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第六十九話 口紅を塗り塗り

 身長2m。髪型は赤のベリーショートで肌は褐色。

 ついでに年齢21歳で、これでもかという程肉体派の女。それがレオナだ。


 そんな彼女の耳からはブラリとザ・子供のセンスによって選ばれたテディベアのイヤリングがぶら下がっていた。

 選んだマーガレットはキラキラした顔で次のアクセサリーをどうするかを、姉と楽しそうにキャッキャと遊ぶ気持ちが九割程で選ぶ。

 しかし、付けている本人は微妙な顔を隠せない。そんな彼女の肩が、ポンと叩かれた。

 隣に座るアダマスによるものだ。


「ボクは似合ってると思うよ?」

「そうかぁ?イメージと違いすぎてケバくなってないか。

こんなトコをジンの野郎、ましてやアーサーなんかに見られたら……」


 アダマスはワナワナと震える彼女の顔を覗き込んだ。

 身長差があるだけあって下から覗くのはとても楽だし、レオナも覗かれるのに慣れている。


「なやんでるなぁ。こんな綺麗な顔なのに」

「はっ、お世辞なら辞めておきな」

「いやいやホントだって。望むならラブラブなキッスもしちゃうよ?

ちょっとニュースになるくらいの闇が深いやつ」


 そう言ってアダマスは一気に顔を迫らせた。

 覗き込まれるのは慣れているが、そこから迫られるのに慣れないレオナは耳をボンヤリ赤くする。彼女は厚い唇を半開きにして成り行きがままに身を任せるしかなかった。

 そして合わさってしまうかという位に近付いた顔。

 レオナはキュッと目を閉じる。


 直後、己の唇に期待したのは柔らかな感触。

 しかし感じたのは、柔らかなものの期待したものではない。これは『唇』というより『指』に近い。

 と、指に近いというより。


「指じゃねーか!」

「スイーツなキスの方が良かったかにゃん?」

「にゃんってなんだよ!」

「さあ?思い付き」


 パチリと開いた眼前。

 アダマスは安い試し塗り用の口紅片手にケラケラと笑っていた。

 白い歯を出して笑うのは、単なる悪戯小僧の顔であり、実に年相応だ。

 笑って小刻みに肩が揺れるたび、変なモミアゲがピョンピョンと揺れるのが印象的。


 彼の指先は赤くなり、なるほど一旦口紅を指先に塗ってから、彼女の唇へ『イタズラ書き』をしたのだろう。

 近くを見ると『化粧品コーナー』と書いてある看板があった。


(もうアクセサリー関係ないだろコレ)


 面白くなさそうに感じるレオナは唇を尖らす。

 そしてアダマスの首根っこを猫のように掴んで、ヒョイと持ち上げた。

 しかし、彼の今度の表情は、まるでワイン片手に恋人へ愛を(ささや)く青年のようにニマニマとしたものである。

 そのように相手方の反応を楽しむ笑い方をするのを見ると、安酒を頼む要領でにぶっきらぼうな一言を吐いた。


「とりあえず、鏡」

「はいどうぞ。よく似合っているよ」


 とても息を合わせたタイミングで、手鏡を見て見せられる。鏡の縁は可愛らしい熊のキャラクターが飾られていて、マーガレットが好きそうだ。

 そこにはジャラジャラと頭を飾り付け、自分なら絶対やらない化粧なんぞをする見慣れない女が映っていた。


「……ふんっ、気に喰わない(ツラ)だね」

「アハハ。ありがとー」


 鏡の中にいる女は、不味い酒を呑んだように不愉快な顔を作っていた。

 未だに首根っこを掴まれながらニコニコと笑うアダマスに悪意が無い事が、余計に気に喰わない。

 だから腕を動かして顔を此方から近付けさせると、強引に唇を合わせる。

 間接的にアダマスの唇にも口紅が付いた。


「まあ、付いたものは仕方ねぇ。全部やっちゃってくれ」

「またまた~。レオナさんったら満更(まんざら)でもないくせに」


 再びニマニマと笑う彼を椅子へ降ろすと、その頬をグニグニと両端へ引っ張る。年相応に柔らかく、餅のようによく伸びた。

 そして顔を横に長くしつつも、読心術で感情を読んでは楽しそうに口紅を塗る。


「レオナは厚い唇だから薄めの化粧がよく似合うんだにゃー」

「その『にゃー』ってのも思い付きか?」

「いや、これは顔を引っ張られて口が上手く動かせないだけなんだにゃー」

「ああ、なるほど」


 腑に落ちて、そのまま話すことが特になくなってしまった。

 自然と化粧に対する感触を楽しむ事になる。

 生きてて21年、嫁入りの時以外は「あんな軟弱な物、付けるものか」と思っていたものだが(たま)にはいいのかも。

 思想に浸っていると何時の間にやら、シャルとマーガレットがレオナを見ていた。


「「ジー」なのじゃ」

「な、なんだよ」

「さっきマーガレットと相談してみたのじゃが、今度は服を見に行くことにしたのじゃ」

「ふーん。そうなのか」


 ああそうかと頷くと、今度は姉妹がキョトンとする。

 一瞬どういうことか理解が及ばなかったが、「もしや」といった思想が脳髄を駆ける。

 頬を搔いてレオナは小さく口を開いた。


「……私も来いと?」

「当たり前じゃろう!」

「何が当たり前なんだか分からないが、私はただ通りかかっただけだぞ」


 眉間に皺を寄せるレオナ。

 それをアダマスは「本当に行く気がないなら、冒険者ギルドでチンピラ相手にするように無言で立ち去ってしまえばいいのに」と思いながら微笑ましく見ていた。

 故にもう一押し入れてみる。


「まあまあ。お金はボクが出すから、折角だし皆の分を見に行こうよ。たまには別の服を着たレオナが見てみたくなっちゃった。

そのアクセサリーに合う服とかね」


 アダマスはそう言って彼女の手を握り、椅子にかけていた腰を持ち上げる。

 レオナが立つのをジィと待つと、彼女は少し嬉しそうに大きく口を開いた。


「チッ、仕方ねーな!」

「うん。ごめーんね」


 ニシシと無邪気に笑うアダマス。

 レオナは立ち上がり、トコトコ歩く彼に付いていくのだった。

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