第三話 魔王様、いまさらヤバイ奴を煽ったと気づくが、もう遅い
土曜。
私は謁見の間で論功行賞に立ち会っていた。
論功行賞ってのは戦で立てた手柄に対して褒美を与えること。
え? 木曜はどうしたって?
黒騎士様にはゆっくりと休んで頂きました。
ちょっと、事情があってね。
「クソザコ黒騎士よ。今回の勝利がそなたの功績によるものということは、疑う余地がない」
そう言いながら魔王様はとっても機嫌が悪い。
玉座で片膝を立てて、真っ赤な瞳で黒騎士様を見下ろしていた。
いつもであれば、それぞれの四天王に褒美が与えられるのが常だ。
しかし、今日は黒騎士様だけが魔王様の前で膝を折っている。
私たちは後方でそれを眺めているだけだ。
「これでいい気になるなよ? クソザコ黒騎士、いやクソ騎士」
今回の敵はこれまでと全く勝手が違ってたのだ。
圧倒的な防御力をもつベヒモス。
それに魔法防御が加わる。
そこまでであれば、魔王様の誇る真竜族の力を持って圧倒出来ただろう。
しかし、ベヒモスの周囲はスキル無効化の空間となっていた。
突然変異、SSS級の魔物の完成だ。
そこに飛び込めば、魔王様と言えどその力は半減どころではない。
ところがどっこい。
いつものように体を張って足止めをしたのが騎士団。
脳筋軍団は伊達では無い。
その先頭に立つこの黒騎士は、足止めどころか……そのまま無敵要塞と化したベヒモスを押し切ってしまったのだ。
もしかして、これまでの敵も極大魔法無しで押し切れたんじゃね?
ともかく、魔王様の初戦は全く何の役にも立たないカカシに終わった。
私たち四天王が側で見ていたけれど、それはもう駄々っ子かってくらいの地団駄を空中で踏んでいた。
初戦役立たずは、私もだけどね。
「この度の戦の功績は第一等どころではなく全て騎士団だ。いや、ざぁこ騎士、お前一人の手柄だ」
他の騎士団も足止めにはなっていたがスキルを使えないのでは大した役には立っていない。
怒り心頭しながらも、魔王様は黒騎士の功績を認めている。
魔王様、偉いでちゅね~。
「ざこ騎士。なぜお前はあの場でスキルが使えた」
そうか、戦場経験の無い魔王様は黒騎士様の事を知らないのだ。
「私はもとより一切のスキルが使えません」
そうなのだ。黒騎士様はもともと只の人間。
魔族のスキルなど使えるはずがないのだ。
「バカを言うなザコ騎士。ではあの戦いは何だというのだ?」
ははん、聞いて驚いてください魔王様!
「性格です」
「は?」
「私はその気になると、まるでスキルのような技が使える性格なのです。ですからスキル無効化もアンチマジックも私には意味がないのです」
何度聞いても黒騎士様ってば意味不明だわ。
そしてイケボだわ。
「あー! もう良い! こんな茶番はとっとと終わらせるぞ。ザコ騎士、褒美を取らす何でも申せ」
「いえ、魔王様のために戦うことこそが最高の褒美でございます。これ以上は何も望みません」
「貴様、クソザコ騎士。わらわからの褒美は要らぬというのか? そうやって内心ではわらわを見下しておるのだろう!?」
「――けしてそのようなことはございません」
「ならば望みを言え! それともこの魔王にお前の望みが叶えられぬと言うか!?」
暫しの沈黙。
こ、これは駄目だ。
この沈黙は肯定の沈黙に他ならない。
メキメキと何かが壊れる音がする。魔王様の握りしめる椅子の手すりが破砕した。
角の赤みが増す。
魔王様が次になにか言葉を発すれば、それは破滅をもたらす真竜のブレスを伴うだろう。
「――ならば」
魔王様の眉がピクリと動いた。
「――ならば、敗北をこの身に」
カツ!!
王座の間が閃光に包まれた。
魔王城を振動が襲う。
光が収まると王座の間は天井が崩れ、満天の星空が見えた。
すんでの所で魔王様はそのブレスを空へと放ったのだった。
「よかろう!!」
魔王様がその玉座より黒騎士に歩み寄る。
しかし、それは勲章を授与するためではない。
「歴代魔王と四天王のルールは知っておる。今日は土曜だ、今宵わらわの元に来るが良い」
魔王様が黒騎士様に牙を剥いた。
「その身に敗北を刻んでくれるわ!」
「ざぁこ、ざぁこ! 遠慮はいらぬ、全力でかかってくるがいい!」
*
「お、恐れながら!!」
魔王様の宣戦布告。
それに口を挟んだのは意外にも四天王筆頭、ゴルゴーン様だった。
「魔王様! それだけは! それだけはなりませぬ! どうかご再考を!」
四天王の三席、サキュバス様も平伏しながら進み出た。
「……どうしてもと仰るならば、我ら四天王もお供いたします」
魔王様の怒りは先程までの比ではない。
「ほう? うぬら、この妾が黒騎士に敵わぬと?」
そうだ単身では黒騎士に敵わぬと、最も魔王様を信じるべき四天王が言っているのだ。
「貴様ら! この場で消し炭にしてくれようか!?」
「広域殲滅で戦況を覆すとなれば、魔王様の右に出るものは居りません。しかし、局地戦、一騎打ちとなれば!」
私はわけが分からずただ見ているしか出来ない。
四天王にも黒騎士様への憧れはある。
だがそれは、魔王様への忠義に一分の陰りをももたらす物では無い。
ならば、この行動は忠義によるものだ。
私は、横にいるバンシー様に視線を送った。
バンシー様であればここで何が起きているか知っているに違いないからだ。
「ウイッチ、覚悟を決めなさい。我ら四天王は今宵、魔王様の盾となり尽き果てる事となる」
「お姉さま、黒騎士様の本気はそれほどのものなのですか?」
「私が、黒騎士様とバブっているのはね、なにも私の趣味だけではないの」
緊張で私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「黒騎士様をバブらせなければ、バンシーの名の通り泣かされるのは私なのよ、ギャン泣きよ」
黒騎士! それほどのものか!?
「くだらぬ! この魔王に助太刀など無用!」
ゴルゴーン様が一歩歩み出る。
「なれば、なればせめてこちらをお持ちください」
バンシー様が取り出したのは魔笛だ。
どのような大混戦となろうとも、魔王様が魔笛を鳴らせば我ら四天王の耳に必ず魔笛の音は届くのだ。
「受け取っていただけ無いならば、このゴルゴーンこの場で自害致します」
ゴルゴーン様の蛇の髪が逆立ち、その決意を込めた表情はがあらわになる。
その顔は、噂通りプリティだった。
*
四天王は魔王様の私室前に控えている。
私とサキュバス様の二人で、魔王様の決戦装備を整えていた。
各種の防御結界が施された国宝級のお召し物に、過剰なまでにステータスアップの装飾品を重ねる。
本来であれば四天王が各々、戦場で身につけている第一級の実戦装備ばかりだ。
最後にゴルゴーン様が鎖に通した魔笛を取り出す。オリハルコンで作られた鎖を魔王様の首にかけた。
「もしものときは、魔笛を鳴らしてください。我ら四天王、魔王様の為にいつでも果てる覚悟です」
魔王様は気づいただろか?
その首に魔笛の鎖をかえるゴルゴーン様の指が震えていることを。
「案ずるなゴルゴーンよ」
魔王様が震えるゴルゴーン様の手を力強く握りしめた。
そして、すでに黒騎士の控える隣室へと視線を向けた。
「わらわを信じよ」
「はい、魔王様。……ご武運を……ご武運を」
魔王様が隣室へ入ると、静かに扉が閉じられた。
そして間もなく。
ぴぃ、ぴぃ、ぴぃ。
何かのか細い音が聞こえ。
「お姉さま、この音は?」
ぴぃぃ、ぴ、ぴぃぃぃ。
この脳に直接届くようなこれは、まさか!
バンシー姉さまが絞り出すように応えた。
「……ま、魔笛の音よ」
そのか細い音が、あの戦場に響き渡る魔笛の音だという事が私には信じられなかった。
ゴルゴーン様が扉の前に立つ。
そこに震えや恐れはもう無い。
「バンシー、サキュバス。覚悟は良いですね?」
三人の視線が交差する。
ぴ、ぴ、ぴぃぃぃぃ。
四天王として長くこの国を支えてきた彼女たちにしか分からない心の会話が交わされているのだと感じる。
「ウイッチ、こちらへ」
「はい、お姉さま覚悟はできております」
ただし、何の覚悟をしたら良いのかだけが分からない。
「いえ、貴女には別の任務を与えます。大切な任務よ」
バンシー様からの任務を授かった私は、扉の向こうに向かう三人を見送る。
ぽぴ、ぽぴ、ぽぴ、ぽぴ!
そして、魔笛の音が止まった。
しかし、お姉さまは時間稼ぎに過ぎないと言っていた。残された時間は少ないだろう。
立ち止まってはいられない、私は私の戦いをするために駆け出した。
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