第八十一話 マジで!?
なんとなく呟いた意味もない言葉。言葉にならない言葉が紡がれる。
出来上がった言葉の糸を、シャルがブツクサ思いつくままに口から放り出し、アダマスからの『レアアイテム』を折り畳んでいるのだ。
意識した訳ではないが、その言葉のテンポは紙を折るリズムと次第に重なり『鼻唄』と呼ばれるものになっていく。
どこかで聴いたような、しかし別の何かが混ざったそれをアダマスは只々口を半開きにして聞き惚れる。
これといって上手い訳ではない。
しかし何処か懐かしい素朴なフレーズに続きを繋げられそうな気がしたのだ。
だがしかし、残念なことに時間切れらしい。何か思いつきそうな、喉に引っかかる感覚を覚えたところでシャルの『作品』が出来上がる。
分からないままに少しだけ悔しかったが、そんな事ではお兄ちゃんは務まらないと下唇を食んで薄く笑う。
いよいよシャルの手元には六角形が出来上がり、下からプウと息を吹き込めば一気に膨らみ、フグのような『紙風船』が出来上がった。
彼の彼女の気持ちを代弁するかのように、御丁寧に書面の大部分は内側へ向いていて、見えないようになっている。
ポンと手の平で上へ叩く。向かう先はマーガレットに。
会話の矛先を向けられたと判断した彼女は片眉を上げて一言。
「うーん、お嬢様はどんな物を得るのかじゃなくて、どんな冒険をするのかが重要だと思うんですなあ」
そして自慢の肺活量で一気に宙の紙風船を吹いてみせた。
面会用に扉と机との距離はそれなりに在る筈だから、吹いただけで届くのは相当だ。
アダマスは彼女のそんな『一発芸』に見惚れてしまうが、これつまり再び自身に水を向けられているのだろうと考える。
しかし、さて困った。何も浮かばない。
何だかんだでアダマスもシャルの力になりたいという気持ちはある。
とはいえ、領主の屋敷でそういったところを突然紹介してくれと言われてもパッと浮かぶものは無い。
これが外部の貴族だったらエミリーの作ったビックリでドッキリな仕掛けの一つや二つ見せてやれば茶を濁せるが、相手が屋敷に住んでいる実の妹というのも中々来るものがある。住み慣れた屋敷で大冒険をしたいとは、中々難しい事だと思い候。
仕方ないのでプランB。
飛んできた紙風船は受け止められることが無く、ポンと自身の後ろに立っている『補佐』へ向けてみる。そう、更に別の誰かに任せてみるのだ。
「うーん、なんかないかなぁ。ハンナさんは思いつく?」
「あらあら、坊ちゃまも大変ですね。まあ、ありますよ」
「え、マジで?」
平然とした回答へ、目を丸くしてしまう。紙風船は受け止められる。
それはクシャクシャと分解されて、元の紙の形に戻されると、折り直して再び帽子が出来上がる。
クルリと縦に回して頭に被って曰く。
「ハイ。マジで御座います」
◆
そこにあるのは小さな旗だった。それこそ大きさは手紙一枚程の大きさである。
しかし染色はやたら豪華なもので、金縁の赤い布。描かれるは真珠を抱く白い騎士。
エンブレムの下には『ラッキーダスト領主の屋敷・観光ツアー』と縫われた一列の刺繍。
風も無いのに揺らめくのは、ハンナがそれを片手で振るからだ。
振りながら彼女は、大雑把にこの屋敷の歴史を説明していた。
「……と、いう訳でこの屋敷には様々な隠し部屋が。特に地下には沢山あるわけなのですですよ」
「へぇ。よくもここまで作ったねぇ。今まで知らなかったよ。
でも、部屋を余らせて勿体なくない?」
アダマスの手元には一枚の地図が広げられていて、それを両脇から「ホウホウ」やら「ふむふむ」やら、妹ふたりが顔を近くし、キラキラした目で興味深く覗き込んでいた。
ハンナが独自に隠し部屋をマッピングしたという地図である。どうやって作ったとか、そもそも何時の間に作ったんだとか気にしてはいけない。
ハンナさんなのだから。
やたら入り組んだ迷路が出来ていて、地図が無ければ間違いなく迷うだろう。
こんなものは作る側に計画性が無いとしか思えないが、実際その通りらしいのだから仕方がない。
と、いうのもハンナ曰く。
この領主の屋敷は初代の頃に作られたものを少しずつ改装して使っているのだが、外観そのものは大きく変わっていないらしい。
初代の屋敷に使われている骨格を上回る、ないし追いつく素材を現代の技術で未だに作れていないからだ。そういう意味では屋敷そのものがオーパーツとも言える。
しかし何かと手を加えたいというのが人間というもの。
改装の際、外観そのものは大きく変えられない分(変わったのは内装の機械化やガラスの素材等)、隠し部屋が次々と増えていったのである。
「余らせる勿体なさもあるのですが、そんなにあっても使いようがないというのが現状ですかね。設備も新旧入り混じっておりますし。
ただ、幾つかは使っていますよ。ですよね、お嬢様」
「ふふっ、まぁの」
水を向けられたシャルは得意気な顔をしてみせる。
彼女の部屋は、壁が二重に設計されていて、その中に鉄格子を設けた部屋。いわゆる牢屋が作られていた。
はじめは何世代か前のラッキーダスト伯が拷問用に作ったらしい。
しかし今ではそんな痛くない鞭やら、なんかベルトが沢山付いた椅子やらが置かれるシャルのお楽しみルームとして使われる。自分が叩かれる側で。
いやいや褒めている訳じゃないと思うなとジト目で見るアダマスが横に居るが。
尚、こんな目で見ているが叩いているのはコイツである。それを思ってマーガレットもジト目で見た。
そして「なんじゃ?そんな目をお兄様を見て」とマーガレットをジト目で見るシャル。
ハンナは仲良くジト目ループをする子供三人を微笑ましく見ていた。




