015話 急用
現在、俺が魔法(もしくは魔術)について知っている事と言えば、それは基礎中の基礎だけと言わざるを得ない。
前にディズが教えてくれた事もあったのだが、……百歩譲って俺の頭が悪かったのだろう、まったく身に付かなかった。
ただあれから時間も経って、そろそろ魔力の扱いにも慣れてきた頃合いで、俺にも感覚的なことが分かってきたことも有る。
――ディズの様子がおかしい。
そのことに気付いたのは、俺がモンさんとの食事を終えて部屋に戻った後。
何気なくを装って部屋に戻った俺を待っていたのは、ディズの怒りの眼差し……などではなく、真ん中だけぽっこりと膨れ上がったベッドの布団だった。
俺が街に出てからずっと眠っていたんだろう……と云うか、俺が戻ってからもずっとディズは眠っていた。
朝になって漸く起きたディズにそれとなく話を振って見ると――。
「疲れが溜まっていたのじゃろう」
――と云うことらしい。確かに疲れている感じはあったが、それだけなのだろうか?
なんとなくそう思って、ディズの魔力を探ってみる。するとなんだか前とは違う感覚。
さらに感じた違和感を強く意識すると、その原因がわかった。
まぁ俺の感覚的なものだから間違っている可能性もあるけれど、どうやらディズと俺を繋いだパスに異常があるっぽい。
何やら澱みが酷い感じ、俺の魔力がうまく供給できていないようなのだ。たぶん正常値の半分くらい、という所だろう。
そのことをディズに尋ねると、本人にはあまり自覚がなかったようで俺に指摘されて初めて気付いたようだ。
そうなった理由は……たぶん、無茶な魔法の使い方をしたせいではないか、みたいなことを言い難そうにディズが述べた。
『そんな事したっけ?』とは言わない。心当たりがあるだけに……ホントに何をしたんだよ、俺っ!
まぁそれは置いといて、重要なのはそれを治す手段だ。
状態は今すぐ悪影響はないとの事だが、放っておけるほどの事でもない。
なので今、俺は街の図書館に来ている。
魔法関係を調べるのにここ以外に手は無い。魔術師の知り合いはいないし、ディズにも治し方はわからなかったからだ。
最低限の知識はここで足りているだろうが、専門的なことはもっと大きな図書館とか、そんな所じゃないと揃っていないはず。
「どう? 見つかりそう?」
俺は目の前の机の上に座っている白猫に問いかける。
前足を器用に使って、本のページを捲っている。調子は良くもないが悪くもない様。
部屋で待っててくれても良かったが、俺よりはディズの方が魔法に詳しいので一緒に解決策を探している。
「否、何とも言えんな。どこから手を付ければ良いか……そもそも時間の経過によって改善されるものかもしれんしの」
「いや、普通にしてれば問題ないかもしれないけど、魔法とかはほとんど使えないんだろ?」
そうなのだ。俺からの魔力供給が半分になったせいで、ディズの魔力回復が遅くなっている。
魔法を使えば、その分の消費が莫迦にならない。よって今は猫の姿で顕現しているだけで、手一杯らしい。
じゃあ顕現しなきゃいいのでは……と言ったが、それでは本末転倒。
精霊に戻ると、近くの魔力濃度の高いエリアへと流されてしまうらしい。
やがてその場の魔力に溶けて、ディズの意識は自然と融合してしまうということだ。
ついでにその時には俺とディズとの契約も無くなるみたい。
と云うか、本来精霊とは一個の個体ではなく、多数からなる集合体らしい。
だから精霊としてみると、ディズの在り方は例外ということになる。
何か未練でもあるのかと思ったが……でも前に訊いた時はそんな事言ってなかったんだよなぁ。
まぁ、その事も気にはなるけど、今は治す方法を探すのが先決だ。俺もディズには消えて欲しくないと思ってる。
「今はできることをしよう」
言って、また作業にかかる。俺も本気を出して取り組む覚悟だ。これに関してはあらゆる妥協は一切しない。
また次の魔法書に手を掛ける。今日はこれで3冊目、そろそろ何か手掛かりが出て来て欲しいものだ。
☆★
『魔法概論 中巻』著者 ケーニッヒ・ブラン
――体内魔力と自然魔力の流れについて
体内に流れている魔力と自然に漂う魔力とでは、その魔力の流れにもある程度の差異が見受けられる。
第一にオドの流れは決まっている。オドは体内を流れる血液のように、決められた経路を辿り身体を循環している。
人それぞれにそのパスの大きさや順路は違っているが、その機能は皆同じである。
一方マナの流れに経路は決まっていない。水が高きから低きに流れるように、その時、その場所により流れは変化していく。
そのためオドの流れによってマナを操ることが可能となる。一般に魔法を扱う際にはこの作業を行っているはずだ。
オドが多ければ多いほど、その意思が強ければ強いほど、操ることのできるマナの量は増大していく。
また、人が持つオドに同じものはないと述べたが、これは魔力の流れにも深く影響している。
例えば、一人の魔術師(A)がもう一人の魔術師(B)に向けて魔力を放ったとする。
単純に考えて外側からの干渉ならば、Aが放つ魔力はBに直接届く。
然し、これがAからBへの体内魔力の干渉とするなら、話は違ってくるのである。
Aが放つ魔力がBの体内に入ると、Bの体内ではAの魔力に対する拒絶反応が起こる。
それにより、Aの魔力は分解され、Bの体内から排出されていく。
このような拒絶反応が、治癒や精神干渉などの虚無魔法において扱いが難しいとされる理由にもなっている。
――契約。
前項で魔力の流れについて説明したが、何事にも例外は存在する。
それが、契約である。
契約は魔力の流れを無視して行われる。他者と自分との魔力経路を設け、魔力の遣り取りをする。
と云っても、それは簡単にできるものではない。他者と相性も重要になるし、そもそもは契約の儀は魔力的上位種にしか施行できないのだ。
魔力的上位種とはある一定以上の純粋な魔力を持つ種族のことで、一部の精霊種を筆頭に竜族や魔族などがこれに当たる。
他者への一方的な魔力介入。同じ種族同士では滅多に行われないが、純粋的な魔力で劣っている我々人族と上位種とが、たまに契約を結ぶ場合があるようだ。
契約の内容によって結果は様々だが、上位種と契約した人間は彼らの庇護下に入る場合が多い。
元々彼らは契約を必要としないほどの力を持っている。よって契約する際にはやむを得ない事情があり、彼らに危機が迫っている場合が殆どだろう。
一度結んだ契約は破棄できない。双方を繋ぐ強力な魔術経路が形成されている訳で、一度形成された以上一生続くものである。
仮に一方が死んだ場合、契約下にあるもう一方にもなんらかの損失が起こる。
それも契約内容によってリスクが決められるが、命の共有などの強い契約の場合は死ぬこととなる。
契約の際繋がれた経路は強固なものであり、一般的に契約者以外の魔力は通さず、干渉もできない程である。
――――。
昼を過ぎた頃に、なんかその事に関係しそうな文章を発見。
主に体内魔力やら魔力の経路、そして契約について。
これは関係しそう……ってか、思いっきりど真ん中っぽいな。
嬉々としながら書いてある言葉を一字一句暗唱する。取り残しのないように。
往々にして、仕組みが解れば解決策も出てくるもの……であって欲しいが、はてさて――。
☆★☆★
「魔力が視える、じゃと?」
ディズが訝しむようにそう宣った。
「視えるだろ、普通に」
俺は当然のように返した。
「「………………」
この沈黙はなんだ?
魔力が視認できる……俺にとっては魔力に目覚めたんだから、それが見えても当り前だと思っていた。
然しディズの様子からすると、どうも俺の認識は間違っているようである。普通は見えないもんなの?
「どのように視えるのじゃ?」
「ん~……色のついた空気みたいな?」
言葉では表現しにくいが、オーラみたいな感じ。まぁ、オーラなんて見たことないけれど。
「ふむ……どうじゃ、儂の魔力が視えるかの?」
ディズはそう言って、魔力を練る。そんなに大きな魔力を使うことは出来ないので、ほんのちょっと。
「前足だろ? 薄紫色に視えるけど、たぶん少しだけだからかな。前に見た時はもっと濃かった」
「…………本当に視えているようじゃな」
魔力が視えるからなんなんだと言いたい。珍しいことなのかも知れないが、それだけじゃないか?
「それで、視えるとなんかあるのか? それでパスを治せるとか?」
「否、そう云う訳ではないがの……やはり主は変わっておるな」
「……褒め言葉として受け取ろう」
そもそもの目的。それはおかしくなったディズとの契約の経路を治す方法だ。
昼間見つけた魔法の本を隅々まで読み尽し、俺はその知識を総動員させてディズの魔力経路の異常について考えていた。
俺の考えは、俺の魔力を思いっきりディズに流して、経路の澱みを押し流せるのではないか、ということ。
契約のパスは、契約者の俺かディズの魔力しか通さない。
だからもしパスに干渉できるとしたら、それは俺かディズだけだろう。
ディズは今魔力を消費できないから、残るのは俺だけということになる。
まぁ相談して分かった事は、俺の考えた方法は使えないってことだ。
まずは俺の魔力を流すと、拒絶反応やら起きないのかどうか。
それは契約のパスに魔力のろ過機能があるから大丈夫。実際供給してるのでそれは俺も心配はしなかったのだが……。
パスには俺からの魔力は一定以上流れ込まないように細工がしてあるらしい。だから俺の案は実現不可能というわけで。
さらにパスは俺からディズへの一方通行のパスだった。ディズの魔力は俺の方に流れ込んではこないようなっている。
色々知らないこともわかって、と云うよりもっと早く聞いておくべきだったのかもしれない。
契約に関してはディズに全部まかせていたのだが、もっと融通の利く内容にすべきだったのでは?
とか、そんなやりとりをしていた所、こんな話になってしまった。因みに今は宿屋に戻ってきている。
「して、主の魔力はどんな色なのじゃ?」
素っ気ない態度だが、たぶん興味津々だ。
気持ちは分かるので教えてやりたい、やりたいのだが……。
「ああ、それがなんでか視えないんだよね」
「視えないじゃと?」
何度も確かめたが、俺は自分の魔力が視えない。魔力を感じることはできるが、視認することはできなかったのだ。
なんとなく揺らぎのような、陽炎のようなものは視えたが、それだけで色はわからなかった。
俺の魔力はマナと相性が悪い見たいだし、案外中から見れたら色も分かるかもしれない。そんなことを話していると。
「それは……主の魔力には色がないのではなかろうか」
と、ディズが呟く。正直、意表を突かれた。
「色がない? ……透明ってことか」
そうかもしれない、と案外すんなりと受け入れられた。俺の魔力に色はついていない、か。
そもそもどうやって魔力を色で識別しているかは謎だ、ディズにも魔力は視えないようだし。
何かのピースが嵌った気がした。これはちょっと待てよ。と俺は情報を整理していく。
「……なら主は大気中のマナはどう視えておるのじゃ?」
マナもオドも要は魔力。と云うことは、目に映るもの全てに魔力が宿っているということでもある。
まあかなり極端な話だけど、ディズの言いたい事は分かる。大気中にはマナが偏在しているわけだからな。
「いや、そういえば視えないな。何故…………ああ、そうか。だとすると……やはり、うむむ、そうかも……」
「?? なんじゃ、どうした?」
「ディズ、ナイスだ!」
「う、うむ」
なるほど、これは……いけるかもしれない。
俺の考えが間違ってなければ、これは大発見だ。
もう一度脳内でシュミレートする。少しの時間、目を閉じて頭をフル回転させる。
ディズもそれを察してくれたようで、俺が考えてる間は邪魔をしてくることもなかった。
そして、俺は呼びかける。もう何度も口にした台詞。
「ディズ」
目を開けると、ディズは不思議がっている様子もなく平然としていた。
「やれそうかの?」
その言葉を聞いて、自然と笑みが零れる。
まるで俺の考えが全部わかっているみたいだ。
なんだかディズの佇まいが、とても眩しく見えた。
そういえばこいつは最初から焦ってはいなかったように思える。
自分の契約に関係していることなのに、心配する素振りも見せなかったのはどうしてだろう?
……もしかして初めから全部わかっていたのかもしれない。ふとそんな気がした。
まあ、だからという訳ではないが。しかし俺にも何とかなりそうな予感がしていた。
「とりあえず」
試してみる価値はあった。これは俺にしかできないことだ。
「やってみようか」