入れかわり
「エルザ・ロバートソン、お前との婚約は破棄する!」
たった今、誰だか分からない人に婚約を破棄されたエルザとは私のこと。私は今朝、エルザ・ロバートソンになったばかりです。
私は都内の高校に通っていた。登校する途中で事故にあって死んだ……と思ったら、頭の中に声が聞こえて来て、『まだ生きたいですか?』って聞かれたから、もちろん『はい』と答えたら、なんとエルザになっていたのです。
顔も声も、私のまま。ただ、私がいた世界とは別世界。私の本当の名前は、三倉令衣。エルザは三倉令衣として新しい人生を生きているらしい。
エルザは17歳で自分の命を絶った。その理由は私には分からないけど、私とエルザが死んだ事で、私達が入れかわったみたい。
結局2人とも生きてるなら、入れかわらなくても良くない? とは思ったけど、エルザが自殺した事で、そのままだとまた死を選ぶ可能性があるから入れかわったのかな。
この世界はまるで私がいた世界の小説みたい。私は伯爵令嬢らしい。こんな世界が本当にあったこともびっくりだけど、そもそも死んだ私が生き返って別の世界の自分になってるんだから、なんでもありよね。
それにしても、こいつ何? イキナリ婚約破棄って、何様!? 名前知らないけど、容姿が大っ嫌いな先輩にそっくり!
「聞いているのか!?」
それに偉そう!
「聞いてますよ。婚約破棄ですね。分かりましたー」
婚約を破棄してくれてありがとうございます!
こんな奴と結婚なんて、絶対嫌! せっかく生まれ変わったのに。あれ? 中途半端だけど、これって転生なのかな?
まあいっか。新しい人生、楽しまなきゃ!
笑顔で去っていくエルザを、呆然と見つめる元婚約者。大人しくて気弱なエルザの反応だとは、到底思えなかった。
「本当にあれはエルザなのか……? 」
これからどうしようかな。あの声の主は、神様だったのかは分かんないけど、私とエルザが入れかわった事と、エルザが自殺した事しか言わなかったから、何が何だかわかんないのよね。
メイドに言われるまま、さっきの場所に行ったら、突然知らない人に婚約を破棄されたし。
だいたい、婚約してた事も知らなかった。
そういえば、どうしてエルザは自殺なんかしたのかな? さっきの婚約者が原因? 破棄されるなんて、何があったんだろう?
ちょっと! 誰か教えてよ!!
神様? おーい! 返事しなさいよ!!
……入れかえたら放置って、いい加減過ぎるでしょ!
別にいいもんねー!
自分で何とかするし! 使えない神になんて、頼らない!
邸に戻り、エルザの部屋の中を見て回る。
机の引き出しを開けると、中に1冊の分厚い手帳のようなものが入っていた。
「手帳? ……じゃない、これは日記だ!」
やった! これでエルザのことが分かる!
5年前からつけてる日記を見て、エルザの人生が悲惨なものだと知った。
日記を書き始めた最初の日。
エルザはトロイ・ワイアットと婚約をした。トロイはワイアット侯爵の嫡男で、エルザより一つ年上。
12歳で婚約かあ……この世界では普通の事なのかな?
「お姉様、帰っているの?」
ノックもなしに、いきなりドアを開けて部屋へ入って来た女の子は、まるで自分の部屋かのようにソファーに座った。
「トロイ様とお会いして来たんでしょ? どうだった?」
………………誰!?
お姉様って、私の事かな?
それなら、この子は私の妹って事かな?
トロイ様ってあの婚約者の事よね。とりあえず、話を合わせておこう。
「あー。なんか、婚約破棄するって言ってた」
婚約を破棄された事を話すと、女の子は嬉しそうな顔をした。
「そう、よかった。これで、トロイ様と堂々とお会い出来るわ」
ん? なんであんたが、トロイと会うの?
「お姉様とトロイ様じゃ、不釣り合いだったもの。仕方ないわよね。
別に、私から誘った訳じゃないのよ? トロイ様がどうしても私がいいって仰るから」
そういう事ね。
妹はエルザの婚約者を奪った。
自殺の原因は、これかな?
「そうね。あの気色悪い男には、あなたがお似合いね」
「なんですって!?」
女の子は顔を真っ赤にして怒っている。まさか、気弱で大人しいエルザがそんな事を言うとは思ってもみなかったようだ。
「いつまでここにいるつもり? ここは私の部屋よ。出て行ってくれない?」
「痛っ!!」
女の子の腕を掴み、無理やり部屋から追い出す。
「二度と勝手に入らないでね。気色悪い男とお幸せに」
ドンッと、わざと大きな音を立ててドアを閉めた。
「なんなのよーっ!!」
ドアの外で女の子は怒ってたけど、私には関係ない。あれが妹だなんて、エルザは災難ね。
さて、日記の続きを読みましょうか。
あの女の子の名前は、シンディ。一つ下の妹。
『シンディはいつも私のものを奪っていく』って書いてある。それは読まなくても、さっき少し話しただけで分かったけど。
両親はエルザを愛していなかったみたい。明るくて、何でもそつなくこなす妹か。成績も優秀みたい。
気弱で大人しくて控えめなエルザは、妹と比べられる事に苦しんでいた。
シンディとトロイは、エルザが婚約してすぐに付き合いだした。その事に気付いていたのに、エルザは何も出来なかった。付き合っていた事を知りつつ、婚約し続けていたのは、エルザがトロイに恋をしていたから。いつかは自分を見てくれるかもしれないと、信じていた。
だけど、エルザはトロイが婚約を破棄する事を知ってしまった。それが、自殺の理由……
エルザ、そんなんじゃダメよ。日記に辛いことを書いたって、何も解決なんかしない。
死んだって、あいつらは反省もしないんだから!
エルザ・ロバートソンの人生は、今は私のもの……両親にも妹にも、そしてあの気色悪いトロイにも思い知らせてやるわ!
私はエルザとして生きるために、勉強を始めた。この世界の事や、貴族のこと。マナーなどの知識も身に付けなくちゃ。
これでも私、学年一の秀才だった。
別に勉強が好きなわけじゃなかったけど、私(三倉令衣)にも色々あった。
私が5歳の時にお母さんとお父さんが離婚して、私はお母さんに引き取られた。お母さんは私を育てる為に昼も夜も働いてた。そんなお母さんに楽をさせてあげたくて、手のかからない子になろうと決めた。勉強をしたのだって、奨学金で良い大学に行って良い会社に入って、親孝行したかったからだったのに、もうお母さんに会うことは二度とない。私の代わりに、エルザが親孝行してくれるかな? 私はエルザの両親に親孝行するつもりはサラサラないけどね。
自分の娘を苦しめる親なんて、親じゃない。エルザはずっとひとりぼっちだった。両親も妹もいるのに、その家族にずっと苦しめられてきたなんて可哀想。私はお母さんに沢山愛情をもらったから、今度はエルザが私の代わりに愛されて欲しい。
この世界の事は少しだけど理解出来た。貴族の事も分かってきた。
私がずっと部屋に閉じこもってる間、両親も妹も私の事を気にかける事はなかった。
まあ、シンディを追い出したのは私だから、シンディが来ることはないか。
メイドが頼んでもないのに、部屋に食事を運んでくる。エルザは毎日1人で、部屋でご飯を食べていたということみたい。
コンコンと、ノックの音がした。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
いつものように、メイドが食事を運んで来た。
「ありがとう。ちょっと聞いてもいい?」
「はい」
メイドが料理をテーブルに並べながら、返事をする。
「お母様とお父様は、邸に居るの?」
まだ会ったことのない両親。エルザになってから1週間、私はずっと部屋にこもっていた。
その間、1日目にシンディが来て以来、この邸で会ったのはメイドのシュラだけ。
「旦那様と奥様は、シンディ様と食堂でお食事をなさっています」
やっぱり、私だけのけ者なのね。
じゃあ、挨拶しに行かなきゃ。
「悪いけど、食堂に案内してくれる?」
私はこの部屋でエルザになったから、邸の中は自分の部屋しか分からない。
「案内……ですか?」
シュラは不思議そうに私を見ている。
ここは押し切らないと!
「ほら、ずっと食堂に行ってないから、どこか忘れちゃった! あははっ」
我ながら、苦しいいいわけね。
「そうですか、わかりました。ご案内いたします」
何とか誤魔化せた?
シュラに案内してもらって、食堂へと向かった。