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第八十二話 「ママ、トイレ」「ママはトイレじゃありませんよ」

 紙の帽子を被りながら、ハンナは旗を小さく掲げた。


「ではこれから私、ハンナがガイドとしてこの屋敷の『ひみつの部屋』まで案内させて頂きますね。ひみつの部屋とか言いつついっぱいある不思議な現象が起きるのはご愛敬。

さて、何か質問などは?」

「いいや。今のところ無いかな。宜しくおねがいするよ」


 アダマスは丁寧に微笑む。

 何も言わずに呼吸を合わせて頷くと、ハンナが前へ進もうと一歩前へ出た。

 しかし、それを遮るものがひとつある。少し顔を赤らめたマーガレットが腕をシュピリと上へ元気よく上げていたのだ。

 レオナ辺りだったら苦々しい顔で「なんだよ」とでも言うのだろうが空気を読むと自負するハンナはゆったりと言葉を受け止めた。


「はいっ!」

「あらあらマーガレットちゃん。なにかしら」


 小さな彼女は大きく元気に口を開け、自慢の肺活量で自らの主張を語る。

 子供だから出来る発言である。


「ママ、トイレ!」

「マーガレットちゃん、ママはトイレじゃありませんよ。

トイレははやく済ませておきなさいって、いつも言っているじゃないの」

「うう、だって……限界なんだもんっ!」


 お腹を押さえてクルリと回り、トイレに向かおうとするマーガレット。

 一歩を廊下へ踏み出し、しかし体重を片足に預けた際、もう片足へその重心が移り身体を前へ進めさせる事は無かった。それ故に前へ突き出させた脚は推進器ではなく錨の役目を果たす。

 何かを思い出したように、思いついたように、まるで『発作』が来てしまったかのように、ひとり取り残されたように立ったまま停止したのだ。


「限界になるまで我慢するのは違うじゃろうに」

「ああ、いやいや、そうなんだけどそういう意味じゃなくて……」


 おいおいどうした、そのままじゃ漏れてしまうぞ。

 そんな感じの気持ちがシャルの辺りから滲み出した頃だろうか。

 先程まで錨の役目をしていた脚が廊下を蹴ると、一気に下がった。行先はアダマスの目の前である。


「トイレには行かないの?」

「……じゃあ、ええっと、ひとりじゃ怖いから一緒に来て欲しくて」


 そう言って手を握る。その手は恐怖を感じるように冷たく震えは感じられず、寧ろ熱く火照っていた。顔を見ても同様で、熱い息が鼻にかかる。

 納得した顔で二度頷いた。


「あー、そうか。生理現象じゃ仕方ない。うん、仕方ないね」

「そう、仕方ないのです。大切な事なので二回言いました。」


 ワザとらしい言い訳をしつつ互いの目で合わせ鏡。

 直後にアダマスの片手は彼女の手を綿を握るかのように優しく取って前へ進むと、ふともう片手が動き地図を広げて彼女に見せた。結構広い地図なので見せるは一部。

 シャルの部屋が示される。

 マーガレットはひとつ頷いた。


「そういえば此処にも『トイレ』がありましたね。たまには別のトイレを使ってみるのも悪くないと思うのです」


 ぽつりと呟くと、成すがままに引っ張られていく。

 気分は悪いが悪くない、矛盾が故にバランスの取れたプラマイゼロの状態だ。今なら後ろ向きでだって走ってみせられる気がしなくもない。

 二人は半分夢の中に意識を置いて、目的地に向かっていく。直ぐにシャルの視界からは居なくなる。

 ポカンと見送った彼女はふと意識を取り戻し、とうとうハンナに顔を向けた。


「……って、突然の置いてけぼりとな。妾もトイレに行ってくるのじゃ」

「あらあら、それでは今日のトイレは大混雑ですね。畏まりました、それでは私も付いていきましょう」


 シャルは大股で廊下を歩みながら、小股で素早くハンナが付いてくる。シャルは一回それを見て、何かに納得したように一回頷くとクルリ視線を回して前方へ戻す。

 しかしグルリと、視線を再びハンナへよこして決めるのは仰天の表情である。考えているようでなにも考えていなくて、やっと理解が追いついたのだから当然と云えば当然だ。


「いやいやいや」

「あら、なにか?」

「『何か』じゃないじゃろって。なんでこの流れで付いてくるんじゃい」

「そうでしょうか?」

「そうじゃよ!普通は待ってる流れじゃろうが」


 立ち止まってそう言われて、頬に手を当てて首を傾げた。

 何も考えてないように見えて、彼女は意味もなく理由を考える。どんな理由が面白いかなと。


「それでは、『気分』で」

「そうか、気分か。うん、気分なら仕方ない……って、そんなワケ無いじゃろ。気分でトイレに行きたいってなんなんじゃい」

「はあ。しかしお嬢様も、実のところ気分が高まってきたので『トイレ』に行こうとしたのでは」

「うっ!むむむ、むむ……う~む」


 図星だったらしい、尿意も引く刺さる一言。

 ヒクリと片頬を吊り上げて、今度はシャルが言葉に詰まる番だ。

 意味ありげに理由を考えたいというのに何も理由が思い至らず、どうしようもないことをどうにかしたいのにどうしようも出来ない。

 結局、彼女は何かを取り繕うのが下手なのである。


「引いちゃいましたか。それでトイレはどうします?」

「行ってくる!」

「あらあら、それでは行ってらっしゃいませ」

「む、なんじゃ。有難いが付いていくのではなかったのか」

「やっぱ気分が乗らなくなりましたので」


 気分というのは嘘でもない。

 シャルの真っすぐな気持ちが少し羨ましくなったのだ。


「なんなんじゃ、まったく」

「さあ。なんでしょうねぇ」

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