真8話 ゼノの記憶
ゼノは必死に抵抗していた、リリーもナーファも気を失っている様だ。
自分と同じくアンドロイドに捕えられたナーファとリリーを助けようと足掻くが、大人でも対抗できないものに、子供であるゼノが対抗できる訳が無く、体力を消耗するだけの結果になる。
しかし、ゼノは諦めなかった。
無駄だとわかっていても抵抗し続けた、そうしているうちにうっとおしく思ったのかアンドロイドがゼノを始末しようとした時、突如大きな爆発が起こる。
爆発の衝撃は凄まじく、ゼノはアンドロイドもろとも吹き飛ばされる。
運よく軽い打ち身だけですんだゼノは、×爆破で近くに飛んでいたナーファに駆け寄る。
「ナーファ! だいじょう――」
『大丈夫か』と言おうとしてナーファを見たゼノは絶句する。
爆発の衝撃だろうか、様々なものが辺り一面に転がっている、中には鉄骨などの大きな物もある、その中の一つがナーファの胸を貫いていたのだ。
ゼノは現実を受け入れられないのか、しきりにナーファという名前を連呼しながら体をゆすり続けている。
無理もないだろう。
8歳の少年が戦争で両親を亡くした数か月後に、今度は自分と近い年の子の死を目の前に突き付けられたのだ。
ゼノの精神はすでに壊れていた。壊れていたが、最後の希望とばかりにリリーの方にも駆け寄る。
直後にその行為をゼノは激しく後悔する。
リリーの右腕は爆発の衝撃で無くなっていた。
(そんな、リリーまで……)
ゼノは再び絶望のどん底に突き落とされた感覚に落ちるが、リリーの息がまだある事に気づく。
(まだ生きてる!)
よく見ると右腕以外には目立った外傷は無い様だ、出血さえなんとかすれば助かるかもしれないが、ゼノにはその手段が無い。
(どうすればいい、どうすれば助けられる……)
考えても答えは出ない。
そんなゼノに、ふらっと立ち寄ったかのように突然男が話しかけてくる。
「やあ少年そんなところでどうしたんだい? おやおや? もしかしてそれ全部君一人でやったのかい? すごいねえ!」
ゼノは突如あらわれた男にいきなり話しかけられあっけにとられている。
男はそんな様子には気にも留めず、整った顔立ちとは裏腹に気持ち悪い笑みを浮かべている。
じっと目の前の惨事を観察する男は、「ああー」や、「これは駄目だねえ」などとブツブツ呟いている。
当然ゼノが気づいたように、その男もまだリリーの息がある事に気づく。
「おや? この子はまだ生きている様だね?」
はっとして頷く。
この男が何者かは知らないが、他に助けを求める相手はいない。
人を選んでいる場合では無かった。
「そうなんだ! この人を助けて下さい! 今ならまだ間に合うんだ!」
男の問いにすがる様に助けを求める。
男は気持ち悪い笑顔のまま答える。
「君は悪魔と契約するつもりはあるかい?」
ゼノはその意味も分からないまま二つ返事で「はい」と答える。
とにかくゼノはリリーを助けてほしかったのだ、後先考えずに『悪魔と契約する』という事がどういう事なのかも知らずに答えてしまった。
「まあ正確には僕は悪魔じゃないんだけどねえ」
あははと笑う男の目は全く笑っておらず、ただ冷静にゼノとリリーを交互に見比べるように眺めていた。
「よし、いこうか」とゼノに声をかけた男はリリーを背負いながら歩き始める。
放置されるナーファも連れて行こうと腕を引っ張っても、鉄骨が突き刺さっているので動かす事が出来ない。
男はゼノの肩を叩くと、
「残念だけどその子はもう……」
男の言葉に改めて死というものを実感する。
生きていた頃とは違い、冷たく、固くなっているその手をそっと地面に置く。
男も見開いていたナーファの目を閉じさせる。
そのままリリーを背負いながら、二人はその場を後にする。
無言で歩き始める男に、ゼノは何処へ向かうかも分からず、ただ男についていくしかなかった。
「ねえ何処に行くの?」
「北さ!」
ゼノとは裏腹に陽気なテンションで答える男は、鼻歌を歌いながら歩みを進める。
この場にそぐわぬテンションにこの人もまたこの事故で親しい人を無くしたのだと思い黙り込む。
明るい顔をしながら鼻歌を歌う男と、暗い顔をした少年という真逆の二人は男の言う通り北へと向かっていく。
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何時間か歩いただろうか、もうゼノの体力は底を突き、リリーの容態も限界に近かった。
(このままでは出血多量で死んでしまう)
焦り始めるゼノに、男は相変わらず陽気なテンションで「着いたよ」とだけ言って立ち止まる。
たどり着いた場所は寂れた塔の様な建物だけだった。
男は躊躇なく塔へと入っていく。
立ちすくむゼノに気づくと、手招きをしてゼノを呼ぶ、それによりゼノもゆっくり塔へと向かう。
塔の中はかなり埃っぽく何年も前から人が居ない様だった。
「ここは?」
ゼノが問いかける。
「エデン管理局本部だよ」
さらっととんでもない事を言う男に元々持っていた不信感が更に強くなる。
エデン管理局は先程まで自分達がいた場所じゃないか、いくら此方が子供だからといって馬鹿にしすぎではないだろうかと感じたゼノはそれを隠す事なく睨みつける。
ゼノの視線を感じたのか男は慌てて訂正する。
「違うよ!? さっきまで居たのは第二支部! こっちは本部!」
(本当か?)
「まあこっちの本部はもう何年も使われていないんだけどね」
ゼノはやはり信じきれない、しかし他に頼れる者もいない。
もう男の事などどうでも良くなったゼノは早くリリーを治療してくれと急かす。
「大丈夫だよ、運ぶ時に応急処置はしたからね、そんなに直ぐに死ぬ訳じゃないさ。でも急がないといけないのは事実だね、少し早歩きで行こう」
そう言って少し歩くペースを上げた男と共に、ゼノは建物の地下へと向かう。
地下には広い通路が真ん中に一つ、両脇にはそれぞれ幾らかの扉が並んでいた。
細かい部分は違えど、自分達がブリッツに案内されたエデンの第二支部と同じ構造だと気付く。
男が言う通り、この場所が本部なのかはわからないが、少なくとも関係性はある様だ。
「おーい、こっちだよ!」
立ち止まっていたゼノを男が呼ぶ。
「君も手伝ってくれ」
地下通路から一つの個室に入っていた男はリリーを縦長の椅子の様な物に乗せようとしていた。
「ここは?」
「緊急手術室だよ、今この子を乗せたのは手術台。人間を治すための場所って言えばわかるかい?」
「リリーを治せるの!?」
全く信用していなかった男からの予想外の言葉に思わず声が大きくなる。
「言ったじゃないか、助けるって。いや、言ってなかったか? 済まない、正直僕も焦っていてね、ちゃんと言ってなかったと思う。でも今はそんな事よりこの子の事が先だ、申し訳ないけど右腕は無いものと考えておくれよ」
男は言うだけ言って治療に専念し始める。
『自分に出来る事は無い』と感じたゼノはそのまま部屋を後にする。
「大丈夫だ、電気が通っていなくとも僕には知識がある。ちゃんとした医療機器が無くとも、メスの代用できるものさえあれば止血手術ぐらいなんとかなるさ……」
男の独り言の内容はよくわからなかったが、きっとリリーを治す事に関係しているのだろう。
ゼノには今はこの男を信じるしかなかった。




