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第六十三話 そして日常へ

 樹海の草むら。

 普通に渡ろうとするならガサガサと大きく音を立てるものだが、長年の暗殺技術がそれをさせない。

 オズワルドは樹海を抜けようとしていた。その慣れた足取りは森を歩くそれを超えて、整備された街道を進むようである。


「甘い、甘すぎる!殺さないとはバカな娘め。

生きている限りチャンスはいくらでもある。寧ろ対策のしがいがあるってもじゃて。だから今度こそ……ムッ!」


 カサリと眼前の草むらが揺れた。

 常人であれば風や野生動物によって揺らされた程度にしか思わない。

 しかし、間違いなく人型の生物によって起こされた揺れなのだと脳裏を走った直感が言う。


 だからとその通りになった。人影が横から現れたのだ。

 全身が露わになる前に先ず地面の土を蹴り上げる。こんな事をして近付く人間が味方な筈もなし。視界を奪ったところへ、全力を以って肉体強化。

 一時的だが銃弾よりも素早くなれるその技で、一気に前に向かって撤退した。

 流派によって名前は違うが、暗殺者の中ではポピュラーな魔術だ。

 簡単に取得出来る代わりに障害物に(かす)りでもすると大怪我は免れない。なので覚えてからの経験値が重視される技だ。

 彼はそれを、障害物だらけの樹海でやってのけた。


(森でのワシが接近に気付かんかった!?

ヤバイの。何者かは知らんが、戦わず逃げるに如かずじゃ!)


 樹海の木肌を蹴りながら上下左右に立体起動して逃げる方向を変える。逃げる先は決まっているので、かなり動きはスムーズだった。

 その『目的地』とは、はじめの目的地ではなく、長年此処で生きていて、偶然自分が見つけた『経路』。磁気と魔力によってコンピュータでも惑わされるような場所だった。


 先ずはそこへ到着して、一ヶ月ほど自給自足で身を潜めておけば向こうも諦めるだろう。考えながら辺りを見回した。

 件の場所へ到着したのである。


「ふう、危なかったの。さて、取り合えず水場から……。ん?背中になんか棒で突かれたような妙な感触……ガ……ガ……。

カラダが……動カナ……イ!?」


 突如全身の力が抜けて、呼吸も筋肉も自由にならなくなった。

 地面が迫っているように見える。地面に両膝をついて前に土下座をするように前に倒れ伏せた。

 心臓が止まっているのである。

 血液が送られない脳でオズワルドは必死に思考を巡らせ、辿り着くのはひとつの笑い話。


(お、思い出したぞ!

確か、ずっと昔の『脱走者』の噂。アレが真実だったとでもいうのか!?)



 二十年以上昔。

 同業者のオズワルドだから知り得た情報だが、国王が子飼いにしている暗殺者集団のひとつが壊滅していた。


 その壊滅の仕方が妙なもので、『行方不明』になった一人の少女のものを除いて心臓発作としか思えない死体が全員分建物内に転がっていたのであったそうだ。

 目立った外傷もなく、毒物使用の痕跡も無し。敢えて言うなら幾つかの死体には『棒で突いて作ったような青アザ』が出来ていた程度だという。


 生き残っているかも知れないという少女の居場所を探る為、国王は『捜索願い』を貼り出してみるがとうとう見つからず。

 そして既に死亡していると判断され、捜索は中断されたそうな。


 その際に「実はその少女が犯人で、組織を皆殺しにして脱走したんじゃないか」という話もあったが、流石にそれは無いと一笑に終わった。



(影の存在の更に候補生程度だったので写真も、生き残りが居ない為正確な似顔絵も残っていなかった。

しかし手配書に書いてあった特徴は、ウグイス色の瞳、真鍮色の髪の毛。

名前を与えられていない筈なのに自分の名前を勝手に名乗る事。

何処にでもある名前をなんでそんな大切にするか、話題になったものだが、確かその名は……『ハンナ』!)


 そこまで思い出し、彼は今度こそ生き絶える。

 後ろから見下ろすのは鋭い相貌。彼女はそこらで拾ったモップの柄程度の長さの棒を持っていた。

 動くのは口紅の塗られた艶やかな唇。


「私達と坊っちゃまとの安らかな暮らしを邪魔させはしませんわよ?

オホホホホホ……」


 高笑いは誰知らぬ樹海の奥へ溶けて消えていく。

 その後、オズワルドの身体がどうなったかは『誰も』知らない。



 そして次の日の朝。領主の屋敷、アダマスの寝室。

 チュンチュンと小鳥が(さえず)り、「もうこんな時間か」と、シャルはアダマスのベッドから目を覚ました。

 布団からピョコリと顔を出すと、布団に下半身を入れたままの兄が新聞を読んでいる。


 昨日は化粧と服装で女性にしか見えなかった。

 しかし引き締まった身体を見るとやはり男性のものなのだなぁと感じていると、いつもの挨拶がやってくる。


「おはようシャル。昨日は慣れないお仕事で大変だったそうだね」

「むにゅにゅ。おはよーなのじゃぁ、お兄様。

まだ少し頭痛が痛くってのぅ」

「頭痛が痛いとは贅沢な言葉だなぁ。まあ、よく頑張った、撫でてあげる」

「わーい」


 まだ髪を結んでもいない、寝間着も着ていない。

 そんなシャルはワシワシと撫でられながらアダマスの首へ腕を絡める。

絡めた手を以ってググッと力を込めて上半身を持ち上げるが、彼はそれを気にせずに支えた。

 ついでにシャルは白い肌を(こす)り付ける。

 すると同じ視線に立つ事で、彼が読んでいた新聞に目がいく。


【・冒険者が冒険者を襲う!

冒険者オズワルド氏が、迷宮探索中に同僚のドーフン容疑者に襲われ、両者が死亡したのを同行していた木級冒険者が報告した。

現場は迷宮と街道の境目にある樹海で、領主としては今後このような事故を未然に防げるよう、森番の増員など警備の強化を急ぐとの話】


 シャルは嫌そうな顔で「また仕事が増えるのか」と、新聞を目の敵にしながらアダマスを盾にするようにして寄り添う。

 まるで小動物のようだと思いながら撫でて、ハンナから聞いたことを伝えた。


「ああ、コレね。大丈夫だよ。

なんか細かい所はハンナさんが全部やってくれるらしくて、ボク達はサインして終わりの仕事らしいよ」

「ええっ。そこまで全部任せちゃって大丈夫なのかの」

「ボクもそう思ってハンナさんと打ち合わせしてみたけど、普通に無理のない案だと思ったな。

森番に冒険者を使う事で雇用を増やすって考えもあるとか」

「ふーん、ハンナはホント色々器用なのだのう。

隙ありっ」


 シャルはベッドの上でアダマスの頰にキスをして、やられたアダマスは、彼女にやり返す。幾分か乳繰り合っているとノック音が部屋に鳴った。


「坊っちゃま、お嬢様、ハンナです。

お召し物をお持ちしました。

「「ハーイ」」


 今日も『変わらぬ』一日が来て、明日もまた『平和』に終わるのだろう。

 何時も通りにメイド服を身に(まと)うハンナは、何時も通りに微笑みを浮かべて扉を開くのであった。

これにて今章は終了となり、ヒロイン紹介も全員が終了です。

次回は年末年始の都合で少々遅れる予定です。

皆さま、良いお年を。

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