第七十話 言っちゃダメって言われてないし
「しかしアレだね。突然室外に出ると寒く感じるね。なんか温かいものでも……おや?」
アダマスらが通りを歩いていると、雨避け布の下に置かれた大きな箱のようなものを見かけた。
主な外装は木製。
されど単なる木箱という訳でもなく、内側からは真鍮で出来た歯車や金属管が剥き出しになって一目に機械であるのが分かる。
「珍しい。『自動販売機』だね。珍しついでになんか飲んでいこうよ」
販売機器は近年、試験的に導入化された機械である。
機構そのものは神殿の聖水売りとして古くから(具体的には製鉄技術が生まれるよりも昔から)存在していたものの、カップ飲料を売るために温度を保てる機能が付いたのは、つい最近の事だ。
指差すアダマスに妹二人はいざ鎌倉と乗り気だが、対してレオナは青い顔をしながら頭のコサージュを弄っている。
シャルはキョトンとした様子で、視線を合わせられないレオナを不思議そうに見つつ問いかけた。
「どうしたのじゃ、行かんのかや?」
「ああ……ええとな……」
「あー。シャル、ちょっと耳を貸して」
「むむっ、お兄様ったら。なんじゃらホイなのじゃ」
何時の間にやら近付かれて、肩を叩かれたシャルは耳を傾ける。
アダマスの囁きに彼女の鼓膜が少しだけ揺れ、次に彼の視線が動く。
視線の先には販売機と似たような配色のパイプ椅子。それが横に置かれていた。
「あの販売機の隣に置かれてる椅子さ、冒険者さんが座ってるね」
「んあ。確かに言われると、なんかソレっぽいの」
「『ソレっぽい』て。他の何に見えていたんだい」
「椅子に腰かけてるヒマな人かなぁと思ったのじゃ」
そこに座るのは熊のような大男だった。
魔物の革で作られたロングコートを羽織り、腰には大振りな拳銃とナタのようなナイフをそれぞれ吊るしている。
ガッシリとした顎を持ち、大量の傷跡はその歴戦ぶりを示していて、実際に隙が無い。
アダマスはどう見ても普通じゃないだろとは思う。
しかし、もしかしてそう感じるのは本当に心が読めると勘違いされる程の観察眼を持つ自分だけで、他の人もシャルと同じような意見なのだろうかと不安になる。
ともあれ深く考えても仕方ないと切り捨てて、次の段落へ駒を進める事にした。
「まあ、そうかも知れないけどね。
オシャレ通りに来てみたものの知識が無くてやる事がなくなったとか、恋人と待ち合わせの約束をしたもののすっぽかされたとか、そんな人かも知れないけどね。
取り敢えずアレは、レオナも反応してるし冒険者さんだと思っといて」
「はいっ。なのじゃ!」
シャルは小さく手を上げて返事をする。
「実は自動販売機の導入で一部の人達が『俺たちの仕事が取られちまう』って自動販売機を壊す事件が前にあってね。
そこで、冒険者さんに自動販売機の警備って依頼を出しているんだ」
「ふーん。それって、冒険者が直接売った方が速くないかや?」
「まあそこらへんはね。目的そのものが、まだ自動販売機で儲ける事じゃないから致し方なしかなあ」
お互いに頷き合って、一拍置いて、アダマスは柔らかく微笑んだ。
しかしこれで終わるわけにはいかないだろうと、頬に指を当ててシャルは考え込む。
「ん?結局レオナの話はどこにいったのかや」
「ああ、レオナはお洒落をしたくてふらふらとオシャレ通りを彷徨っていたけど、恥ずかしくて何もできなかったんだ。
偶然ボクを見つけなかったら『ヒマな人』になっていたかもね。
それで、ある程度恥ずかしいのを見られても大丈夫なボク達相手だからアクセサリーを付けてても大丈夫だったけど、仕事の知り合いを見つけてどうしようかなーって思っているから困っているんだ」
「ああー、なのほどのぅ」
確信を持って一気に言う。
シャルに向けたものと変わらない微笑みをレオナにも向けた。
「だよね、レオナ」
「お、おお……っておい、言うなよ!?」
「言っちゃダメって言われてないし」
頷いた後、折角墓まで大切に取っておこうとした内心なのに、壮絶なネタ晴らしをされて髪の色よりも情熱的な赤色へ顔を染めた。
取ってしまえば良いではないかとも思うが、折角みんなが選んでくれたし、悲しむ顔を見たくない。
でも、ここでジュースを飲まないのは空気読めてないだろう。しかし隣には仕事の同僚。さてどうすれば良いのか。
レオナは内心そう思っていた。
助けが欲しかった。
そうしてパニックのままにアダマスの頬をプニプニと伸ばそうとしたそんな時だ、聞き慣れた声がする。
「話は全て聞かせてもらった!」
声は近くの店の裏口から。
小汚い扉がギィと開かれて、しかしそこには誰もおらず。
ドアノブの上にはマイクの付いたサソリ型ロボが乗っていた。
そしてドアノブには透明のフックが先端に付いたワイヤーが付いている。
ワイヤーは所々に金色のパチンコ玉のようなビーズが付いていて、恐らく空洞になっているのだろう。そこへワイヤーはシュルルと巻き尺のように収納されていき、段々と一本の『チェーン』になっていく。
向かう先は反対側の壁、そこに立つのは肩出しドレスにロングスカートと、これから舞踏会にでも向かいそうな何時もの格好。
透明なフックが変形し、『片眼鏡』になる。
エミリー五つ道具『トンボの片眼鏡』のワイヤー形態だ。
お約束なのでアダマスは台詞をひとつ。
「エミリー、どうしてココに!?」




