第六十四話 シャルは大変なモミアゲを残していきました
いつもの変わらぬ朝、いつも通りに兄の部屋。しかし頭を抱えるシャル。
彼女には思うことがあったのだ。
「お兄様のモミアゲが凄いことになってしもうた」
◆
発端はシャルが何時もより早く起床した事にある。
彼女は当たり前のようにアダマスの布団の中からピョコリと顔を出していた。まるで草むらから顔を出す小動物である。
天気は晴れだというのに気温は低い。
「おお寒っ」
ついつい声が漏れてしまった。
そこでふと覚えた違和感は、自分の声しかしない事。
何時もは兄の「おはよう」が聞こえる筈である。上半身裸で新聞を読んでいる時もあるだろう。だが、今回それはなし。
「おや、これはまさか!……の、まさかかや」
的中する予感。枕側に首を傾けると彼の寝顔が見える。
兄より早く起きる事がたまにある。たまにしかないから、謎の勝利感で拳を握りしめた。
「今日は妾の勝ちじゃな、お兄様。
クックック、寝顔でご飯三杯はいけそうな気がするのう」
尚、勝ちといってもどうとする事はない。
ただ折角なので両手を以て頬杖を突き、ニコニコとしながら首を左右にメトロノームのように振り、ルンルンと寝顔を眺める。
睫毛は長く、肌は張りがあり柔らかそうだ。呼吸で上下する喉は発達途中なのだろう喉仏がまだ無い。
眺めるだけに満足出来なくなり、片手で頰をこねくり回すと予想通り餅のように柔らかい。
思わず蕩けた顔になって、しかし気にせずに抱きつき、これでもかという笑顔で頰をくっ付き合わせた。
少しヒンヤリとするが、逆にそれがフェチ感を刺激されて逆にシャル自身の熱はヒートアップ。ついつい色々と別の部分を弄ってしまう。
そうして深く弄る事で、何かが気になりはじめた。
「……ん、なんじゃろ。
お兄様って結構クシャ髪な髪型じゃから見始めたばかりの頃は気にならんかったのに一度気になると物凄い気になる」
そこで本題。
少し長めのモミアゲに目がいったのだ。
この日、アダマスのモミアゲは寝癖でかなり上に跳ねていた。
取り敢えずピョコピョコと髪を弄ってみる。髪を弾く度に戻るのは少し面白い。
面白さの熱が上がり、ついついネコジャラシに夢中になる猫のように、時間を忘れて何度も弾いてしまう。
だからやや汗ばんできた、そんな時だ。
「気のせいかの。なんかはじめと形が変わっておらんか?」
はじめは上に跳ねていただけのモミアゲは先端が下に下り、まるで波のような形になっていた。
頭の中を原因や解決法など、様々な思考が入り乱れて妄想が途中で発生して最終的にピンク色になったところで現実に戻り首を捻る。
「うーむ、どうにかならんかの。
水を付ければどうにかなる気もするが、なんかココまで来ると妾が直したい気分にさせられる」
巻き髪を作る時のようにモミアゲをカーラーで内側に巻けばバランスが良くなるだろうか。
今は手元にカーラーが無いので、自分の指でクルクルと髪を巻く。そこで何かを閃いた、悪巧みをする時の顔になる。
ワザとらしくキョロキョロと。目をアーモンドのような形にしながら周りを見回して、棒読みで残念がってみせた。
「おやー、髪の毛を固定するにはドライヤーが必要なのに乾かすものがないのー。困ったのー。
仕方ないので妾の息でフーフーするしかないのー」
棒読みながらも頰を赤く染め、キスをする口の形で急接近。心臓を生娘のようにドキドキさせながら、暑い息を吹きかける。
息では出力が低いので、何度も吹きかける訳だがその度に恋の鼓動が止まらない。
「お兄様の髪にっ!妾の匂いがっ!!息でいっぱいついとるっ!!!嗚呼この背徳感、堪らんのぅ。堪らんのぅ。
エヘヘヘヘ」
そうして息を荒くし、内股になってモジモジと己の太腿同士をこすり合せる。
恍惚とした表情で背筋から肩にかけてゾクゾクと身体を震わせると、何処かスッキリしたような、憑き物が落ちて賢者のような表情になった。
「ふぅ。
さて気を取り直そうかの。そろそろ良い頃じゃろか。先ずはクルクル髪を巻いた指を抜いて……え?」
シャルの目が見開かれた。
口は苦虫を噛み潰した顔になり、片眉は大きく上げられて、目と目の間にはシワが寄る。
「なんじゃこりゃ」
アダマスのモミアゲが、バネのような螺旋を描き外に跳ね、何故か先端がハートの形になっている。
つい標準語になってしまいそうな衝撃がシャルを襲った。ゴクリと息を呑み、深刻な顔をし、取り敢えず思うことはひとつ。
「……お兄様が起きたら謝ろう!」
「うぅん、ふわぁぁぁ」
決心の瞬間にカウンターの如くやってきた本人の起床。それには面食らって肩をビクリと震わせてしまう。突然の事で言葉が出ない。
「うっほぉあぁ!?」
「おはよーシャル。なんか凄い驚きっぷりだね。
それにしても今日は起きるのが早いんだね、良い子だ。よしよし」
天使のような柔らかい笑顔でシャルを撫でた。普段なら喜ぶところだろう。
しかし、モミアゲが気になって仕方ない。
「はひっ、ありがとーございますなのじゃ、お兄様」
「ん。どーいたしまして。
それにしても妙にギクシャクしているけど、どうしたんだい?」
「じ、実は……」
全裸土下座でもしようかとしたその時だ。ノックされる音がした。
「坊っちゃま、お嬢様。ハンナです。入りますねー」
「はーい。
あ、ごめんねシャル。今日は寒いしハンナさんをドアの前で待たせる訳にもいかないから後でね」
そしてアダマスはいつも通りの朝を迎える。モミアゲを凄い状態にしながら。




