新たな出発
邸を出て街へと向かい、隣国へと行く馬車を探す事にした。
「とりあえず、邸から持ってきた物をお金にかえないと……」
学園に行く為のお金を出してもらうのは嫌だったのに、矛盾してるのは分かってる。
でもお金がなかったら、この国から出る事が出来ないんだから仕方ないよね。
そうそう、これは慰謝料よ! 慰謝料を貰うべきはエルザだけど、今は私がエルザなんだからいいよね。
宝石店を見つけて、持ってきた宝石を売ったのはいいけど、この世界はコインが主流みたいで重い……少しずつお金にかえればよかった……
宝石店で国境に向かう馬車が出てる場所を聞いたし、食料を買ってからその場所に向かう事にした。
「パンとお水は買ったし、少し果物でも買おうかな」
屋台で果物を見ていると、
「そんなに買い込んで、どこに行くんだ?」
そう話しかけられ、振り返るとカイン様がいた。
「この国を離れます」
もうお別れだし、正直に話した。
「今日の君はいつもと違っていたから、何かあるんじゃないかと思っていた。……それなら、俺も一緒に行く」
この人、何言ってるの!?
あれだけ騒がれてたんだから、普通の貴族じゃない事くらい、この世界の人間じゃなかった私にだって分かる。
「私達は結ばれない運命なんです。だから、私の事は忘れてください」
私は平民なんだから、カインは相応しい相手と結婚するべきだと思う。
「俺の事を勝手に決めるな。俺の事は俺が決める。だから、君と一緒に行くと決めた」
「私と行くということは、全てを捨てる事になるんですよ!? どうしてあなたがそこまでするのですか!?」
「好きだから」
好きって……私を?
カインはエルザと関わった事がないから、カイン様が知ってるのは私だけ……
私みたいなのが珍しくて面白がってるだけだと思ってた。
「それなら、好きにしてください。私は責任持ちませんよ」
我ながら素直じゃないな。
だけどカイン様を好きなのかどうかも分からないのに、責任なんて持てない。
ただ、この世界に来て初めて私を見てくれた人だし、嬉しくないわけじゃない。
「そういう所も好きだよ」
そんな恥ずかしいセリフ、簡単に言わないでよ!
「果物、何にする? 俺はリンゴかな」
「……私はオレンジ」
カインはリンゴとオレンジを買い、さりげなく私の荷物を持ってくれた後、馬車を探し始めた。
「あれだ! もう出発しそうだ! 急ごう!」
カイン様に手を引かれ、馬車へと走る。
何とか出発前に馬車に乗る事が出来て、隣国へと走り出した。
馬車には私達の他に、5人乗っていた。
5人共、家族みたい。両親と3人の子供達。仲が良さそうな家族を見ると、お母さんを思い出しちゃうな。
「幸せそうだ」
ふとカイン様が呟いた。
「本当ですね。そういえば、ご両親に黙って出て来てしまって大丈夫なのですか?」
私を見つけてすぐに馬車に乗ったんだから、両親にお別れさえしていないはず。なんだか、申し訳なくなって来た。
「あははっ!!」
え? 何??
「どうして笑うのですか??」
「俺に全く興味がないんだなって思って。
両親はこの国にはいない。俺はドリルガルドの人間だ」
ドリルガルドって……
この世界の事を学んだ時、ドリルガルドという国についても知った。この世界でもっとも大きな国。
「ドリルガルドの貴族が、どうしてこの国の学園に通っていたのですか?」
ドリルガルドには、この国よりも大きな学園があるはず。わざわざ、大陸の外れにあるこの国の学園に通う意味が分からない。
「ドリルガルドの王位継承権は、第一王子と決まってるわけじゃない。王子3人で、王位継承権を争わなければならない。父上も臣下も、第三王子の俺を王位につかせようとしたけど、俺は兄が国王に相応しいと思ってる。だから、逃げ出したんだ」
お、王子!?
ただ者じゃないとは思ってたけど、そんな大国の王子様だったなんて……
「王子様が、私と一緒に行ってもいいのですか?」
国王にならないと決めていたとしても、王族が一般人になってもいいのかな?
「さっきも言ったけど、俺は逃げ出したんだ。そんな時、君に出会った。君がいてくれたら、国に帰るのも悪くないかと思って、婚約者になって欲しいと言ったんだ。
君が何もかも捨てて国を出るとは思わなかったが、君さえいてくれたらそれはそれで幸せだ」
そんなふうに思ってくれてたんだ……
いい加減な人だと思っててごめんなさい。
「これからどうする? 旅をするのか、どこかで仕事を見つけて暮らすのか」
「私、幼い時からお花屋さんになるのが夢だったんです」
「じゃあ、2人で花屋をやろう!」
私達はこれからの事を話しながら、お互いを知って行った。知れば知るほど、カイン様はとても真面目で思いやりがあって誠実な人だった。
「もうすぐこの国から出ますね」
馬車に揺られて1ヶ月。ようやく国境が見えて来た。バスみたいなものかと思ってたけど、荷台で寝るのはきつい。私がきついんだから、王子様のカイン様はもっときついはずなのに、泣き言ひとつ言わずに、私を気づかってくれる。
「もう少し寝た方がいい。ほら……」
ポンポンと自分の膝を叩く。
どうやら膝枕で寝ろと言ってるみたい。
私は素直に、カイン様の膝の上に頭を乗せて目を閉じる。彼に触れてると、なんだか落ち着く。
「カイン様に聞いて欲しいことがあります」
目を閉じながら、私の事を話す事にした。
「私はエルザではありません」
その頃、エルザと縁談したいという貴族達がロバートソン伯爵邸に次々と訪れていた。
「是非、エルザ嬢を息子と結婚させて欲しい!」
「何をおっしゃっているのですか!? エルザ嬢に相応しいのはうちの息子です!」
侯爵家や公爵家からの縁談。
エルザが出て行った事を、ロバートソン伯爵は言えずにいた。
そして国王直々に、エルザを第一王子エバンの婚約者にしたいと言ってきた。
「娘は今、体調を崩しています。体調が戻りましたら、是非お願い致します」
自分の娘がいずれ王妃になるのかと思うと、本当の事を言うことが出来なかった。
エルザを探し出せばいいと思ったのだ。だが、エルザを見つけることが出来ないまま時が過ぎ……
「エルザはどこだ!?」
痺れを切らしたエバン王子は、ロバートソン伯爵邸に乗り込んで来た。当然、邸にエルザはいない。
病だと偽った事を知った国王は激怒し、ロバートソン伯爵から爵位を剥奪した。
*****
「? それはどういう意味?」
「私の名前は、三倉令衣。17歳まで、この世界の人間ではありませんでした」
「…………」
黙って聞いてくれてるけど、目を閉じてるからどんな顔をしてるか分からない。こんな事を話して、頭がおかしいと思われそうで怖い。
でもカイン様なら、信じてくれると思ったから、全てを話す事にした。
「私が育ったのは日本という小さな島国で、この世界とは全く違う世界でした。貴族制度は遠い昔の話で、皆が平等な世界でした。ある日、私は事故で死んだ。その時、頭の中で『まだ生きたいですか?』っていう声が聞こえて、私は生きたいと望んだ。気づいたら、私はエルザになっていたんです。本当のエルザは、大好きな婚約者に捨てられて絶望し、自害して私と入れかわりました」
「冗談……ではなさそうだね。
学園で会った時は、すでに君だった?」
「はい。学園には、エルザを家族とも思っていなかった両親と妹、そしてエルザを捨てたトロイ様を後悔させるために入学しました。
その時、カイン様に出会ったのです」
「それなら、俺が好きになったのは君だから、なんの問題もないよ」
横になっているわたしの頭を優しく撫でてくれる。
心地いい……私、いつの間にかカイン様に惹かれてる。この世界で、唯一信じられる人。
「カイン様……好きです」
思わず言ってしまった。
「え……!? ええ!? ほ、ほ、本当に!?」
惚れさせるって言ってたのに、その反応はズルい。……可愛いじゃないか。
私は起き上がって、
「私のそばにずっといてください」
そう言って、頬っぺにキスをした。
一瞬で顔を真っ赤にしたカイン様。
「お熱いですね」
しまった……他にも乗ってる人いたんだっけ!
私の顔も真っ赤になる。
「すみません、新婚なんです」
そう言って、カイン様が私の肩を抱き寄せる。
ますます顔が赤くなり、それと同時に幸せを感じた。
いつの間にこんなに好きになってたんだろう……
3ヶ月後
私達は隣国トリアンナ王国で家を借り、小さな花屋の屋台を出した。 お金はなくても、毎日愛する人といられることがすごく幸せ!
結婚式をあげるお金はないし、呼ぶ人もいないから、2人で教会に行き愛を誓いあった。
「君に出会えて、君を好きになって、君に愛されて、これ以上幸せな事はない」
「もう満足なんですか? 私はまだ足りません」
「そういう所も、大好きだ。で? 何が足りない?」
「私達の子供が欲しいです!」
欲を言えば、カイン様に似た子が欲しい。
小さなカイン様……絶対可愛い!!
私達の新しい生活はまだ始まったばかりだけど、カイン様とならどんな困難も乗り越えていける。
出会ってくれてありがとう。
そして、愛してくれてありがとう。
END
おまけ 番外編 三倉令依(中身エルザ)
私は自分の命を絶ちました。
愛する人に裏切られていることを知っても、離れたくなかったのに……
彼は私を捨てる事を選んだのです。私の居場所なんてどこにもないことを知った私は、生きている事が辛かった。
そして、何故か違う世界の自分に生まれ変わりました。入れかわったの方が正しいでしょうか? だけど、お互い命を一度失っているから、やっぱり生まれ変わったの方が正しいのかもしれません。
私の名は、エルザ・ロバートソン。今は、三倉令衣です。令衣はエルザとして生きているのだから、私も令衣として生きようと思います。
「令衣、朝ごはんよ。早く起きなさい」
一度死を選んだ私が、生きようと思った理由は、令衣のお母さんです。令衣が死んだら、悲しむ……
こんなに優しくて、愛してくれている母を悲しませたくない。……愛されているのは私じゃないことは分かっています。でも、愛される幸せを知ってしまった。
学校に行ったら、トロイ様にそっくりな先輩がいた事にはびっくりしたけど、好きになることはありませんでした。
「美味しい! お母さん、今日も美味しいご飯ありがとう!」
「令衣……何かあったの? 最近のあなた、なんだか別人みたい」
「こんな私は、嫌い?」
やっぱり、お母さんには本当の令衣じゃないって分かるんだ……
「何を言ってるの? あなたが私の愛する娘な事に変わりはないわ。早く食べないと、遅刻するわよ」
なにか変だとは気づいてるみたい。でも、変わりなく私を愛してくれる。令衣に申し訳ないな。
私の……エルザの家族は、最低な人達だから、令衣が辛い思いをしてなければいいけど。
私のかわりに、あの世界で生きなければならなくなるなんて……
それでも私には何も出来ないから、せめて親孝行をしようと思う。令衣はお母さんに苦労させたくないと思っていた。一生懸命勉強していたのも、奨学金を貰うため。
「令衣は偉いよね。お母さんの為に、奨学金を貰って良い大学に行きたいなんて。私には無理だよ」
そう、令衣の友達が言っていた。
だから私が、奨学金を貰って良い大学に行きます。
令衣には感謝してます。友達も沢山いて、お母さんにも愛されて、私はすごく幸せです。
「行ってきます」
今日は転校生が来るみたい。仲良くなれるといいな。
その転校生に恋をすることになることを、令衣はまだ知らない。そして、その転校生がこの世界のもう1人のカインだということも……
END