第六十二話 殴って解決するならそれでよし
「ところでレオナ。宇宙はどうだった?スケベだった?」
「先ず聞くことがそれかよ。お前スケベ大好きだな」
「うん。ボク、スケベだーっい好き」
大荒れの後に静かになった崖型迷宮。
アダマスは両の手を広げて心の内から湧き上がる大きな感情を披露していた。その表情は微笑ましい満面の笑みである。
レオナは唇を尖らせながら広げられた手を取った。
その体勢からふわりと宙に舞いがらせ、お姫様抱っこで彼を迎え入れ。
「だいたい、スケベな宇宙ってどんなのだ」
「ボクも思い付きで言っただけだしなんとも言えない。
やっぱ、触手性のスケベな宇宙人とか居たり、エッチな気分になったり、見渡す限りピンク色だったりするんじゃないのかな」
そう言うアダマスがふと見やったのは、レオナの唇。化粧気はないが元が厚めでなので、十分な色気がある。
それを彼は付け爪でツンとつついて弄ってみた。プルプルと弾力のある感触が返ってくるが、突かれる本人はこれとして気にしない。
実のところ突かれて内心ちょっと楽しんでいる。
が、ツンケンした態度のままを維持すると『キャラ崩壊』が起こってしまうので諦めていたのだ。
せちがい世の中である。
「残念ながら普通だったよ。
宇宙人じゃなくて変な機械しか飛んでなかったし、気分は無我夢中でスケベどころじゃなかった。
ついでに周りは普通に真っ暗だ」
「ちぇ、真っ暗なのかぁ。でもなんで?」
「え、いや、なんでって言われても……ええと……」
アダマスはプウと頰を膨らませた。
レオナは取り敢えず思いつくがままに膨らむ頰を横から押さえ付ければ、彼の口から含んだ空気が顔にかかって、タコみたいな顔になる。
でも実際のところなんで暗闇かはよく分からないので眉間に皺を寄せながら、ひゅんとハンナへ首を向けた。ここで何時も冒険者相手に言うようぶっきらぼうに「知るかボケ」とでも言ってしまえば楽になれるが、何故か言えない。
「おいハンナ、なんで宇宙は真っ暗なんだ!」
「宇宙は真空なので太陽光を反射する空気の分子が無いからですね」
「だ、そうだ」
「おお、そうなのかぁ。ありがと」
アダマスは感心し、宇宙へのロマンを深める。
いっそ次のデートスポットはレオナの謎バリアを二人同時に包んで宇宙旅行なんてのも良いかも知れない。そんな思想に少し触れている時、意識の外に置いていた声が聞こえてきた。
「ええい、放置するな!なんかムシャクシャするじゃろ!」
カプセルから出てきたオズワルドが叫んでいる。
聞いているアダマスとしては目を眇めて、高まってきたテンションを邪魔された事を恨むしか出来ないし、レオナに至っては素直に心の内を声に出す。とてもドライに。
「あ、居たんだ」
「そりゃ居るじゃろ、ワシ黒幕じゃよ?」
「黒幕ぅ?ねーだろ。
どう見ても使いっぱじゃねーか。私はお嬢の相手で忙しいんだ。帰って良いよ、見逃してやる」
虫を払うようにパタパタと片手で追い払う動作。
虫と同様に扱うのだとオズワルドは捉えた。
冒険者としてならともかく、密偵としてここまで馬鹿にされたのは初めてだ。
プライドが一気に傷付くあまり一瞬ナイフの一本でも投げてやろうと袖に手をかけるが、辞めた。
「……ふんっ!
良い度胸じゃ小娘。だがなっ!この事は陛下に報告させてもらうぞ」
行き場のない感情を堪えるかのように両手を下へ降ろす。
くるりと身体を回し、はじめよりも小さな背中を見せながら彼は捨て台詞。
情けない背中へレオナは握り拳の甲を向けると、大きな鼻息で笑って大きく叫ぶ。
「はっ!
ならよぉ、王国の椅子でふんぞり返って命令を出しているだけのマス掻き野郎に伝えときな。
テメェが覗き見しようがコソ泥しようが、知ったこっちゃねぇよ。
でもな、私の大切なものに手を出すってんなら、容赦はしねぇ。
宇宙の果てまで殴り飛ばしてやっからよ!」
見栄の色は無し。寧ろ獲物を逃さまいとする肉食獣の雄叫びが如し。
故にオズワルドは少しビクリと震わせ、何も言わず煙管を口に咥えて火を入れる。
普段は周りの魔物に知られたり植物への引火などが怖くてやらない事だが、吸いたい時もあるものだ。心を落ち着かせたい。
それに考えうる危険が全て起きようとも、それらを全てどうにか出来てしまう人間が、皮肉な事に直ぐ近くにいるのだ。そう自身を誤魔化した。
「……ほへー」
一方でアーサーは開いた口が塞がらない。
この様子を遠くから見て、結局なにも出来なかった。自慢のサーベルは鞘に納められていて、今後も抜く予定はない。
「ねえ、ハンナ記者。聞いてくれるかな」
「ハイハイ。私で良ければ」
「僕はさ、誰もが考える安っぽい英雄になりたかったんだ。
この剣で悪いドラゴンを退治して、冒険者として成り上がって、格好よく困っている人達を助ける。みんなにチヤホヤされる。
そんな英雄にさ」
「ふむふむ。なれば良いではないですか」
しかしアーサーは皮肉めいた笑いを浮かべて首を振る。空の向こうを仰いで見る。
時間は一瞬であったが、先程まで空は確かに赤い炎一色に染まっていた。
「あんなに強いレオナが、僕でも思いつくような理想通りに動けていない。
世界は力だけでどうにかなるほど簡単でないんだ。
そう実感すると途端に虚しくなってね」
笑顔のまま下を向いて溜め息を吐く。
しかし、ハンナはそれを「良い事」であると捉えていた。
まだこの男には『利用価値』が沢山あるではないかと。
「あら。それは視点の違いですわ。貴方だってなれますわよ、『英雄』に」
「そうかな……」
「ええ。視点を変えるだけで良いのですから」
この男は貴族出身だ。
つまりは冒険者ギルドを通し、貴族しか出来ない雑用を色々押し付けておけば良いのである。「アナタにしか出来ない仕事なのです」とでも付け加えて。
死角からハンナはほくそ笑んでいた。




