第六十五話 マーガレットの髪型が変に気合入ってた件
「では失礼します」
言ってハンナが部屋に入った。
ガラガラとワゴンを押し、その後ろには娘のマーガレットが付いて来る、そんな彼女らの行動はいつも通りだが、マーガレットの格好にいつもと違うところもひとつ。
気になったアダマスはつい口を自然に開いていた。
「マーガレット、髪型変えた?」
何時ものマーガレットは前髪をオデコの半分ほどまで切ったオカッパ寄りの外跳ねボブヘアだが、今日はそこにウェーブがかかっていた。
言われた彼女はフフンと得意気な顔をして、胸を張る。
「今日の私は早起きだったので、髪の毛をヘアアイロンで巻いてみたのですよ」
「おー、偉いね。似合ってるよ」
「うぇーい。では着付けをしますね」
「うん。慣れないだろうけど頑張って」
そんなやり取りをしつつ、珍しく今日はマーガレットが主人の着付けを行うらしい。
会話の入り方が自然だったので、たまにはと彼女の方から願い出たのである。いい感じにリラックスしているのでハンナも了承した。
「んんっ、少し緊張してるかな?それとも優しくエスコートしてあげようか」
「そ、そんな事ないですよー。ホラ、私ってばウェーイとか言っちゃってますし、元気いっぱいマーガレットちゃんですよー。ウェーイ」
カジュアルな服の着付けは結構行っているのだが、こうした儀礼的な服の着付けはあまりせず、比較的リラックスしているとはいえ、肩に力が入っている。
軽口は叩くが何だかんだと根は真面目なのがマーガレットだ。
指先が少し震えていた。
ポンとアダマスは軽い話題を振る。
「それで、その髪型は続けたりするの?」
「ふぇっ!?あ、ああ。髪型ですね。
いえ、流石に毎日はキツいですかね、明日はいつも通りの髪型ですよ」
「ふーん、まあマーガレットは素材が良いからどんな髪型でも似合うと思うよ」
ブラウスを着付けられた彼はそう言って、マーガレットの顎をクィと上げる。
顔は近く今にもキスをしてしまいそう。マーガレットはふざける事も忘れ、甘い雰囲気に飲まれてすっかり頰を赤らめた。
それを嫉妬半分、賛辞半分で見る空色の双眸がある。
(よっしゃマーガレット、髪の話題にもっていくとはナイス天然!
これで自然にモミアゲの話に持っていける)
ハンナから着付けを受けているシャルがガッツポーズを取っていた。
少し身体が動き、注意を受ける。
「あらあら。お嬢様、動かないで下さいね」
「あっ。すまんのじゃ」
「それにしても髪に興味がおありで?」
「おお、そうそう。実はの……」
もうここまで来ればモミアゲの話題へあと少しだ。
身振り手振りは着付けの最中なので出来ないが、視線を兄の方へ向け、そこに反応するのは当人アダマスである。
シャルの視線から判断出来るのは『何か言いたい事がある』という気持ち。
彼は取り敢えず促しておこうと軽く感じ、シャルへ尋ねた。
「実は……?」
「実は髪の事なんじゃが」
注意がアダマスのモミアゲに向かったので、それに触れようとしたそんな時だ。
今度はアダマスの着付けをしていたマーガレットから声があがる。
「あーっ、ご主人様ー。動いちゃダメですよー」
「おっとゴメンよ。それでマーガレット、今のボクの髪って何か変な事ある?」
「え……ええと……ん!?」
突然マーガレットの顔が訝しげになって、様々な方向からモミアゲを見るようになる。
それをビヨンビヨン。
ネコジャラシのように指で弾くを繰り返しては、目を輝かせた。
シャルの想いとは裏腹に、気に入ってしまったのである。ちなみに何故今まで気付かなかったかは、特に注意して見ていなかったから。
楽しそうな様子の彼女を見て、少しホッコリしつつもこれ以上続けると長くなりそうなので再び尋ねる。
「こらこら。何か楽しい事になっているのは分かるけど、ちゃんと報告してくれなきゃ」
「これは申し訳ない」
「それで何があるんだい?」
そこでマーガレットがワゴンから取り出すのは手鏡。何か名のある名工が作り出したものらしいが詳しい事は不明。
そんな事はどうでも良いが、持つ側の表情がなんとも言えない事。そして遠く、シャルの表情がとても不安気な事に対してどこかモヤモヤしたものを覚える。
「このように、ご主人様のモミアゲが凄いことに……」
ジィと見る。なるほど、確かにこれは凄い!
それはそれとしてシャルの顔から『罪悪感』が読み取れる。
つまり、彼女が何かしらの形でコレの形成に関わっているのだろうが、折角だし何か面白い事に使えないものか。
表に出さないが内心笑いつつ深く頷いた。それこそとても楽しそうに。
「おおー。これはこれは……珍しい寝癖もあるものだ」
「寝癖の一言で済ますモノですかねえ」
「なってしまったモノは仕方ないよ。
まあ、逆に考えると面白いかもよ?偶に寝癖が格好いい髪型になっている時はあるけど、こうやって絶対に出来ないような形は非常に興味深い。
折角だし、そのまんまにしておくよ」
「りょーかいです」
そんなモノかと作業を続けようとするマーガレットと、内心胸を撫で下ろすシャル。
このまま自分がやってしまった事は黙ってしまおうか。
シャルは一瞬そう思ったが、心の奥にシコリを感じ、直感的にいけない事と判断。
少し真面目に考えた途端、突然アダマスが彼女の方向へ首を向けた。
「ところでシャルは、さっきまで何が言いたかったのかな?」
「ひゅいっ!?」
アダマスの微笑みには、少し嗜虐の色が含まれていた。
彼は敢えて、人為的な手段で『寝癖』が作られたとは言わない。




