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焼き芋

作者: ぶりぞうに

 スイートポテト、大学いも、さつまいもタルトにパウンドケーキ、プリンやクッキーなど様々な姿に変身している姿をよく見るが、芋ツウの私が最も愛してやまないさつまいもの食べ方はただ一つだ。

 

 

 『アッコー、銀ホイル持ってきてー』

 外から私を呼ぶ姉の声が聞こえる。外は小さな雪がチラチラと舞う程冷え込んでいるというのに、父と姉は家の外に出て何やらやっている。

 せっかくこたつに首まで入って温もっていたのに。こういう時にすぐ返事をしないと短気な姉は怒り出していつも面倒なフォローをしなくてはならないので、私はすぐ様こたつを這い出てアルミホイルを持ってつっかけを履き勝手口から飛び出した。岡山の田舎で敷地も広いので家の裏の畑にいるのか庭にいるのかすぐには分からないが、庭の水場からチョロチョロと音がするので庭を覗いてみると、姉が水場の前に蹲み込んでいる。こちらに背中をむけてチョロチョロと水を出しながら何かを洗っているようだった。

 『おねーちゃん何しとん、さむーねん?』

 後ろから声をかけると姉は冷たい冷たいと騒ぎながらもどこか上機嫌に手を動かしている。

 姉の手元には赤紫色の物体。

 『さつまいも!どうすん?食べるん?』

 私は幼い頃からさつまいもが大の好物で、さつまいもと認識した瞬間に寒さも忘れて姉の隣に座り込んだ。

 『ほら、これ銀ホイルで巻いて』

 姉はまるで仕事の指示のように淡々と、私に芋を渡してきたが上機嫌なのはよくわかる。これは長年生活を共にしてきた姉妹だからだろう。

 姉のこの指示に、これからさつまいもを食べれるものと悟り、言われたとおりに洗い上がりの冷え冷えのさつまいもを濡れたまま次々とアルミホイルで巻いていく。さつまいもが長くて端がはみ出すものも時々あるが、だいたいが芋の形に沿って綺麗に巻けていると思う。

 6つ程芋を巻いたところで、家の裏の畑からくよしのにおいと人の気配がした。父が落ち葉を集めて火を起こしていた。

 間違いない、これは完全に焼き芋だ。

 私たちはアルミホイルで巻いた芋を裏の畑に持ってあがった。父が宿毛や葉を山にして燃やしている焚き火の一部を駒ザラでめくる。すると焚き火の内側は木や葉がしっかりと熾っており、窯のようになっていた。私は熱気に気をつけながら焚き火の中にポンポンと芋を放り込む。熾り火は火こそ燃え上がっていないが、相当な高温のようで、その横に座り込んでいるだけで、雪が舞っているのが嘘のように暖かいのだ。焚き火というものの暖かさはヒーターやストーブとはまた違って、心の底まであっためてくれる気がする。

 昔、父が小学生の頃の冬、通学路の途中途中で色々なご近所さんが焚き火をしていて、一つ一つ暖まりながら通学していて遅刻したという話をふと思い出していた。

 

 『今年はシルクスイートを作ってみたんじゃ』

 『それ、芋の種類?初めてじゃなぁ』

 初めて聞いた芋の種類。確かに今まで見たさつまいもよりも紫色が随分深かった。これは後から調べて分かったことだが、シルクスイートは甘味が強く、焼き芋になるために生まれてきたようなさつまいもらしい。

 『まだー?』

 『まだまだ』

 似たような会話を何度か繰り返しながら、父と姉と焚き火を囲んで他愛もない会話やふざけ話ををした。姉も私も社会人になり実家を出ているので、年末久しぶりにこうして揃うと、口にこそ出さないものの、それぞれ嬉しくて堪らないのだ。20代も後半の姉と3つ下の私、でも親の前だと小学生の頃と何も変わっていないのが、くすぐったくて、嬉しい。

 『どうじゃ、もうええかな?』

 父の合図で、葉っぱの中に火箸を入れ、中くらいのサイズの芋を2つ引っ張り出した。アルミに黒い煤がついていて、さつまいもの汁が端から流れ出て黒っぽくなっている。軍手を嵌めて芋を軽く握ってみると、むにゃっと柔らかく、硬い根菜であることが嘘のようだった。わぁっと姉と騒いでアルミを剥く。もう小学生のそれだ。アルミから顔を出したさつまいもは、深い紫色の皮が紅色のように変わり、しっとりと濡れている。これが凄い。

 あつっ、あっつ

 焼き芋を半分におりたいのだが、とてつもなく熱い上に、柔らかすぎてむにゃりと曲がり、うまく割れない。仕方なくベチャッとした皮をペロンと剥いてみた。

 黄金色。だいだい色。オレンジ色。どの色にも一言で当てはまらない程のとんでもなく濃いねっとりとした焼き芋が顔を出した。

 『色凄いな!ほら』

 はしゃぐ姉はその焼き芋を先に食べなと私に渡してくれた。

 短気で人の話を聞かないような姉だが、幼い頃からこうして何かあると先を譲ってくれるところは大人になっても変わらない。

 早速熱さに気をつけながら歯を立ててみると、食感が生まれないほどに柔らかく、歯がさつまいもに入り込みすぎて歯そのものが火傷しそうだった。(歯の神経が暑さを感じるあの感じだ。)

 これはホクホク、ではなくてトロトロ。はふはふさせる間もほとんど無く、咀嚼をしていないのに、口の中で一瞬で溶けてねっとりと舌に絡み付いてきた。そのねばりは、熱さをより一層増すと同時に口の中の端っこまで焼き芋の旨味を広げさせた。

 その旨味はただのさつまいものそれではなくて、まるで口の中でスイートポテトが完成しているような甘さだ。気を抜くと唾液がだらっとタレてくるし、焼き芋を剥いたり食べたりしていると焼き芋の甘い汁で手がニチャニチャしてくる。

 私は芋を口に頬張ったまま、目を丸くして、頷きながら食べかけを姉に渡す。姉も一口。

 トロトロ!

 私たち姉妹はいい年をしてまた小学生さながらにその美味しさに騒いだ。寒空、畑のど真ん中、これぞ青空レストランだ。父にも勧めると、次がまだまだ焼けるから、お食べ。と言うので姉妹でペロリと平らげた。

 そしてこれ、もう一つ美味しい箇所がある。芋の端っこ、皮が黒く焦げて硬くなっているところの内側。その固い皮をぱきっと剥くと、焦げて外の皮にくっついているさつまいもの身が出てくる。そこを歯でガジガジとこそぎ落としながら食べると、芋の甘さと炭っぽい焦げた味がまろやかにマッチして、ほろ苦甘く、もう吸い付くしたくなる。ご飯でいうところのお焦げ。あの特別な感じだ。

 さつまいもはじっくり焼くことでうんと甘さが強く柔らかい焼き芋に仕上がる。ちなみにレンジでも同じで、低いワット数で長く温めるほうが美味しい焼き芋になりやすい。

 しかし、この焼き芋があれば、もしかしたらケーキやチョコレートはもういらないんじゃないかとさえ思う。なんて、大袈裟か。

 

 その後も雪華がチラチラと舞い続ける寒空の下で私たちは焚き火を囲った。芋のサイズや入ってる場所によって焼け具合が違うので、その度に3人で、焼けた?触ってみ〜、いや、まだやな〜を繰り返し、その合間には今年もあっという間だったな、なんてまた世間話をしたりして過ごした。

 スーパーに売っている焼き芋ももちろん柔らかくて好きだが、自家製焼き芋ができる環境にある人は、一度やってみてほしい。

 シルクスイートは冬が食べごろなので、寒空の下で大切な人と、暖かい時間を過ごすのに丁度良い。

 『あ、お父さん、これ焼けたで!』

 姉が次の芋が焼けたと騒ぎ出した。

 なんだかこの当たり前だけど当たり前じゃない今に、色々な想いが込み上げて、私はなんだか目の奥が熱くなってきた。

 『おねーちゃんそんなに食べたら年越し蕎麦食べれんで!』

 

 潤んだ瞳はきっと煙が目に染みたせいだ。

 来年も家族で美味しい時を過ごしたい。

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