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第五十二話 非正規はつらいよ

 撫でられるジンは口を開く。


「それでダイヤちゃん、いやいやお嬢様。口調も直した方がいいのかな?」

「いや、このまんまでいいや。『王都に居た時』みたいに扱われるのも嫌だし」

「そいつは嬉しいね、では甘えさせて頂くよ」

「甘えるというとネコみたくかな。膝枕使う?」

「せめてキツネじゃないかなぁ」


 ジンは気恥ずかしそうにするアダマスへ、「娘の友達に良いかもな」と、エミリー技術顧問の学校に行かせている三つ編みの娘を思い浮かべた。同じ眼鏡っ娘だし。

 紅茶を一口飲んでフゥと一息吐いて、さてと先程の話題へ戻る。


「それで、なんで朝はやる事が多いか。だったね。

ラッキーダスト領は狩場が近い領地なのもあって、遅めの9時~10時ごろに依頼を取りに来る冒険者がいっぱいいるんだ。

長期的な計画で依頼を進めている大型クランや獲物が朝限定な冒険者なんかは、4時とか5時とか、既に出発していたりもしているけど。

だから登録されている冒険者達の今までの成果から作成した書類を整理しておくと、何時に何を起こすのか。自分たちはどんな準備をすべきなのかが大体分かって楽なんだね」

「出来ればその書類を見せて頂いても?」


 アダマスの問いかけに対してジンが仕事について答えて、そこにハンナが記者らしく相槌を打つ。

 普通なら見せない。

 しかし、隣で纏められたバインダーのひとつをパラパラ見ているレオナへ、流し目で視線を送り「良いですか?」と無言の了承を求めると、彼女は(うなず)いた。

相変わらず大雑把なものだ。そうして沢山並ぶ下級冒険者のバインダーをひとつ手に取り、広げてみせる。

 そこにはヒゲまみれの山賊のような男の写真が貼られていた。


「例えばこの男、銅級冒険者『ドーフン』を例にとりましょう。

典型的な古き良きモンスター討伐専門の冒険者でして、それなりに指揮能力もあるのでパーティーリーダーもしています。更に単純な実力だけなら鉄級の上位になりますね。

しかし彼は古き良き荒くれアウトローな冒険者なので、マナーが悪く『鉄級には不適切』とされ、万年銅級ですね。

そろそろ前の依頼で得た資金を贅沢やら賭け事やらで散財してやって来る頃かなと」

「銅級?鉄級?」


 アダマスが指を咥えて首を傾げ、上目遣いで問いかけた。

 椅子に座る脚は内股で、片手を膝へ置いている。


「ああ、ごめんね。

冒険者ライセンスはランク付けがされていてさ。

はじめは木級。そこから銅、鉄、銀、金、ミスリル、アダマンタイトと上がっていくんだ。

これは昔、機械の革命が起こる前の冒険者のライセンス証の素材が由来していて、実際に銀や金で出来ている訳じゃないけどさ。

とはいえ、昇進も昔みたく腕っぷしだけではそうもいかなくなってきて、殆どの冒険者が鉄級で『一生』を終えるね。その分、木級で『命』を終わらせる新米も減ったけど」


 そこでアダマスはビシリと手を上げた。


「知ってる!技士免許証!」

「うん、そうだね。技士免許証の格付けも此処から来てる。賢いダイヤちゃんには飴ちゃんをもう一つあげよう」

「わーい」


 ポトンと色違いの飴を渡されれば喜ぶ様を見せる。そんな様子にホッコリして、少し飲む速度が速いのだろうか減りかけていた茶を継ぎ足しておいた。

 そこでハンナが敢えてレオナに口を出す。


「これは個人情報ではないのですか?」

「ああ、これは違うな。暫く新人があちこち聞きまわっていれば集められる程度の情報だ。もっと細かい情報は私たち、正規のギルド職員が処理する」

「正規……と、いうことはベルウッド氏は正規の職員ではないと?」

「ああ。コイツは『冒険者』だ。

情報が重視される事で最近できたジャンルの『事務作業専門』のな。結構ランク高いんだぜ?」


 彼女はパラパラと無造作に取ったバインダーをめくり、中身を見せると確かにジンが冒険者として登録されている。ランクは『銀』だった。

 彼自身が作った記録なので、記録表というより活動報告書に見える。


「なるほど。やはり冒険者ギルドとしては力を注いでいる業種がこれから昇進し易くなると?」

「いや、ジンはこれに専念する前から珍しい銀級だったな。その腕っぷしもあるけど、薬草、罠、算術、交渉が一通り出来る優秀なスカウトだった。今より儲けていたよ。

そんなヤツがある日急に『事務作業します』って言い出してな。

『急にどうした。他国にでも潜入用の密偵として雇われた?』って思ったもんだけど、なんか結婚して腰を落ち着かせたいらしいって事だ」


 アダマスは飴を舐めつつ、レオナの言葉をひとつひとつ聞かされるジンへ対して目を離さず感情の変化を読んでいく。少し『戸惑い』の様子が見えた。

 ハンナは感心した演技を見せる。


「なるほど。ベルウッド氏は素晴らしい方なのですね」

「いやいや、結局は雑用ですよ。もう少し信用を積んで、この胸にナイフと羽帽子を掲げた正規職員に転職したいものです」


 そう言ってベストを摘まんでパタパタと振ってみせた。

 そこでアダマスがレオナへ話しかける。


「そういえばレオナ、ボクのウチに居る時より本読むの早いね」

「慣れよ慣れ。普段から見てるモンは自然とな」


 言ってレオナはバインダーをパタンと閉じる。

 このやり取りの間に、領都に居る冒険者の様子は頭に入れ終えたらしい。


「ギルド長はダイヤちゃんのお宅へ招待された事があるので?」

「ああ。メシに呼ばれて仕事の話した」

「なるほど。ダイヤちゃん、このおねーさんが食べ過ぎたりしなかった?」

「うーん、豚の丸焼きを朝から丸齧りしていたけど、冒険者では普通の事なんでしょ?」

「いや、出来ないからね。おいデカ乳、純粋な子供にウソ教えんなし」


 ギルドにはギンのよく通る声が響き渡った。

 言われたレオナは「純粋」という部分に小首を傾げるが、そんな時もあるかと知らん顔だ。

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