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第七話 王子様のキス

 わぁぁぁん。

 びぇぇぇぇん。

 うわぁぁぁぁん。


 シャルは泣く。己でも制御できない力で力いっぱいに泣き叫ぶ。

 泣くと人は顔を濡れティッシュのようにクシャクシャとするもの画だが、コギーは焦燥の意味で顔を丸めた新聞紙の如くグニャグニャにしていた。


「な、泣くなんて卑怯だぞ!

でもな、俺は悪いと思ってねえからな!泣けば許されるだなんて……」


 言いかけたところで、アダマスはコギーの喉に対して指を突く。喉仏の少し上、抑えられて声が出ない。

 心理の裏を突いたような動きだった。

 ゆっくり突いた筈なのに、まるでコギーには見えなかったのだ。


「少し黙っててね。思うことそのものには咎めないから」


 言い訳なんてどうでも良い。

 目の前には泣いている愛しい人が居る。

 足し引きを無視してアダマスが動く理由なんてそれだけで十分だ。


 涙腺を拡げて瞼を赤くするシャルへ向き合った

 腰を手に取ってフワリと抱き、トントンと優しく軽く叩いて、背中を摩った。


 その作業を丁寧に何度か繰り返すと少しだけシャルの情緒が収まってくる。

 ジワリと顔に涙がまだ付いているが、クシャクシャになっていたせいで定まっていなかった瞳は沈静化によって真っ直ぐになる。

 目を覚まして視界に入ってくるのはずっと優しく宥めてくれていた兄の姿だ。


 アダマスは状態を理解すると、まだ笑う事の出来ないシャルの代わりに微笑みを向けた。

 合わせ鏡の兄妹の瞳。

 シャルは自身と同じ色、同じ形の双眸へ吸い込まれ、心地良さへ身に委ねたくなる。

 そうした自身へ寄せられる情念を鋭く汲み取り合わせるのがアダマスだ。

 

 チュウ。

 

 自身への感覚が最大値となるタイミングを見計らい、公衆の面前だというのにシャルの口へ、己の口を恥ずかしげも無く合わせた。


 次第に強く、腕によって腰をキュウと抱きしめて、上から覆い被さる形で妹の口内を貪るようように、唇と舌で犯し征服していく。

 様々な角度から強弱を付けて数秒、深い口付けをしていく度に、シャルの目はトロンと快楽へ身も心も沈めた形になっていった。


 段々とシャルの方からクチャクチャと舌を触手よろしく絡ませて求めるようになる。事実、その舌は人とは別の生き物のように粘液をテカらせながら野性的に動く。

 息継ぎの為に少しだけ見える彼女の口は、三日月の形を取らされていた。

 それは心が征服された証でもある。


 アダマスがシャンパンのコルクのように唾液に濡れた舌で糸引きながら口を離した。

 シャルはまだ覚束ない火照った顔をする。

 まだまだ欲しいのだと名残惜しそうに愛しい彼の胸へ倒れるように寄り添う。


 アダマスの悪い微笑みがシャルを包みこんだ。

 人差し指でシャルの赤く腫れた下瞼に触れ、涙を掬ってやる。目の前に突然指が迫っているにも関わらずシャルは受け入れる。


「君は誰のモノかな、シャル?」


 さて、まだシャルが物心付いたばかりの頃だった。

 彼女が悪さをした際、アダマスがお仕置きだと尻叩きをした事があったのだが、叩かれた彼女は泣き喚いた上に漏らしてしまった時がある。

 泣き止まない妹の感情を抑えようと優しい言葉をかけて漏らした下の処理もしたのだが、それがシャルの被虐性癖のはじまりでもあった。

 そうして色欲と愛情を絡み合わせた気持ちを兄へ向け、兄妹で肉体関係を持って以来そのままに現在へ至る。

 彼女は己の気持ちを伝える為に何年も口に出し続けてきた事を言う。パブロフの犬よろしく最早細胞の奥まで染み付いている反射的な行動だった。

 言われたままにシャルはだらしない顔で自動的に口を動かしていたのだ。


「ひゃ、ひゃい……シャルはお兄ひゃまのモノでひゅ……。この髪の先から内臓の隅々まで、全部全部お兄様のモノでひゅぅ。

どうかシャルにご奉仕させてぐだひゃい」


 先程まで泣いていたせいか、舌は覚束ない。

 回答に対しアダマスは満足したように嗜虐的な微笑みをより深くした。

 先程涙を拭った指で彼女の唇をなぞる。


「うんうん、シャルはいい子に育ったねぇ。

シャルの涙も、シャルの悲しみも、みんなみんなボクのモノだ。

もう、ボクに捧げるような悲しみは残っているかな?」

「い、いえ……」

「んっ、そうか!じゃあ、ちょっと待っててね。

シャルはそうして、ボクに黙って身を委ねていれば良い。

そうすれば後で続きをしてあげるからさ」


 そう言ってアダマスはシャルへ背中を見せて歩む。

 確かに男性恐怖症は、人として生きていくからには何れシャルが向き合わなければいけない問題だろう。

 しかし、今向き合う必要もない筈だ。寧ろパスタ屋の店主のように少しずつ慣らしていくものであって、このように追い詰めるような荒療治はどうかと考える。


 戦わない事、逃げる事、それらは一般的な美徳道徳とは程遠いものだ。

 しかし、してはいけない理由もない。

 必要の無い時は、分かる者が代わりに向き合ってやれば良い。それだけの事だ。

 だってアダマスは、『お兄様』なのだから。


 アダマスは口元をネットリさせた笑みを作る。

 しかし目は笑っていない。そんな顔を別の人物へ向けた。

 そうして視界に収まったのはゾッとした危機感に顔を青くするコギーだ。

 今迄一歩たりとも引く事の無かったコギーが、はじめて一歩引いていた。


 人はそれを『ドン引き』と呼ぶ。


「さて、コギーくん。色々遅くなったね。

ボクはアダマス。シャルの兄だ」

「兄……兄だと?その関係、絶対に只の兄じゃねぇだろう」

「うん、実はシャルはボクの妻でもある。

婚姻届だってあるよ。妹と結婚する事はこの王国で禁止そのものはされていないし」


 応えを返された方は常識的な反応を示す。即ち指を向けてあんぐりと口と目を開けるのだ。顔を真っ赤にする事も忘れない。「ええー!?」と。

 血縁関係、恋愛観、年齢等々様々な常識外れな事実にブン殴られて、コギーはカルチャーショックに襲われた。

 そんな脳内を知ったような顔で淡々とアダマスは続ける。


「コギーくん、君は自分が悪くないと言ったね。確かにそれは正しいよ。

でも世の中はそれ以上に、強い人間が正しいように出来ていてね」


 そう言いながら、手を握っては開いてを繰り返す。

 その上に乗っかっている頭には、ドス黒さを隠そうともしない邪悪な笑いが滲み出ていた。

 オモチャを見付けたチンピラの顔とも言う。


「さて、自分の女を泣かされた男は黙っているべきかな。いやいや、戦わなきゃねぇ」


 言葉だけなら綺麗事だった。


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