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七十七話 ぼうりょくはんたーい

 内装は何処か懐かしい。

 女四人は、店内へ入るひとりの少年へゾロゾロ続く。

 給仕のメリアンが黒くて長い髪を一本の太い三つ編みに束ね、彼に顔を向けるとそれが尻尾のように揺れた。

 アダマスは少し触りたいなと思うが我慢。

 彼は手をパーの形に広げて、相手へよく見えるように半分だけ腕を半分上げた。

 数字の『5』である。


「メリアンさん、五人でー」

「はぁい、かしこまりました。今日はアダマスくんってばモテモテなのねぇ。

しかも美人さんばかりじゃないの。オホホ」


 前に来た時と同様、ワシワシと撫でられた。

 情熱的に、しかし上品な笑いを浮かべる様は給仕には見えない。もしかしたら昔は何か別の仕事をしていたのかも知れない。

 そんな勝手な想像を張り巡らせつつ、後ろを待たせてはいけないと後ろを見る。


 すると手を繋ぐレオナが眉間に皺を寄せていた。

 いやいや何事だ。

 思考が脳裏を()ぎった瞬間だ。彼女にヒョイと脇の辺りを掴まれ、持ち上げられ、左右に揺ら揺らと振られていた。


 そんな彼女の隣では、エミリーが手を腰に回して腹を押し出している。

 下から覗き込む前傾姿勢でニマニマと見やる。

 まるで大きな子供を見ているかのようであった。だから子供に接するかのような口調で話しかける。


「お腹のヤッカミはおさまったかな?」

「何の事やら。私は飯を早く食いたいだけだ」

「ありゃりゃ。あんな賭けをしちゃったのに。

レオナのお腹ってば、よっぽどゴハンが楽しみなんだね」


 眉間の皺が濃くなった。

 皺の主は何気なしに握り拳を作り、グリグリとエミリーの脳天を捻る。講義の声が上がった。ムズ痒そうな笑い声ではあるが。


「ぼうりょくはんたーい」

「うるせい」



 窓際の席へ五人で座っていた。

 はじめは椅子の数が足りなかったのだが、メリアンが気を利かせて別の机から椅子を持ってきてくれた事にアダマスは感じていた。実に有難い。

 山を背景にして彼は言う。


「うん、やっぱ此処からの景色は良いね。

今度は皆でピクニックなんてのも悪くない、ハンナさんも呼んでさ。

さて、席を発見したのは、ええと……」


 キョロキョロと左右を見た。

 右にはシャルで、左にマーガレット。

 左から分かりやすい棒読み声が聞こえてきた。


「ああ、これは見つけたのお姉ちゃんだよ」

「へぇ。そうなんだ、シャルは凄いね」


 ニヤニヤしながら右に視線を向けると、顔を俯かせるシャルが居る。

 今にもツインテールがクルリと巻いてしまいそうだ。

 そんな彼女を、頬杖をついてジィと見た。読心術で答えが分かるだけに面白い。

 コチラが答えを知っていると云う事実を向こうも知っていると云う事実がとても面白い。

 シャルはアワアワと口を開けて、ガバリと彼に顔を向けたのだった。


「ううっ、妾じゃないのじゃ。見つけたのはマーガレットなのじゃ。

『見て見ておねーちゃん、こっちの景色面白いよ』って言いながらトンデモ視力で何処に何があるか詳しく教えてくれたのじゃ。

その楽しさをお兄様と分けたくて……だから手柄を独り占めしたいとかじゃなくて、そのぅあのぅ……」


 闇雲に思い付いた事を半分パニックになりながらも何とか言葉にして語った。

 すると予め用意していたかのような彼の掌が、ポンと頭へ置かれた。

 そこまで大きくない筈なのにとても広く感じる。


「そうなんだ。シャルは凄いね。

そして成果を譲れるマーガレットも凄い!」


 先程まで頬杖に使っていた左手がある。シャルと同様にマーガレットの頭に置いた。

 彼女はそのままに何も言わない。

 ただ両手を挙げて嬉しそうにワキャワキャと小さな円を描いて上半身だけではしゃぎまわる。しかし表現はニマニマとしていた。


 そのイチャイチャを何気なしに見ているレオナは、顔を窓の向こうの山肌へ向けていた。まるでソッポを向いているようだ。


 そして彼女の隣に座るエミリーは背筋を伸ばしてストレッチ。

 ストレッチついでに山肌を見る様子を楽しそうに観察して、脇目を振るレオナは鬱陶しそうに話題を放り投げた。


「ジッと見てなんだよ。私に面白いモンでも付いてるのかい?」

「いやね。何時ものレオナならイチャイチャ具合にヤキモチを焼いて無駄に張り合うと思っていたんだ。なのに珍しいじゃないか」

「流石に私でもそれくらいは(わきま)えるっての」

「弁えるレオナなんて珍しいね、こりゃ明日は槍が降るかな」

「ハッ、言ってろ。仮に降っても槍なんか私が全部、力尽くで吹っ飛ばすからいつも通りのお天気模様だ」


 宙に拳を振ってみせると、観察するエミリーは満足した観察結果が得られたのだろう、ウンウンと頷いている。


「それでこそレオナだ」

「コレしかねぇからなぁ。私は。

今も昔も、みんなが変わってもきっとこのまんまさ」


 己の拳を眺める。褐色で、大きくて、少し今日買った赤いコートの袖を被っている。

 今度は自分が頷く番だと思った時、正面の席から冷や水が渡された。

 水は二つ、エミリーとレオナの分である。


 隣のエミリーは「ありがとう」と感謝の言葉と笑顔の後、両手へ受け取る。

 一つを渡されたレオナは、男らしくグビリと呑んだ。

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