第五十四話 村に悪いドラゴンが出ると白馬に乗った英雄じゃなくて機関車に乗った軍隊が現れる世界
カラフルなマント、腰のサーベル、流行りの服。見たくれは良く、まるで実戦に使えるとは思えない。
アダマスはちょっと遊び人っぽいなと感じた。そんな彼が二重の意味で大きく口を開く。
「『領主法』か。勿論知っているとも。
貴族が女王陛下より承れし領土を支配する際に定められ、平民が順守すべき法律がそれにあたる。
対して『狩猟権』とは、領内において財源となる天然資源を平民が勝手に採取してはいけないが『狩猟免許』を与えられた者や、強者である『冒険者』はそれに該当しない。
それがどうしたというんだ、女」
情報が浅いが意外と詳しいなと、アダマスは興味を持った。
なので席を立ち、トコトコとウエスタン扉を開けて彼の横に立つ。男はキョトンとかなり戸惑いながら急に現れたアダマスを見る。
「こんにちわ」
「ん、ああ、こんにちは。なんだ娘?」
「ボクはダイヤだよ」
「そ、そうか。
僕の名はアーサー・フォン・ゲリュサック。
竜殺しの魔剣・イルデブゲルドを王より承った映えあるゲリュサック準男爵家の男子である!」
バサァ。
計算してやっているのだろう、髪とマントが同時に翻った。
舞台劇のような名乗りをご丁寧に振り付け付きで行ったアーサーは、サーベルを軽い気持ちで抜いて刀身を見せびらかす。
が、アダマスは特に驚いた様子を見せず、相槌は打っておいた。
「そうなんだ。凄いね」
「むむっ、その目。本当は凄いとは思ってないな。
この凄さが分からんとは、これだから女は」
だが男だ。領主組の三人の内、三人が思った。
それはそれとして、アダマスはニマニマとした顔でレオナに視線を送ると、面倒そうに彼女は口を開いた。
「まあ、100点満点中、50点ってトコかな」
「なんだと、この僕の強さを疑うっていうのか!?」
溜息をついて説明を続ける。
「んーっと、さ。ギルドは別に強い弱いかはどうでも良いんだ。
ただ別に冒険者って全員が全員、狩猟権を与えられている訳じゃねえ。その為にあるのが、『冒険者ランク』ってヤツだな。冒険者ランクは強さの目安ってより、信用の目安が大きかったりするな。
で、ランクによって入れる場所、狩れる生き物も変わってくる。
ぶっちゃけ余所者の冒険者は普通に領民が試験を受けて狩猟者免許を取るより狩りをするのはめんどくせーぞ。
お前は確か……」
朝、バインダーで確認した彼の冒険者ランクを思い出して「言うの可哀そうだし辞めとくかな」と思っていると、いつの間にか手を上げて事務室に大声で話しかけるアダマスが居た。
故にジンがヒョコリと狐耳を抑えて上半身を出す。
彼は「大声でなくても聞こえてますよ」と言いたげな顔をして言った。
「ねえねえジンおにーさん!この、アーサー・フォン・ゲリュサックさんのランクはどれくらいなのー!?」
「……その人は木級だね」
「へー、木級ってドラゴンが出るような場所で狩りをする事って出来るの?」
「確かにこの辺ではドラゴンが出る『迷宮』が幾つかあるけど、木級は許されないね。見つかり次第森番に追い出されるかな」
確信犯に対してレオナは「ああ、こいつはもう」と、頭を片手で抱えた。
彼女の嫌な予感の通りにアーサーは顔を真っ赤にして、やや涙目になって、肩をプルプルと振るわせている。
まあなってしまったものは仕方ない。
カウンターから半泣きの彼の背中を叩き、一緒に窓の方まで歩いた。
外は朝という事もあり、通勤用の蒸気船が大真珠湖を渡り、脇では先程見た通りに行商人達が物を売る。
しっかりアーサーがそれらを見た事を確認したレオナは言った。
「まあ、似たようなヤツはいっぱい居る。それに一昔前は、確かにそういった事にはおおらかだったらしい。
兵隊が王都や大貴族の領都といった大きな場所から各地に行き渡らす事の出来ないならと、冒険者を戦力とする為に目を瞑る貴族がいっぱい居てな。
多分、そっから勘違いが広まったと思われている。
ただ、『今』の外を見てみ?
鉄の船が高速で走ってやがるだろ。
そのお陰で湖賊も水龍も、そして勿論それらから護衛を承っていた冒険者達もおまんまの食い上げだ。
これは水場に限った事じゃねぇ。
もうちょい歩けば蒸気機関車があるし、空を飛空艇が飛ぶ時だってある」
そこでアダマスは手を上げて補足したので、レオナは合わせた。
「因みに蒸気機関車は、友好的な貴族とはレールが敷かれていて定期便が出てるんだよ」
「そうだな。補足をあんがとよ。
そういう訳で、人材と情報と物資のやり取りが楽になった訳だ。
結果、大体の危機は他の領主と協力して兵隊がどうにか出来るようになったから、商人が安全に商売出来る時代になったんだな。
そうなると、今まで法を犯しても腕っぷしがあるなら多少は目を瞑られていた冒険者への規制は厳しくなったし、時代に対応出来なくなった元冒険者の兵隊達も、どんどんリストラされていったよ。
……まあ、それは冒険者に限った事じゃないのは、実のところお前が一番よく分かっているかもな。
貴族なのに冒険者やってる部分とか特に」
胸に何か刺さったかのようにアーサーは目を開き、シュンと肩を落とした。
ポンポンとそんな彼を励ますように頭を叩くと、付け加える。
「まあ、それでも冒険者が完全に必要なくなった訳じゃねぇから安心しな。
なんだかんだで領民にとって安い労働力は魅力だから。
その場合は依頼を出して、ウチらで請け負う。そこではじめて貴族の後ろ盾を得るんだ。
ただ、お前は……」
アーサーは木級である。
技能も戦闘系にガン振りなので今の時間でやれるのとなると、もう子供が行うようなカミナリ草採取とかしかなかったりする。
木級〜銅級は民間業者の手伝いや上位のクランなんかにくっ付いての手伝いが主なのだが、そういう場合は早朝で他の冒険者たちに持っていかれている。
それ故、レオナは腕を組んで、呆れたように溜息をついた。
しかし仕方ないとばかりにたしなめるように優しい声で笑いかける。
「まあ、アレだ。新人の頃は色々やらかすのも仕事だ。給料はでねぇけどな」
「あ、ハイ……ごめん……」
「ん、良い良い。私も昔、功を焦ってドラゴンに飛び掛ったらブレスを直撃してなぁ。後でリーダーにスッゲェ怒られた」
彼女はアッハッハと笑ってアダマスへ視線を送ると、彼はアーサーの頭を撫でた。キョトンとしたが、レオナが付け加えた。
「良い子良い子〜」
「取り敢えず給料は出してやれんが、かわいい子のナデナデくらいは出来るからな。
さて、それはそうと表が騒がしいな。さっき討伐部位って言ってたけど、ドラゴンのどの部分を持ってきたんだ?」
アーサーは視線を逸らしながら言った。
「……頭」
「ブハッ。なるほど討伐部位だわな。まあ良い。若い頃はインパクト出して凄い所をアピールしたいもんだ。
さ、これ以上騒ぎにならんよう中に運ぶぞ。それくらいなら手伝ってやる」




