第八十話 レアアイテムの欲しいお年頃
領主の屋敷の三階で。勢いが鋭く執務室の扉が開かれた。内側へ開かれたのだ。
扉の表に彫られた初代ラッキーダスト伯は、執務室で仕事中のアダマスの眼前へこんにちはする訳だが、見る度に彼は思う。
「相変わらず大袈裟に巨大だなあ」と。感じる今日この頃なアダマスであるが、きっと明日も明後日も似たようなことを、この扉を見る度に思うのだろう。
何のためにこんなデカいのか。この屋敷には謎が多いものである。
それはそれとして扉から勢いよく出てきて彼に向かい合うは、彼の妹、シャルであった。後ろにはちゃんと第二の妹のマーガレットも居る。
シャルは突拍子も無いことを言う。
「お兄様、レアアイテムが欲しいのじゃ!」
「ふむ。また突然だね、シャル」
室内に響く声。万年筆を動かしていた手はピタリと止められる。
妹の元気がよろしいのは大変よろしい。
しかしこのまま語らせ続けても、きっと彼女の頭の中は整理が付いていないだろう。読心術がそう言っている。
思いつくままに言葉を並べさせても、パタパタと慌てふためく姿が可愛らしいだけであまり効率はよろしくない。
故に、今日は彼女の後ろに立つマーガレットへ万年筆の先で差しながら話しかけた。
第二の妹が着るは買ったばかりの少し大人っぽいメイド服。
彼女は無意識を装いつつもソレを見せびらかしながら応えた。表情は変わっていないのに嬉しそうに楽しそうに踊るものだ。
タンバリンの幻影が見えそうなくらいである。パントマイムで幻影を見せるとは、やはり彼女はタンバリンマスターなのだろう。
「それで、何があったんだい?」
「はい。あれは先ほど新作映画を観ている最中の事でした。
トレジャーハンターの映画だったのですが、ある日主人公に誘拐された少女が『え、ええと……待ってください旦那!私はレアアイテムの場所を知っています!』と思い付きであることない事語り出して、主人公もそれを本気にして、というお話でして……」
「シャルはそれに影響されたって訳だ」
「おふこーす。
ついでに言うなら偶々映画館で一緒になったコギーと口論に発展したりしましたん」
マーガレットは両手でサムズアップして、シェイクするように動かす事で肯定の意を示した。主人がジィと見るものだから、付け加えた。
「なんならお尻も振りましょうか?」
「そっちは夜に頼むよ」
「今、私何気に発情期だから、そんな事言われたら襲っちゃいますよ?うっふん」
「はいはい、でも今はレアアイテムの話だしね。それでシャル、話したい事はまとまったかな?」
ハッと整理がつかない思考を一本にするシャル。
そういえばそっちの話だったと、沈黙を破る。
「そ、そうじゃった!
それで、レアアイテムじゃよレアアイテム。なんかないものか!?
コギーに言われっぱなしで悔しいのじゃ!」
「うーん、そうだねぇ。大体、なんでボクに聞くんだい」
「領主様はレアアイテムをくれるのが定番だからなのじゃ!」
「ああ、確かに分かるかも。
許可証とか、伝説の盾とかくれるよね。もしかしたら棒きれとか小銭とかかも知れないけど。うんうん、了解」
苦笑いと共にひとつ開封された手紙を手に取った。
内容をザックリとまとめれば『貴族の側室少ないから、ウチの愛人の娘を側室に取らない?』と、いった感じのありふれたもの。
アダマスにとっては貴族号なんてどうでも良いし、恋愛感情の果てに今の形になったのだから、このような手紙は侮辱に等しいものである。
尚、有象無象からのこういった手紙は、領を湖賊がヒャッハーと支配する無法地帯だった頃には全然来なかった。
しかし湖賊をレオナで滅ぼし、エミリーがやってきて経済が健全に回るようになってから急に来るようになったものだから質が悪い。
だから気持ちを表すように、丁寧にその手紙を折り畳んで円盤のような形を作った。紙製の帽子である。
「はーい、ちょっとジッとしててねー」
「ん、なんじゃい」
「シュートッ!超っ、エキサイティング!」
言いつつもシャルは律儀にジッとする。良い子だなぁ。
思いつつ手首のスナップを効かせた帽子が円弧の軌道で力強く進んでいき、それは輪投げが如くスポリと頭に収まった。
何が起こったか分からずにキョトンとする彼女の顔。
一足早く状況を理解できたマーガレットは綺麗に帽子が嵌まった頭を見て、「おお~」と、拍手喝采だ。
アダマスは何処か満足したような顔である。眼鏡をクイと中指で上げてフッと一息。
「じゃあソレがレアアイテムで」
「……えっ!?ああ、帽子が頭に嵌まっておる!
というか、お兄様がなんかドライなのじゃ。それになんか紙の帽子って地味じゃないかや?」
「とは言ってもなぁ。世界に一つしかないって意味ならなんでもレアアイテムになってしまうし、お金をかけた・滅多に手に入らないって意味ならその紙は物凄い高級品だよ?書いてある内容はアレだけど」
頭の紙製帽子を外すと、それを広げて中身を見て、そして溜息。
「言われてみれば確かにの。ちと定義がフワフワし過ぎておったか」
クシャリと紙を折り畳んだ。




