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03


「リリアーヌ嬢、久しぶりだね。こんなところで会えるとは思っていなかったよ」

 気晴らしに出かけた王城の図書館で出会ったのは乙女ゲームの攻略対象である第一王子のオスカーだった。

 珍しく彼の周りにはいつものように人がいない。護衛などは少し離れたところにいる。

「殿下。ご機嫌麗しゅう。一ヶ月ぶりですね」

 攻略対象の一人なだけあってオスカーはとても整った顔立ちをしている。

 漆黒の髪に蒼い瞳。ドSという設定でもあったが、それはヒロインと結ばれるまでで、ヒロインと結ばれてからは大人の色気担当とも呼ばれていた。絵師もオスカーに関しては特に気合を入れてしまったと何かで読んだ記憶もある。


 まだゲームの舞台となる王立学園に入学していないからか、私が悪役令嬢としての役割をまだ発揮できていないからか、彼は私にも気さくに声をかけてくれることが多い。

 第一王子のシナリオでは学園での行事で少しずつ仲を深めた二人が最後には学園にやってきた巨大モンスターを倒す、とかだった記憶がある。

 ちなみに巨大モンスターは私ことリリアーヌが召喚したというおまけ付きだ。そんなおまけはいらない、と製作陣に文句を言いたくなるが今となっては伝えることはできない。


「この前はお茶会楽しかったよ」

「王妃殿下のお茶会はいつも楽しませていただいております」

 オスカーも知っているだろう、前回王妃殿下主催のお茶会は私のような婚約をしているものも含まれていたが実質はオスカーの婚約者を選定する意味合いも含まれていたはずだ。

「私はリリーと話すのが楽しかったよ」

顔をこちらに近づけ、声を少し小さくして少し微笑みながらそう話す殿下は流石大人のお色気担当、かっちりとした服を着ているのにどうしようもない程の色気を溢れさせている。むしろかっちりとした服が背徳感を抱かせるという状態になっている。

「またお戯れを。このようなことを他の者に聞かれては冗談に聞いてもらえませんよ」

「冗談じゃないのになあ」

ふふふ、と流し目をしながら殿下は優雅に笑う。


 私に婚約者がいるのを知っているからこそ、殿下はよくこういった口説き文句を口にする。

 他の方に言っているのを聞いたことがないので、婚約者のいない年頃の子に言うとまずいという分別はあるのだろう。

 なんだかんだ殿下と私はは幼い頃から会っているので、気心がしれているのかもしれない。

「殿下もそろそろ婚約者をお決めになってくださいまし。王妃殿下も気にされておりましたよ」

「私は学園を卒業するまではこのままでいいと母上には伝えているのだけどね」

 困ったね、と言いつつ全然困っていない顔でにこりと笑う。

「クリスフォードとはどう? あいつにリリーのことを聞いても全然教えてくれなくて」

 蒼い瞳をこちらに向けて、先程と同じようで違う表情で聞かれた言葉に、ぎくり、となる。

 

 ーーこういう時に淑女教育を受けていてよかった、と思う。感情を表情に出さないように出来るから。


「よくして頂いてますよ」

「ーーーふうん…」

 口角をあげ、含みをもたせるような顔を、彼は無意識でしているのか意識してそうしているのか。

 彼はお色気担当以前にドS担当だ。その嗜虐性を全面に出してくることはないけれども第一王子として育ってきた彼はその性質を笑顔などでうまく隠すことができる人である。


 クリスが私とのことを話したくないのは、それはそうだろうな、と思う。

 彼は婚約者としての役割を十分にまっとうしてくれている。

 手紙のやりとりも欠かさずしてくれるし週に一度は会いにきてくれたりもする。


 ただ。

 注意深くみている私は知っている。

 クリスが我が家に来て、たまにアリスと会う時。

 必ず視線を絡めることを。

 そして、その時クリスは、ふ、と笑うのだ。


 アリスに惹かれている彼が婚約者だからと私を立ててくれているのは知っている。

 しかし、アリスは義理とはいえ今や私と同じ公爵家の娘だ。

 婚約者を取り替えるということができるのであればしてあげたいが、2人が親密になる前にそんなことを提案してもきっと2人は互いに遠慮をしてしまうだろう。

 乙女ゲームの舞台である学園に入学をすれば2人の親密度は上がっていくだろう。

 大雑把にではあるがイベントなどを覚えているので、イベントを何個かこなした後の親密度をみてから婚約の白紙について提案してみるのがいいのかもしれない。


「リリーとクリスの仲が悪いならリリーを私の婚約者にしたかったのになあ」

 またそんなお戯れを、と言おうとした私の髪をオスカーは掬って。


 私の目を見ながら、髪にキスをした。


 やばい。

 これは、やばい。

 オスカーの色気もさることながら、その青い瞳に囚われてしまいそうな、捕まってしまいそうな、ぞくりとしたものを感じる。


 彼はいつも私を口説くような言葉を口にしつつも一定の距離を保っていた。だからこそ私も彼の言葉を流すことができていた。髪を触られたことぐらいならいくらでもある。

 でも、こんなに愛おしそうな顔をして髪にキスをおとされたのは初めてだ。


「で、殿下」

「ねえリリー」

 諌めようとする私の言葉に被せるかのようにオスカーは私の名を呼んだ。

「あと少しで学園に入学するね」

 髪を弄びながら。

「楽しみ、だね」

 彼は、妖艶に笑う。



「殿下! こちらにいらっしゃったのですか! てかリリーになにをしているのですか!!!!!!」


 図書館の中だからだろう、声を抑えようとしつつ抑えきれていない、聴き慣れた声が聞こえた。

 声のした方を見ると、凄い勢いでクリスがやってくるところだった。

「んー……強いて言うなら口説いていた?」

 私の髪を弄んだまま、先程の表情など見間違いだったのではないかと思う程にオスカーはからりと笑う。

「くどっ…?! 私の婚約者になんてことをしているのですか! やることはまだ残っているんです、戻りましょう」

 オスカーとクリスは幼い頃から共にいたため、気安い仲である。それはゲームの設定でもそう書かれていたし、今も実際そうなっている。

 仲がいいからこそのじゃれあいを聞きながら、私とオスカーの間に身体を入れ込もうとしているクリスを見る。

 

 ーーもしここが乙女ゲームの世界ではなかったならば。


 クリスと出会い、前世の記憶を思い出してから何度も考えたことを、また、思う。

 私が前世を思い出したことで行動を変えたこと以外、全てゲームのシナリオの通りに進んでいるように思う。

 攻略対象者達の名前、身分、特徴。

 今はゲームの開始前だから起こるはずの出来事はまだない。


 もし。


 もしこの世界がシナリオなく進んでいるのであったなら。私は。



「リリー」

 優しく呼ばれ、顔を上げる。

 クリスが少し焦ったような顔をしてこっちを見ていた。

 応える代わりにクリスを見つめると彼は少し困ったような顔で目を少しだけ逸らす。

 そらした視線をまたこちらに戻し、へにゃりと崩した顔で笑う。


「また、ね」


婚約者としての交流の場は三日後だ。

「ええ、また」


 殿下とクリスが連れ立って去って行くのを見送り、思う。




 ーーここが乙女ゲームの世界でなかったら私は彼のことを好きだと伝えることができていたのだろうか、と。



 


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