第五十八話 迷宮突入
捻れた木々が密集する。
木には紐が結ばれて、それが迷宮まで繋がっているのだ。
昨日、アーサーが帰り際に作った道しるべである。
先程まで事務所に居た面子は、紐を辿ってガサガサと草を掻き分けながら歩いていた。
尚、アダマスだけはレオナにお姫様抱っこされている。彼は少し不満気な表情を見せた。
「ボク一人でも歩けるんじゃないかな」
「その厚底ゴスロリブーツで樹海を歩くとか、無理ってレベルじゃないだろ。
寝てても良いから大人しく抱かれとけ」
互いに「やれやれ」という想いを抱く。
そしてハンナは、その様子を面白そうにカメラに収めていた。特にニュースにする事ではないので、ただの家族写真的なノリで楽しむアルバム用だろう。
彼女は街中を歩く革靴と同じものを履いているくせに、意に介さず普段と同じ動きをする
「ハンナは革靴なのに簡単に歩くよね」
「あらあら、お嬢様。革靴は本人の力量次第で自由に動ける便利なアイテムなのですわよ?
ダンスも踊れますし、私服憲兵だって愛用しているではないですか」
余談であるがマイケル・ジャクソンが使用していたのも普通の革靴だったそうな。
彼女は何の変哲もない、安物の革靴を少し持ち上げてみせた。
「そんなもんかぁ。でも、私服憲兵の革靴って、革靴というよりは革靴風スニーカーだった気が……」
「あらあら、細かい事は気にしちゃダメですわよ。
まあ、それとして折角ですし金級冒険者さんにインタビューしてみましょう。
オズワルドさーん」
ハンナは話題を逸らす。
山に詳しいとの事で皆を先導する役目に選ばれていたオズワルドは、くいと首を小さく後ろに回して応えた。
「なんじゃい」
「オズワルドさんは現在金級ですが、そこに至る秘訣とは?」
「ひけつぅー?んー、秘訣のう」
火を入れていない煙管。
それでコメカミをグリグリと当てて考える仕草をし、モゾモゾと口布が動いた。
「特に無いかのぅ。
ただ童ん頃にイカズチ草採取からはじめて、上を裏切らないよう心がけて十年くらいしたら銅のライセンスなんかぶら下げてての。
その後も変わらず、こんなジジイになるまで採取しとったら、結構最近に金級になっちょった。
一応『領民にならないか』と何世代か前の領主様にも言われたんじゃが、他の生き方をする事も出来なくて、まだこんな事をしとるよ。
フォッフォッフォッ」
毒にも薬にもならない意見だった。
しかし、そのライセンスの汚れ具合から、金級になったのはかなり昔だと判断出来るが、オズワルドは『結構最近』と言って切る。
大した事ではあるのだが、インパクトから新聞に掲載される事はないだろう。
彼はそう言って「もういいかの」と肺に溜め込んだ息を吐き、再び前に進む。
すると森を掻き分けたその先に、茶色い崖地が昼過ぎの陽光に当てられていた。
迷宮への到着である。
◆
アーサーが言うままに迷宮を進むと、確かに崖地の下に首のないドラゴンの死体が見つかった。
死んでから一日以上とかなり時間が経っているというのに、未だ形が残っているのはドラゴン特有の免疫力の高さと言える。
その隣には、確かに見たことのない物体で出来た巨大なトウモロコシのような、もっと言えばカプセルのようなものがあった。
程度としては、人が一人入れそうな大きさ。
しかし専門家でないレオナにはこれが何を成す為に作られたのかはまるで分からない。
確かな事と言えば、崖上に穴がひとつ空いているので、アソコから目の前のオーパーツがドラゴンの頭に落下してくれば、仕留めるに十分な威力だという事くらいだ。
ハンナが写真を撮っていると、珍しくオズワルドが動揺して手を左右に揺らした。
「ハンナ記者よ。
新たに見つかったオーパーツを撮るなど、勝手にして良いのかの。機密の塊じゃぞ」
言われてハンナは頰に手を当てる。
その様子はまるで世間話しでもするかのように、どこか浮世離れしていた。
「あらあら。まあ、良いのではないでしょうか。
『領主夫人』であるギルド長と、『領主にも関係のある』スポンサーの御令嬢がこの場に居ますし。
ただオーパーツも色々ですし、効果が分かり掲載の許可が下りるとしたら大分先になりますが、撮っておいても損はないでしょう。
でしょう?『お嬢様』」
「うん、領主様には『よく会うから』問い合わせてみるよ」
何食わぬ顔で互いに目を合わせ、うんうんと頷いた。
さて『オーパーツ』とは古代文明の遺産であるとされている。
何万年、何億年とはるか昔。
機械を動かすのに何故か電気などという不便なエネルギーを使っていた不思議な文明があったそうだ。
たかが電気だと笑う者も学会には居る。
しかしその技術を当時の文献と見比べながら解析する内に、貧しいエネルギーでどうにかしようとかなり工夫した様子が確認出来た。
曰く、衛星を人工的に作って宇宙から人を監視出来た。
曰く、光を束ねて銃弾にする事が出来た。
曰く、重力を操作して宙を浮く事が出来た。
しかし解析は出来ても動かすのは素材や燃料の面から難しく、結局当時の技術に追いついていないのが現状だ。
(尤も、それを過激派の錬金術師は『我々の技術が古代人に遅れているはずない。古代人を深読みし過ぎだ』など否定的な意見を言い出すが)
オズワルドは呆れたように溜め息を吐くが、片眉を上げてオーパーツに近付く。
「これは中々」と指でコツコツと叩く彼へ、ハンナは尋ねた。
「そういえばオズワルドさん。やはり貴方も依頼の最中にオーパーツを見つける事はあるので?」
「ん、まあ此処にはよく来るしの。そりゃあるわな」
「でしたら、それらは全てギルドへ納められたのですか」
「それじゃったら……ガハッ!」
言葉が出かけた瞬間、オズワルドは重力に逆らって横に吹き飛ぶ。
突然風切り音と共に、高速で飛んできた『石』が彼の横腹に突き刺さったのだ。
「メキリ」と何かが折れる嫌な音がして、糸の切れた操り人形が転がるかのように手足をブラブラ揺らしながら転がる。
そして岩にぶつかり、やっと止まった。
「オズワルドっ!?」
叫んで呼びかけるが、彼は動かない。
反対方向のドラゴンの死体。それがモゾリと動いて、奥からずんぐりした人影がひとつ現れた。
人影は拳より一回り大きな石を持ってニヤニヤと笑うその顔は、ギルド前で見た時と何も変わらない。山賊のように髭まみれの顔だった。
銅級冒険者のドーフンである。
「よお、また会ったな」




