カインは何者?
好きにはならないだろうけど、これなら断っても違和感ないよね。だいたい、知りたくなったって……私を好きになったからって理由じゃないのがもう点数下げてるし。
「分かった。君が俺を好きになるように頑張るよ」
頑張るなんて、ちょっと意外。傲慢ではないのかな? そんなんどうでもいいか。試験は明日なんだから、この人に構ってる暇はない。
たとえ簡単な試験でも、全力で挑まなくちゃ!
「明日、試験なので帰ります。失礼します」
邪魔しないで欲しい。
「そうか。頑張れよ」
そう言って、頭をぽんぽんされた。
やっぱり意外。引き止めると思ったけど、案外あっさり帰してくれた。
そういえば頭をぽんぽんされたの、初めてかも……
邸に戻ると、玄関でシンディが待っていた。
「いつの間にお姉様がカイン様と仲良くなったの!? まさか、カイン様がいたから、トロイ様を私に押し付けたの!?」
何言ってんの? トロイをエルザから奪っておいて、押し付けた!? ばっかじゃないの!?
「カイン様とは今日初めて話したし、私はカイン様に興味なんてないわ。シンディには愛するトロイ様がいるのに、なぜカイン様を気にするの?」
エルザのものが欲しいだけの子供ね。
「お姉様が私よりも幸せになるなんて許せないからよ!」
姉に執着する人生なんて、ある意味不幸かもしれない。
「私が幸せ? カイン様と婚約したら、私はあなたよりも幸せなの? それなら、カイン様と婚約しようかな」
それにしても、カイン様って一体何者?
興味なかったから、何も聞かなかったし。
「そんな事、出来るはずないわ! カイン様がお姉様と婚約なんて、ありえないもの!!」
何この絵に描いたようなバカな女は……
清々しいくらいバカね。エルザが不幸なら、自分が幸せだと思ってるのかな。
「ありえなくないわ。今日、カイン様に婚約者になって欲しいと言われたもの。
私が望めば、カイン様は私の婚約者よ」
今度はカイン様を奪おうとするかな? せいぜい頑張って。
相手にするのは疲れるし、お腹も減ってるからさっさと部屋に戻ろう。
そう思って部屋に向かって歩き出すと、
「カイン様とは、私が婚約するわ!」
と、シンディが言ってきた。
わかりやすっ。
返事をしたらしつこいから、そのまま振り返らずに部屋に戻った。
……シンディはトロイをどうする気なのかな?
あのままカイン様を狙ったら、面白いことになりそう! 自滅してくれるなら、それはそれでいいかもしれない。
カイン様のことは、エルザの日記にも書かれてなかったから、結局何も分からないままでした。
試験の日がやって来ましたー!
いつものように部屋で1人で朝食を食べてから、馬車に乗り込んで学園へと出発。
あんな調子で、シンディは勉強出来たのかな? 確か、シンディって成績優秀なんだよね……そうは見えないけど。
いやいや、バカにしか見えない。両親も、なんであんなのを可愛がるのかな……。
日記を読んで分かった。エルザの方が素直で優しくて頭だってめちゃくちゃ良いのに、それが分からないなんて両親もバカなのね。
そんな事を考えていたら、あっという間に学園に到着した。
なんだろう……人集りができてる。
「エルザ! おはよう!」
人集りの中から、カイン様が顔を出した。
人集りの原因はカイン様? そんなに人気な人なの!?
「おはようございます。どうしてこんな所にいるのですか?」
こんな所に人集り作られたら邪魔です。
「君を待っていたに決まってるだろ。朝から顔が見られて幸せだ」
そういうの困る。でも、私が好きにさせてなんて言ったからこうなったんだよね。
「カイン様あ! お姉様の顔なんて見ても、辛気臭いだけですよ! 一緒に中に入りましょうよお」
人集りの中からシンディが出て来て、甘ったるい声でカイン様にまとわりついてる。
「辛気臭い? どこがだ? 俺には天使に見えるが?」
何その恥ずかしいセリフ!
「お姉様は婚約者に捨てられたんですよ!? 未練たらしく、トロイ様に付きまとっています!」
この子は人を貶めることしか言えないのかな……
「それはない。君こそ、トロイがいるのになぜ俺に付きまとうんだ?」
カイン様ってまともな事も言うのね。
「それはカイン様が好きだからに決まってるじゃないですか!」
「それはどういう事だ!?」
トロイ様に見つかっちゃった。
同じ学園に通ってるんだから、見つかるって分かんなかったのかな?
「どういう事だって……トロイ様とは、まだ婚約していないじゃないですか。とやかく言われる筋合いはありません」
シンディはトロイを捨てるみたい。
元々、好きだったわけじゃないからそうなるか。エルザが死ぬほど苦しんだのに……
どうなるか最後まで見たいけど、遅刻しちゃうから教室行こ。私は私のやるべき事をやらないとね。
エルザが教室に行った後も、シンディとトロイは言い合いを続けた。
「君が俺を愛してると言ったから、俺はエルザを裏切ったんだぞ!? それを今更、何を言っているんだ!?」
「お姉様とやり直したら? 私はカイン様と婚約するわ!」
カインは、なんだコイツらという目で2人を見ていた。
「悪いが、シンディ嬢に興味はない。俺はエルザと婚約したいと思っている。邪魔しないでくれ」
そう言って、カインも教室に行った。
「カイン様ー! 一緒に行きましょう!」
断られたにも関わらず、何事もなかったようにシンディはカインを追いかけて行った。
そんなシンディを、見えなくなるまでトロイは睨み付けていた。
試験が始まった……と思ったら、簡単過ぎてもう全部解いてしまった。
エルザはこんなにも頭がよかったのに、どうしてトロイなんか好きになったのかな。私と入れかわったエルザが、あの先輩に恋してなきゃいいけど。違う世界で同じ顔で生まれても、育った環境でこうも性格が変わる。
もし私が、最初からエルザとして生まれていたら、同じ性格になっていたのかな?
なんて、考えてもムダだね。私は三倉令衣として生まれ、17歳でエルザになった。それが変わることはないし、私は私なんだから、私の思うように生きるだけ!
試験の時間が終わって帰る準備をしていると、カイン様が教室のドアから顔を出した。
「エルザ、試験お疲れ様」
「え、カイン様!?」
「きゃー!カイン様がいらしたわ!!」
「どうしてエルザ様に!?」
この人本当に何者なの?
「教室に来るの、やめていただけます?」
毎回こんなに騒がれたら迷惑。それに……
「そうよカイン様。お姉様なんて放っておいて、私を送って下さらない?」
やっぱり来た。ここまで来ると、少しだけシンディを尊敬する。どういう神経してるのかな?
「しつこい女性は嫌いだ。俺に付きまとうな」
「カイン様……私は、カイン様が好きなんです」
「俺は嫌いだと言ったはずだが?」
このやり取り、いつまでやるつもり?
「カイン様は、お姉様に騙されているだけです!」
「いい加減にしろ、騙してるのはお前だろ!?」
そこにまた、トロイが現れた。
「トロイ様!? 私がいつ騙したと言うのですか!? 私が好きだからって、付きまとわないで!」
今は時間があるし、少し見ていこう。
「付きまとったのはお前だろ!? エルザとの婚約が決まってから、毎日毎日俺に色仕掛けしたじゃないか!!」
トロイのその言葉で、周りにいた令嬢や令息達はシンディを白い目で見始めた。
色仕掛けしたということは……
「お前が俺に抱いて欲しいと言ったから、俺は抱いたんだ! そうじゃなかったら、俺はエルザを選んでいた!」
やっぱり……
さすがに貴族令嬢が、結婚前にしちゃダメでしょ。トロイを捨てた今、もう誰にも相手にされないだろうな。
「なんでそんな事……何なのよ! 何でそんな目で見るの!? 」
その問いに答える人はいない。
みんなが遠巻きに見てる。シンディ……もうあんたは終わりよ。
「体を使って姉の婚約者を奪うなんて最低……」
「エルザ様が可哀想……」
「エルザ様の婚約者を寝とるなんて、まるで娼婦ね」
本当にエルザが可哀想。
こんなヤツらのせいで、エルザは自殺した。
体につられて抱いたのはトロイじゃない!あんたも同罪よ!