010話 ジャンゴ討伐
――――まず結論から言おう。
俺は魔法を半分だけ使えた……否、半分だけしか使えなかったのだ。
「……なんともまぁ、珍しいことには違いあるまいて」
妙な励まし方をされるが、俺としては想定の範囲外。
なまじ期待が大きかった分、ダメージも思いの外大きかった。
なんというか、凄い肩透かしを食らった気分……そんなに理想は大きくはなかったけれど。
「然し、主は変わっておるな」
「……いやぁ、普通のつもりなんだけど」
身体にマナを取り込むことは出来る。ただ、如何なる事情か魔力を外に向けて放出すると、魔力が霧散してしまうのだ。
試しに炎を出そうとしてみたのだが、人魂みたいな炎がポンッ! と出てあっという間に消えて無くなった。
身体の中の魔力は相当な量を練り込めるらしいから、オドは結構あると思うんだけど……。(これだけが唯一の救いである)
「誰でも、向き不向きがあるからのぅ」
つまり虚無魔法は使えそうだが自然魔法は全然使えない、と。これは虚無系向きってことで喜ぶべきなのか?
まぁ、虚無魔法の一部だけだけど魔法が使えるだけまし、と云うことにしておこう。どうせ帰ったら使えなくなるだろうし。
「気に病むことはない。魔法も使いようじゃ」
「サンキュ」
全ては考え方しだいだ。うん、これはこれで良かったのかもしれない。魔術師とか目立ちそうだし。
最悪、ディズの姿を変えられればそれでいい。ってか、それが最重要事項だったりするのは俺だけの秘密だ。
☆★☆★
さて、この町に着いてからもう数日経つ。
そろそろお金の心配が必要になってきた。これは最初から心配だったけど。
よってギルドへと向かう。これからバッサバッサと魔物をねじ伏せてガッポガッポしてやろう。
「新規登録ですね?」
「はい」
「それではこちらに必要事項をご記入してください」
紙に必要事項を書いて受付のお嬢ちゃんに渡す。僅か一分で、あっという間に俺もギルドの仲間入りだ。
名前は本名を使った。偽名の方が良かったかもしれないが、俺の名前を知ってる奴は少ないのであまり意味はない。
「傭兵の説明をお聞きになりますか?」
「おねご、……お願いします」
か、噛んでしまった……恥ずい……//。
「ふふっ(笑われたっ!?)……では。まず傭兵は各地に点在しているギルドで依頼の受注が行えます。お渡しになったギルドバッジをお見せすれば、依頼の受注が可能です。依頼を遂行した場合の報酬は依頼主により異なりますが、主に依頼主から直接受け取るか、ギルドでの報酬の受け渡しとなっております」
「ふむふむ」
「それから依頼のランクに関してですが、ランクはD~Sランクまであります。新規登録されたアキヒト様は一番下のDランクになりますので、Cランクより上の依頼の受注は行えません」
最初はDランクから。順にC,B,Aと上がっていき、最後にSランクがある。
出来ればSランクまでなりたい所だけど、どのくらいの強さなんだろう? 多いのか? 少ないのか?
「ランクはどうすれば上がるの?」
「ランクを上げるには同ランクの依頼を規定数以上遂行してランク認定試験を受けるか、ひとつ上のランクの依頼を一人で3つ遂行するか、そのどちらかを行えばランクがひとつ上がります。Aランク以上になるためには指定された依頼をこなし、さらにギルド審査をクリアした上で認定されます。因みにランクが下がることはありませんが、あまり依頼の失敗ばかりしていると、ペナルティが課せられることがございますのでご了承ください」
「ペナルティ?」
失敗ばかりする奴は、皆からハブられて村八分の刑らしい。
こんな所でも厳しい社会の掟が牙を剥いてくるのか……大丈夫かな、俺。
「ペナルティは依頼の報酬半額や一定期間ランク以下の依頼しか受けられなくなるなど、色々あります」
「ほうほう」
ペナルティは……まぁそんなに気にすることはないな。他も既存の知識と照らし合わせれば、それほど違う所もないか。
知りたいことは大体聞いたし、あとは依頼を受けるだけ。手っ取り早く稼いで早く金欠をどうにかしたいものだ。
確か最初はCランクまでの依頼は受けられるんだよな。ここは手堅くDランクでいくか、それともCランクを攻めてみるか?
「どうする?」
俺は足元で暇そうにしている白猫に相談してみた。
「今の主ならCランクくらいは大丈夫じゃ。儂もおるし、稼ぐならCランクが良いであろう」
「ふーん……じゃあCランクで頼みます」
ディズの言葉を信じてCランクの依頼を受ける。
さてさて、一体どんな依頼があるのやら。俺でもできる依頼があればいいが……。
緊張しながら待っていると、奥から受付のお嬢ちゃんが紙束を持って現れる。
「Cランクの依頼はこちらになります」
うわっ、結構いっぱいあるな。ん~~、ゴブリン掃討、捜し物依頼、行商人の護衛……お、ジャンゴの討伐! これにしよう。
取りあえず見知った名前を見つけた俺は即決で依頼を受ける。報酬金額が一頭につき銀貨10枚だし。10万ですぜ、10万!
一頭っていうくらいだから大型犬ぐらいの大きさなのだろうが、野犬如きにこれだけの金を出すとは……チョロイぞ、傭兵。
さっそくその足で狩り場へ向かう。場所は町から少し離れた山の中らしい。傭兵って儲かるなぁと鼻歌を歌いつつ山を歩く俺。
ところで今の俺の服装はかなりの軽装だ。町の市場で見つけた古着を着用している。所持金も少ないので武器も何もない。
果たしてこれで大丈夫かとも思うが、強化の魔法もなんとか覚えたし相手は野犬だ、それにディズが一人で3頭やっつけてるしな。
この依頼でガッポリ稼いで、剣でも買おうかと画策している。防具も揃えたいし、生活用品など、買いたいものは沢山あった。
「この辺りかな……?」
「うむ。魔物の気配を感じる……、5頭じゃな」
「5頭か……くっくっく、50万というわけですな?」
思わず口元がにやけてしまう。が、ここは気を引き締め直す。
いくら余裕があるからと云っても油断は禁物だ。気を張り巡らせ、辺りを窺う。
どこから敵が襲ってきても遅れはとらないようにしないと……初っ端でゲームオーバーはごめんである。
「…………来るぞ!」
ディズが叫んだ瞬間、緊張が走る。そいつらは俺の前に現れた。
「…………おいおい、聞いてないよ」
野犬なんて甘いものじゃなかった、あれは確かに魔物と呼ぶに相応しい。
2メートルはあろうかという巨躯、獰猛そうにギラつく獣の眼。あの前足なんか食らったら骨折とかしちゃうぞ。
顔だけ見れば犬……ってか狼だが、体は馬のように引き締まり、何より明らかに血に飢えていた。ゴメン、正直舐めてた。
「グルォォオオオオオオ!!!」
性格もめっちゃ好戦的なようで。こいつは確かに危険な魔物だ。
しかし俺もビビってばかりはいられない。訓練の成果を見せてやろうではないか。
「んじゃ、いくぜ?」
大気中に揺らめくマナを取り込む。丹田から螺旋を描いて立ち上る魔力のイメージ。
俺自身のオドとマナを併せて身体機能を向上させる。これぞ今の俺ができる唯一の魔法、身体強化……!
体内の魔力の循環に伴いフッっと羽毛のように身体が軽く(体感的にだが)なる。魔法において最も大切なものは意思。
それがどんな魔法でも、意思が強ければ強い程に魔力はそれを実現させる。俺はただの人から超人へ進化したのだ。(と思い込む)
ああ、因みに通常状態でも俺は無意識にマナを取り込んで多少は身体を強化してるっぽい。
「グウォオオオオーーーーー!!」
俺の異変を感じとったのか、5頭のジャンゴが一斉に動き出す。
野生に生きる者としての本能が俺を敵だと認識したのだろう。
彼らは俊敏である。が、今の俺には遅すぎるくらいのスピードに見えていた。
「まずは一頭」
大地を蹴って、最初の一頭に近づく。急に間合いを詰められて相手は一瞬たじろいだ。
その隙を逃さずにすれ違い様に一発、魔力を込めた強烈な蹴りを横っ腹に叩きこんだ。
「ギャウッ!!?」
俺の蹴りを食らい、のけ反って倒れ込むジャンゴ。
まあ最初は俺もビビった。蹴った衝撃で木が拉げたくらいだ。
これを食らったら痛いなんてもんじゃ済まない……内部にも相当深刻なダメージを受けているだろう。
倒れ込むその姿は最後まで見ずに、俺は二頭目に焦点を合わせる。
残りのジャンゴも漸く敵陣に入り込んだ俺の存在に気付いたようだ。
――ガッ!
さらにその隙をついて二頭目を倒し終えた俺に、残る2頭のジャンゴが左右から俺に飛びかかってきた。
それを見て俺は右のジャンゴに向かって駆け寄る。流れるように前足を躱しながら首に一刀。
気を落としたジャンゴを目隠しにもう片方のジャンゴの背後へと回る。そのまま魔力を込めた一撃を背中に放つ。
これで残っているのはあと一頭だけ。その最後の一頭は……ああ、どうやらディズが倒したようだ。これで終わりか……。
「これで終わりかの」
「ああ」
俺の返事は短い。然しそれだけでディズは俺の心情を読み取ったのか――。
「……殺すのは初めてか?」
――なんて言ってきた。
……こいつ、意外と侮れない。やはり神様というのも伊達ではないらしい。
そりゃあ羽虫なんかを殺すのと比べると、こいつらの命を奪った実感の方が大きい。
中にはまだ生きてる奴もいるだろうが、そいつらもこれから止めを刺さなくてはならない。
その行為がいい気分な訳はないし、自ら進んでやりたいことでもない。誰だってそうだろう。
然しここで見逃せば、こいつらはまた人を襲うはずだ。人を襲うからこそ、魔物と呼ばれているのだから。
「慣れろとは云わんがの、この世界では仕方のないことじゃ」
『それが耐えられないなら傭兵になどなるな』そう云われているようだった。
――――だが、それよりも何よりも、俺は自分に驚いている。
魔物を殺すこと……確かに躊躇はあった。だけど、それでも俺は魔物を殺した。
そして俺は知る。自分は思っていたよりもずっと冷たい人間だったんだな、と。
そうだ。止めを刺すのは嫌だ。可哀想だと思う、間違っていると思う。だけど、俺は必要があればその止めを刺すだろう。
相手がどれだけ抵抗してもそれは変わらない。自分の心を殺して、相手の心を殺して、ただ冷淡に、冷酷になれてしまう。
魔物はまだ良い。否、良いことはないが、人よりはまだましだ。
それは今の俺にとって慰めにもならないが、そう思わないよりは良い。
然しそう思い、思ったことで俺はあることに気付く。
俺は魔物を殺した。今度は人を殺してしまうかもしれない。
もしもその時がきたら、俺はどちらを選ぶ? その時俺は何を思う?
考えても仕方がないとは思うが、そう考えずにはいられない。
「仕方がない、ね……」
ディズに言われたことを復唱する。その意味はあまりわからなかった。
俺は淡々と作業を開始し始める。今は取り合えず身体を動かすことにした。余計なことは一人でいる時に考えよう。
☆★☆★
依頼主に報告。報酬は銀貨50枚。(ずっしりとくる……!)
ついでに尻尾も取ってきたので合わせて銀貨60枚。円に換算して60万円。スゲェー!
「これで当分は安泰かぁ」
「そのようじゃな」
やはり現物を前にすれば、気分も違ってくるものらしい。
今まで手にしたことのない大金にちょっと怖くなる。(俺はまだ学生なのだ!)
「しかし、傭兵は儲かるな。Cランクの依頼一つでこんなに金が手に入るとは……」
「まぁ相手がジャンゴだったからのぅ。あれはCランクの中でもなかなか手強い魔物じゃろうて」
……知ってたんなら最初にそれだけでも教えておいて欲しかった!
「俺も最初見た時は焦ったもん。あれは魔法なしでは戦えないだろ……そう考えるとやっぱ魔法ってすごいな。強化だけでもかなりの強さじゃないか?」
「あれは……と云うか主だからじゃぞ? 主は結構な魔力を持っておる、それを全て強化に当てとるからあれだけの動きができるのじゃろう。それに主は戦う術を知っておるようじゃしな」
「いや、アレはそんな大層なものじゃないよ。後の筋肉痛が酷いのは勘弁だけど、でも俺の魔法も案外役に立つかもな!」
今は昼食。ギルドの食事じゃなくて、ここは町のレストラン。
俺の前にはスパゲティが、ディズの前には猫缶が置かれている。
ここ何日かで気付いたことだが、ディズは何でも食べる。何でも、というのは語弊があるが、好き嫌いはないようで。
普通なら猫が食べてはいけないものも平気で口にしているし、かと思えば猫缶やら焼き魚やら、猫用の食事もたまに取っている。
ここは異世界だし、ディズも神様(精霊)だったりするので詳しいことは知らないが、食べることで魔力でも補給できるのだろうか?
この世界の食べ物(主にこの町での味付け)は大体大味なので一般受けはするだろうが、俺にはちょっと物足りないのだけれど。
そんなことを考えつつ食事を終えて、これから向かうは一度は足を運んでおきたいと思っていた場所――武器屋だ。
やっぱり装備を整えておかないとな、何でもかんでも殴って蹴ってでは俺の品性に関ってくる。俺は紳士なのだよ。
――ガラァン。
扉を開けると備え付けの鈴が鳴る。ここはこの町で一番デカイ武器屋だ。商品の数も客の人数も少なくはない。
「いらっしゃあせ~」
店員の音を聴いてさっそく商品の物色にかかる。
やっぱり剣がいいかな? 持ち歩くので、あんまり重たいのはごめんだが。
とにかく一度店内を回って多くの品を見ていく…………剣に槍にハンマーに、見たことない武器もある。
色々あります、迷います……なんてことは無く、まぁ最初はやはり使い勝手のいい剣でしょと云うことで落ち着いた。
然し剣と言っても多種多様、様々な種類が置いてある。俺もディズもあまり剣について詳しくは知らない。何がいいだろう?
「これはどうじゃ?」
ディズが指さすは俺の背丈程もある大剣。でかっ、これ俺が持つんだよな?
冗談、こんなもの背負って歩きたくは無い……と云うか、こいつは時々どこかずれたことを仰りますな。神様は天然?
「却下」
「こっちはどうじゃ?」
俺の判断から間髪いれずにディズが次の剣を差し示す。今度のは小さい。ってか、ナイフじゃんっ!?
「却下!」
「ぬぅ、これでどうじゃ!!」
「却下!!」
「むむ、これなら満足じゃろ!!!」
「却下却下却下ああああああ!!!」
「なっ!? …………フンッ、主はセンスがなっとらん!!!」
あらら、気分を害してしまったようだ。でもおかしくないか?
目に入った剣をそのまま言っているとしか思えない素早さだぜ?
一応真剣(←うまくね?)に選ばないと後々命取りになりかねないわけで。
最後に選んだやつなんかハサミみたいな剣だったぞ。あんなの用途からしてわからない。
「おっ! これなんか良いんじゃないか?」
ショートソードだが丈夫そうだし、デザインも悪くない。そう思ってディズに見せるが。
「駄目じゃ駄目じゃ! そんなものでは何も切れんぞ!」
俺の意見を一刀両断(←これはダメだ)にしやがった。くっ、さっきのお返しか? このやろう!
その後も意見を言い合うがなかなか決まらない。この際、ディズの意見は無視の方向で決めようか、などと思っていると。
「うぬぅ、やはりないのぉ……」
ディズがぼやく。また何か変な剣でも探しているのだろうか?
「むむっ!? これは……主よ、これで良いのではないか?」
ほう? ディズの声色が今までとは違う。
余程のモノを見つけたのか……どんな剣だろうと覗き込む。
「ん? …………へぇ……これはこれは」
そこに置かれていたのは、見た目包丁のような剣だった。半丁包丁みたいな少し刃の長いやつ。
ただの剣とは毛色が違うが……うん、見様によっては脇差(ヤクザ風に云うとドスか?)にも見えなくは無い。
切れ味も悪くなさそうだし持ち運びも楽だろう。良さ気である。探してみれば案外この世界にも日本刀とかありそうだ。
「たしかに……これは買いだ」
これは有り難く頂戴するべきだろう。俺はその短剣を手にとって感触を確かめた。……いいねぇ。
西洋風の剣もまた機会があったら握ってみたいが、これは見逃せない。忘れかけていた日本の魂が此処に在る。
「ディズ、お手柄だな! 良く見つけた!」
「うむ! 儂にかかればいと容易きことよ!」
周りの目も気にせずに二人してはしゃいだ。
店内からは奇異の視線を向けられていたが、予想以上の物が見つかったので良しとする。
「これですか、兄さんも物好きだねぇ。いや、買ってくれるのならいいんすけどね……でも兄さん傭兵でしょ? 俺っちが言うのもなんですが、こんな細くて折れそうなモンよりも、もっと良いのが揃ってるでしょうに」
「いやいや、是非これで。これ以外はありませんよ」
「おおっ言いますねぇ、んじゃあ銀貨5枚っす!」
安っ!? 大丈夫かこの店っ!?
「銀貨5枚……3、4、5枚っと。はいよ!」
「ありやした~」
二人揃って店を出る。満足のいく武器が手に入ったので気分は上々だ。
後は防具も買って服も買って……医療品とかも必要だよな。保存食も用意して――。
――今日は晴天、とても良い買い物日和のようだ。
なんか回を重ねる度に書く量が多くなっている……。
妙だ。細かく分けてった方がいいかな?
…………コレなんて法則?