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一
昔から、読書が好きで、まさか本当に結婚できるとは思っていなかった二十台。
きっかけは、インターネットでの趣味チャット。
夫の雄一も読書が好きで、意気投合し、知り合って三か月目で、お茶をした。
雄一の最初の印象は、クール、やさしそう、スーパーサラリーマン。
印象通り、雄一は私に軽い一瞥を向けただけで、すぐに店の中へと入って行った。
(思ってた以上に、つめたいような)
チャットでも冷淡な口調だと思ってはいたが、当時の私は、様々な友人を作りたくて躍起になっていた。目の前で、無言でコーヒーを飲む彼が、まさか三年後、自分の夫になるとは、夢にも見ていなかったのだけど。
(沈黙が重い。何か話さなくては……)
そう思い、あれよ、あれよ、と読書の話に花を咲かせて、どうにか息苦しい二時間を終えた。それでも、私は必死であった。
非モテ人生の中で、少しでも男性と知り合いたい、デートしたい。いや、デートのようなものがしたい。そう思っていた。
彼は、十一時を迎えるころ、おそらく高いだろう、ロレックスの時計を見てから、意地悪く笑って、
「これから、どうします?もうこんな時間ですけど」
そう言って、時計を指先で、とん、とん、と叩いた。
私は、びっくりして逃げ出したくなるのを我慢しながら、余裕そうに見せようと、笑みを浮かべたまま、一瞬の間を作った。
「ええ、そうですね。明日も仕事があるので……」
そう言って、カバンを抱えると、彼は眉を少しだけ持ち上げて、「そうですか、では、またお会いしましょう」と淡々とつぶやいて、私を駅まで送ってくれた。
夜の風に吹かれながら、彼の横に並んで歩く。
まさか、こんな関係が三年も続くとは思わずに、ああ、きっと悪い印象を与えてしまったのだろう、と、少しがっかりしていた。
雄一と出会ったころの私は、まだ初心な少女のような心を持っていた。
彼も、今ほど情熱的では無かった。
何をきっかけに、お互いこれほどまで、甘やかしあう関係に発展してしまったのか。
未だに不思議でならない。
「かな?どした?」
雄一が、背後から抱きしめたまま、私の顔を見下ろしていた。
その整った表情が、やわらかく微笑んでいる。
(これが、あの時の冷淡な男の顔かあ……)
そう思い、黙って見つめていると、雄一の温かいくちびるが降って来た。