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第五十三話 ドンキホーテな冒険者

 柱時計が8時少し前を示す。

 まるで学校にて5分前に歴史の授業が終わり、先生が意味もない雑談をはじめたようなそんな時間。

 これから少し後には冒険者が来るのだろう。が、微妙に時間が余って特にやる事もなし。

 見下ろすは四人。何れも一息ついて、意味のない事でも盛り上がるに丁度良いテンションを持ち合わせていた。


「なんか一息ついちゃったね。なんかない?」


 椅子に腰かけたままのアダマスが足をプラプラと脚を揺らす。

 スカートがフワリと舞い、ふくらはぎの深い所がチラリと見えていた。

 そこをハンナが「もう、はしたないですよ」と抑えれば「だってヒマなんだもん」と年相応の反応。

 その様に溜息をついて、レオナは戸棚から小箱を持ってきた。


「んじゃ、ちょっと遊ぶか」

「この香りは……、茶葉?」

「ああ。正確には冒険者紅茶のティーバッグだな。出入り口の商人が売っててな。スピード重視の冒険者とか、勇敢な冒険者に夢見るお子様なんかに人気があったりする。

これで、まあ『利き茶』でもやろうか。お題は、『どんな材料を使っているか』」

「おおっ、なんか面白そう」


 ニシシと笑うレオナに対して、口を0の字にして感動していた。

 豪華絢爛なものも良いが、こういった『冒険』も面白い。なによりシャルへの土産話に丁度いい。


 そんな事を思っている間に、レオナは水道水をティーカップに入れる。

息を吹きかけると水は熱湯へ早変わり。彼女の『能力』である。

 ティーバックを適当にひとつ取り出し紅茶を作ると、悪戯染みた表情を隠そうともせずにアダマスへ渡した。


「さ、飲んでみな」

「……ちょっと待って。なんか凄い嫌な予感がする。砂糖とか入れちゃダメ?」

「おいおいおい、利き茶なんだから雑味を入れちゃだめだろう。さ、グイっといってみ?」


 一瞬でも『面白そう』と思った数秒前の自分を公開し、震える手でカップを持つ。

 少し緑がかった色。湯気から感じる香りはまるで、蚊取り線香。

 だが、ここまで言った手前引き返せず、一気に呑んだ。


「にっがぁぁぁあっ!」


 そして吹き出した。

 レオナは何時の間に構えたのか、台布巾を目にも留まらぬ早業で盾にして書類を無事に守る。

 ゲホゲホとやや半泣きで吐き込み、恨めしそうな目で見るアダマスへ「悪かったよ」と、砂糖入りで普通の紅茶を飲ませた。


 だが、不味い紅茶は吹き出したがまだ半分くらい残っている。

 呑まねばという義務感から少し「うっ」と戸惑うアダマスだが、隣に座るハンナは手に取ると、クピリと眉ひとつ動かさず呑んでみせた。

 その動作は絵になるもので、しかもどういった技術なのか口紅を付けているのにカップにそれを残さず離してみせた。

 つい「おお~」と、感嘆の拍手。喝采を受けるハンナはしっとりとした小さな唇を開いた。


「この紅茶に使われているのは……『イカズチ草』ですかね」


 『イカズチ草』とは、温帯~寒帯に生えるキク科ヨモギ属の植物で、冒険者馴染みの薬草の一種だ。裏面は白い毛が密生する。

 通常のヨモギよりも葉の切れ込みが深く、その為に葉全体の形が空に浮き出る雷に見える事からその名がついた。


 その余りの苦さからガムのように噛むことで気付け薬として使われる他、噛んだものを傷口に湿布のように張り付ける事で唾液と化学反応を起こし止血作用を起こす。

 煙は虫除けとしても便利だ。更に下痢止めにもなる。


 そこでハンナは少々レオナへ圧を与えながら続ける。


「コレって商人の方々が売ってるんでしたっけ。

商人といえば、そこが依頼額より高い値段を提示して、依頼の品を売ってしまうという事はないのでしょうか?」


 イカズチ草は冒険者だけではなく一般でも目立たないだけで需要のある植物だった。

 料理としてはマニアックな肉料理の匂い消しやパスタの具に使われる。

 また、夏から秋にかけてつぼみと間違うような濃い紫の地味な花から黒い果実をつけ、 これに強い衝撃を加えると爆発し、この性質を利用して錬金の分野では閃光弾や風玉など爆薬の原料になるのである。


 故に古代ではかなり重要な地位を占めていた為、風の精霊『ジン』が旅人の無事を祈りイカズチ草を贈った神話など、この植物に関する神話もあるくらいだ。


 答えられたレオナは笑い半分恐れ半分に言った。

 アダマスの事は悪かったから圧加えるのやめてと思いつつ。


「そうだなハンナ、二重の意味で当たりだ。

特にイカズチ草なんかはよく雑草扱いされるからなぁ。採取依頼で採ってきて、報告前に軽い気持ちで売る新人が後を絶たないな。

ま、そういうヤツは信用の置けない人間って事で昇進が出来ない。逆もまた然りだけど」

「……逆?」


 コテンとアダマスは首を傾げる。かわいい。

 傾げると同時に眼鏡がズレたので、目の前のレオナはイカズチ草の茶をデスクへ置くと両手でクイと上げる。

 別にやる必要はないが、何処か母性的な何かが刺激されてやりたくなるのである。

 「さてと」と、彼女は受付の方に目をやった。


 柱時計が8時を指す。


「それについてはソロソロ……」

「頼もう!」

「ほら来た。ジン、出てやれ」

「ええ、昨日僕が出たんだから今日はギルド長がやって下さいよ」

「んー、仕方ねぇか。今日はやってやるよ」


 受付カウンターからよく通る声がした。

 声の主はカウンターの前に立った、まるで演劇の騎士のように絵に描いたような若者である。


「今日はドラゴンを成敗せしめた証拠部位を持ってきたぞ!さあ、僕を昇進させるんだ」


 よっこらせと首をコキリと鳴らして重い腰を上げるレオナは、取り敢えず夢見る彼に現実を突きつける。


「先ずは、出来ない」

「なんだと!?」

「昨日もあの眼鏡から聞いたと思うけど、『領主法』とか『狩猟権』ってわかる?」

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