001話 ファーストコンタクト
「ああ? テメェなんて言った?」
苛立ちを隠そうともせずに、そいつは俺に向かってガンを飛ばしてくる。
「……別に、なにも?」
俺は巻き込まれないように、無関係を装った。
そのボスっぽい奴(たぶんな)が目配せすると、そいつの周りにいた取り巻き達が此方へと集まってくる。
……出来ればこのまま立ち去りたかったのだが、どうやら先には行かせてくれなさそうだ。
2人の高校生に囲まれて、俺は嫌な気分を吐き出すようにため息をついた。
「はぁ、面倒くさいなぁもう」
早く家に帰りたいのに、と――。
☆★☆★☆★☆★
――――話は数分前に遡る。
今日は大して面白くも無い実力テストやらが漸く終わったので、俺は意気揚々と校門を出た。
帰ってからゆくゆくと一人の時間を満喫しようと思い、テンションが少し上がっていたことは認めよう。
帰路の途中、近道で公園の中を通るとカツアゲの現場に出くわした。
チラッと見てみると、三人の高校生(俺と同じ制服だ)が気の弱そうな少年を取り囲んでいる。
まぁ、所詮何処にでもある日常的(俺の日常ではないが)な光景だ。街に転がるイベントと然して変わらない。
当然、いつもの俺なら何もせずに素通りしていただろう。
残念ながら赤の他人、それも男のために颯爽と飛び込んでいく希有なボランティア精神など俺には不要だ。
もし被害に遭っているのが女性であったら話は違ってくる(時と場合による)のだが、俺は同性に容赦はなかった。
しかし、今日の俺はいつもの俺とは少し違っていた。
4日間続いたテスト期間が終わった反動でいつもより開放的になっていたんだ。
だからそれを見て『子供だねぇ~』なんて、つい口走ってしまったのがいけなかった。
口は災いの元、とはよく言ったものだな……なんて思いながら目の前の二人を見る。
一人は小柄の、いかにも下っ端ですよと云わんばかりの風貌だ。もう一人はデブ……ただのデブだ。
「なあ、サイフ見せてくんない?」
「は?」
「ケガしたくないだろ?」
ニヤニヤしながら、デブが俺にそう言った。
おいおい、豚が人の言葉を喋るなよ。なんて言うとどんな反応をするだろうか。
それは何とも滑稽なものに違いない、と俺は少し嗜虐心を刺激されて口を開く。
「おい「ちょっと待て!!」」
……誰だ、俺の言葉に被せてきたやつは?
突然降ったその声に、俺は後ろを振り向く。
「おまえら、そこで“何”してるんだ?」
少しドスの利いた声で男(またもや同じ制服だ)が此方を睨んでいた。
――誰だこいつ?
「ま、雅樹!? なんでここにっ!?」
「あっ、ああ!!」
デブと下っ端は驚き慄いていた。男は続けてボスらしい奴に顔を向ける。
「なぁ、何してるんだよ?」
やっぱりボスの顔も引き攣っていた。
というか、もしかして助けに来てくれたのか? いいヤツだな。
「な、なんでもねぇよ! ……おいっ、行くぞ!」
「あ…ああ」
「ちっ」
三人はそう言って去って行く。普通に負け犬の言葉だった。
前にこいつに痛い目に遭わされたんだな、と俺にも分かるくらいの反応だ。
「ふん、…お前ら、大丈夫だったか?」
男は不機嫌そうな顔のまま、俺と少年に声を掛けてくる。
「ん、問題ないよ」
「あ、ありがとうございました! 本当に助かりました!」
そして男と2,3言葉を交わして、少年は帰って行った。
俺はなんだか立ち去りづらく、なんとなく男の制服の校章の色を見る。
青(校章の色で学年分けされてる)……ね、3年生。同級生じゃないか。誰かは知らんが……。
実は俺、高校3年生になるがクラスの半分の顔も覚えていない。
顔と名前を覚えるのは、中学で諦めた。それにクラス替えから一月しか経っていない、もっと時間が必要だ。
「おい皆世、危なかったな」
「え……俺を知ってるのか?」
だから、こういうシュチュエーションも起きてしまう。俺はもう慣れっこだけど。
「……クラスメイトだろ、お前、まだ覚えてないのか!?」
居た堪れない視線を向けられ、俺は苦笑いを返す。マジかよ? みんなは覚えているのか?
「……九条だ。九条雅樹」
「あっ! 九条ね。ごめん、名前は知ってるが顔は知らなかった」
「おまえ……いい度胸してるな」
「いやいや、ごめんって。俺は皆世秋人……って、もう知ってるか」
簡単な自己紹介の後で、俺は九条と先程のやりとりを質問した。
やっぱりあの3人組とは何度か同じように衝突していたらしい。
どうも困っている人を見ると放っておけない性格のようで、さっきも俺が絡まれているのを見て飛び込んできたのだと。
今時珍しい貴重な男だ。顔も美形だしさぞかしモテるだろうと言うと、こいつは笑いながらもそれを否定はしなかった。
……別に羨ましくはない、少し妬ましいだけだ。
「皆世って意外と話しやすいな。初対面でこんなに話せたヤツは初めてだぜ?」
それはない。社交辞令というやつか?
「気持ちの悪いことを言うな。俺はバリバリ人見知りなんだ」
「はははっ、そうは見えないな」
いきなり親しく振る舞う九条に、しかし嫌な気はしなかった。
まぁ悪いヤツではなさそうである。何の気兼ねなく軽口をたたける相手は貴重だ。
九条はクラスメイトから友人にレベルアップした。
「それじゃあ、そろそろ俺は帰るよ。また明日な」
俺がそう言った瞬間、何の前触れもなく二人の間に“穴”が開いた。
「――なっ!?」
「――にっ!?」
二人同時に息を呑む。
「なんだ、これ!?」
「知らん!!」
空間を裂いて現れた真っ黒な黒い穴が、俺達二人を覗き込んでいた。
「やば――っ!?」
本能が危険だ、と告げていた。
俺はその“穴”から逃げようとしたが、それより先に暗闇が膨張する。
「「―――――!!!」」
声は聞こえない。既に周りは闇に閉ざされていた。
そして二人を呑み込んだ“穴”は消滅した。
ちょっと短いんだよなぁ……また更新し直すかも?