」
「……ぁ。…………わ、私の、負け……です」
と、漸く安堵を得たようで、ルルさんはフッと膝をついて降参してくれた。
――カンカンカーン。
『そ、そこまで~~~~!! 勝ったのはなんとっ!! Cランクの期待の星、アキヒト選手です!!!! まさかまさかの快進撃っ!! 彼は一体何者なのでしょうか~~~!!!!!』
――ウオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
煩い歓声が会場に沸く。
ぷぅ~~~~い、やっと終わったか……って、まだあと一回戦うんだけどな。
兎に角、次の相手も女性でないことを願うばかりである。
「……負けたのですね……私が……なんて……」
ボソボソっと、幽霊のような呟きが聞こえた。
……彼女、見た感じもかなり落ち込んでいる。
ここは何か言った方がいいのかっ、アフターケア必要!?
「あ~……何もそこまで落ち込まなくとも」
「あ、貴方に何が分かるのですっ! 私は……私は……っ!!」
まぁ、確かに負けた相手に言われてもな……とても悔しそうだ。
プライドも高そうだし、もしかしてやんごとない名家のお嬢さんだったとか?
「ほら、そんな落ち込んでないで……負けちゃったのは仕方ないことですし」
ほんと、紳士だなぁ俺。そろそろ、紳士ランクもアップしないだろうか。
「私はっ! ……私が、こんな……予選で負けるなど、許されることでは……」
許される、許されないとか、そう云う問題じゃないだろうに。
え~~っとぉ……何か励ますのに良い言葉は……。俺は必死に考える。
「そんな気にすることじゃないっすよ。俺、優勝しちゃうかもしれないし……」
「……え」
(……あ)
ゴメン、口が滑った。つ、つい言っちゃったよ。流れって怖ぇ……!
しかし何故こんな事を……もしかして俺が気付いてないだけで、無意識ではそう思ってんのか?
「優勝者に負けたんなら、それは仕方がないことでしょう?」
やばいやばいやばい、墓穴掘ってる。どどどど、どうしよ~ドラ〇も~ん(涙)
「あ、貴方、何を言って……」
…………ふ、こんな時こそ逆転の発想だ! 如何にもならないなら、如何にでもなりやがれっ!(注:自棄糞)
「立て!」
「にゃ!?」
俺は彼女の両肩をガシッと掴んで奮い立たせた。
要はさっさと話を終わせりゃいいんだ! ボロを出す前に片づける! ボロを出しても片付ける!
「は、放しな……」
「俺は優勝する! おまえも、んな事で一々悩むな! OK? わかったな! 簡単だろっ!?」
もはや俺はちょっとした錯乱状態で、彼女の肩を掴んだままガシガシと揺って文句を垂れる。
戦闘後のアドレナリンの過剰分泌により、一種の興奮状態に陥った俺がそこにいた。
「やめなさっ、やんっ、わかったから、……やめな、やめ、やめてぇ!」
「おっと、悪ィ。それじゃ、元気が出たなら俺はもう行くわ。帰り、気ィ付けてな!」
「あっ? え、ちょっと……ま、待ちなさいよっ!!」
後ろから怒声が飛んできますが、一切無視の方向で。
おっしゃあ! これでなんとか危機を脱出できた…………ぜ?
事が終わって、だんだんと頭に上っていた血が抜けていく。
よくよく思い返してみると……さらに墓穴を掘っていただけでは……。
勢いのままに言ってしまったけど、結構とんでもないことをしてしまった気が……最低だ、俺……!
事が終わって冷静さを取り戻したことで、激しく後悔。俺の歩く歩調も亀のように遅くなっていた。