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第九話 あっかんべー

 黒髪と金髪は緑の芝生の上でお互いに向き合っていた。

 片方はイライラと、もう片方は余裕といった目付きで。

 こう云う時こそ周りの出店に売っているような菓子の出番なのだろうが、生憎とこういった時に限って誰一人外せないタイミングの悪さである。


「吟味、ねぇ。なんでまた?」

「どうせ単純なコギーくんの事だ。

『シャルに近付くな』って言ったとして、実際に今度シャルに会っても我慢し切れないでしょ」


図星を突かれて視線を逸らす。

顎を引き黒髪をボリボリと掻いて口を尖らせると、上目遣いで前へ向いた。


「しかし直接聞くっていったってよ、結構な量だぜ?

聞いて応えるだけじゃ途中でダラけねえか?

それに、実際やってみたら『やっぱダメでした』ってパターンもあるだろ」

「ああ、それは大丈夫だ。身体に聞けば良い」


 そう言って金髪を慣性に任せて靡かせ、後ろへ振り返る。

 「身体で」という言葉を反芻して、嬉しそうにクネクネとするシャルへ「ガバリ」と、アダマスは思い切り抱き付き被さった。

 被さられた方は顔を沸騰させてアワアワと言い出す。

 取り敢えずお兄様へ愛を示さなくてはと慌てて抱き返そうとした瞬間、直ぐさまコギーへ向き合い直る事で「パッ」とホールドを解除される。

 シャルは勢い余って兄の背中へ顔をぶつけていた。

 プクリと頰を膨らませて額をさする。


「このように密着するようなものは嬉しそうな反応をする。つまり……」

「俺に対しては逆の反応をするから、そういった反応をしないものを今後は選べばいい訳か」

「その通りじゃアッカンベーおしりぺんぺーん」


 兄の肩からチョコンと顔だけ出したシャルは、人差し指で瞼の裏の赤い部分を見せて舌を出して何度もそれを振った。

 やられた側は言い返そうにも大人しく聞き入れる。今は叫ぶテンションでもなかった。

 

 そこへ「パン」と手を叩く音。

 アダマスが手を叩いていた。彼は無機質な目で一声上げて本題に移る。


「じゃあいってみよう」



 コギーが先ず持ち出したのは茶色いゴムボールと、手提げ袋のような取っ手が付いた網だった。網をそこらの細い木に引っ掛けて準備は完了する。


「と、いうわけで先ずはポピュラーなものから。最近行商人がその『バスケットボール』とかいうゴム鞠を売るために広めたっていう『1vs1』!

あの網に入れるのを阻止するゲームだ!」


 コギーはテンションの乗らない大きな声を上げた。

 アダマスは腕を組んで頷き、不思議そうにボールを芝生へドリブルさせるシャルへ、試合開始の合図を取る。


「ふぅん。よしシャル、バッチこい」

「分かったのじゃ」


 シャルは駆け、向かいのアダマスは決して小さくない身長差でそれを阻止しようとする。彼女が左に行こうとすればヒョイとそちらを塞ぐし、右もまた然り。かなりの反応速度だ。

 それでもアダマスが物凄く手加減しているのは、実の妹も完膚なきまでにボコボコにされたKくんも知っている。

 

 これをどう切り抜けるか。

 コギーが冷静にそんな事を考えている隙にシャルは全く別の事を考えていた。

 ハァハァと息が荒いが、決してドリブルで疲れている訳ではない。


「さて、シャルはどうする」

「決まっておろう、どうあってもお兄様が妾の目の前に来てくれるチャンスを逃すわけにはいかぬ!お兄様に飛びつくのじゃ!」


 黄色い声を上げてボールを投げ捨て、ゴールそっちのけで高く跳んだ。

 口をタコのようにした素早い『前脚』の動きは正にネコ科の大型肉食獣。獲物の口めがけて風切り音を上げて迫るが、ひょいと持ち前の先見眼でヒョイと横にかわされる。

 空中に浮かんだシャルは下から、猟師に捕らえられた川の主よろしく抱え上げられ、その過程でクルリと返される。

 そうして出来るのは所謂『お姫様抱っこ』であった。

 

「あー、やっぱ我慢出来なかったね」

「うう、つい……」

 

 捕らえたシャルの額を軽く撫でて、地面に下ろす。

 その一連の出来事をコギーは頭を抱えていた。こういう反応をシャルがすると云う事は、無理なのだろう。バスケットボールは没になる。

 

「こんな欠点があったのか。全く予想できねえ」

「スポーツならそんな時もあるよ。よし、次いってみよう」


 そんな事は直ぐに切り替えろと次のゲームを提案するよう言う。

 第三者から見ればコギーは良いように使われている召使のようにしか見えないが、なんだかんだと本人は夢中でそれに気付く様子もない。

 使われている様を見ているアダマスとしては「似合うなあ」と思い、口に出したい欲求に駆られるが、それ以上にシャルと遊ぶことが面白いので口には出さないでおいた。


 ジィと見ている内に次の遊び道具が運ばれてくる。

 錬金術で精製されるコーティング材が塗られた紙の束、トランプである。


「次はこれで、色々試してみてくれ」

「おし。じゃあ先ずはババ抜きでやってみよう」


 言った直後、アダマスの手の中において、手品師よろしくトランプが生き物のような動きでシャッフルされる。明らかに手慣れた動きだ。

 デックを中央に置き、パパッと手札をお互いに交差させた。


「あ、あひぃ。お兄様の指が、妾の敏感なトコロに……息も当たって……はひぃぃぃん」


 シャルはやたらに指を触ろうとするし、触られようとした。

 しかも顔が近づく度、顔から色々な体液を出す楽しい事になる。

 そういう事でババ抜きやスピードなどの近付いたり手が触れたりするものはダメそうだ。だが一方でポーカーや大富豪などは、瞼を伏せて口を尖らせる不満そうな雰囲気が出ていたので、良しらしい。


「じゃあ次は本命のコイツだ」

「なるほど、因縁だね」


 丸い木の輪、付随する小さな金属の円盤。貼られる白い革。

 タンバリンを投げ渡され、シャルも受け取る。アダマスはジィと、それを見ていた。


「でも渡した俺が言うのもなんだけどよ、お前らはソレ、弾けるのか?」

 

 聞かれてアダマスは『マーガレットの兄』を思わせる笑みを売って浮かべていた。


「ふっふっふ、彼女にタンバリンマスターの称号を与えたのはボクだよ?」

「あっそう」


 そしてコギーはどうでもよくなった。


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