残響
「もうこんな時間か」
無人駅、野ざらしのベンチに座りながら電車を待つ。都会では5分に1本は電車が来るらしいが、こんな田舎では30分に1本が関の山だ。私にとっては日常だったが、彼女には違うらしく、いつも文句を言っていた。今では、私まで苛立ちを覚えるようになるほどだ。
「あっついなぁ」
近くの山で鳴くアブラゼミの声がやかましい。夏の強い日差しからか、電車が来ないことへの苛立ちからか、やけに火照る体を冷ますためにシャツをばたつかせる。そんなに激しくやったら胸見えちゃうよ、とうるさく注意する声すら遠い日々に感じた。
聞こえなくなってまだ半年だというのに、センチメンタルが過ぎる。彼女のやかましさは好きではなかったのに、ひどく寂しい。夏のたびに思い出しては感傷に浸るのだろう、そう未来に思いをはせながら彼女の影を空に描きだす。
私は無口で無愛想で、彼女は明るく饒舌。今考えても気が合うとは思えないのに、不思議とウマが合った。黙っていても罪悪感を感じない相手、そんな人は初めてだった。何とはなしに、ずっと一緒にいるのだろう、そう思っていたのにこんなに別れが早いだなんて。
「もっと話しておくべきだったのかな、私も」
後悔先に立たず、とは言うが、今ほど思い知っている時もないだろう。失ってから大切なものに気づくだなんて、王道過ぎる展開で思わず笑ってしまう。何も面白くないのに。
遠くから電車の音が聞こえる。少し考え込んでしまっていたのか、ずいぶん早く感じる。それとも、時間感覚が違っているのだろうか。減速し始めた電車を横目に、とりとめのないことを考えている。もう、慣れっこだ。
電車のドアが開けば、マフラーをした彼女がうつむいたまま出てきた。今日も一人でいるらしく、声を聴くことはできない。しゃべったからと言ってこちらに聴こえるのかは分からないが。少なくとも、私の声やセミの声は届いていないらしい。いつも通りだが、これ以外にすることもないのだから仕方がない。
ベンチから立ち上がり、改札へと向かう彼女の背についていく。ひどく猫背で、まるで私みたいだ。もし私の真似をすることで忘れないようにしてくれてるのだとしたら、嬉しい。でも、それ以上に複雑に感じてしまう。
「今日も頑張ってね、できれば私を忘れてね」
改札を抜けて学校へ向かう彼女に、そう声をかける。ここから先にはついていけない。もどかしいけど、今ここにいるだけでも奇跡なのだから文句は言えない。いつの日か声が届くことを信じて、今日も私は彼女を見送る。
こうして私の一日は終わる。気づけば、またセミが鳴くベンチに腰かけているのだろう。いつまでこんな日々が続くのかは分からない。彼女が卒業するまでか、それよりも早く私がいなくなるのか。それでも、彼女と再び話せるその日まで、電車を待ち続けようと思う。
これは私の話。夏にとらわれた、地縛霊の話。