第五十話 バレバレな変装はフィクションでよくある事
「それにしてもハンナよぉ」
「はい。何でしょう」
石畳の上をレオナは歩く。
一緒に往くのはキャスケット帽を被ったハンナ、そして女装したアダマスだ。
向かう先は冒険者ギルドである。
「性別も偽っているダイヤお嬢ならとにかく、お前は帽子被ってるだけだけだよな。
そっから『バレバレな変装をしているハンナが居る!と、いう事はアレは変装してるけどアダマスだな』って具合に、密偵にバレるって事はねーの?
相手もシャルのオヤジなんだ。顔写真くらい持ってるだろ」
ジェスチャーを交えて不安を語るが、ハンナは手の甲へ口を当てて、その特徴の無い顔で笑ってみせた。
「オホホ、私が本人と確信できる貴方ならとにかく、相手には決してバレないことは約束しましょう。
少々技術が要りますが、如何に誤情報を真実と思わせ、真実を誤情報を思わせるか。それだけで御座います。
エミリーが未だに捕まっていないのも、坊っちゃまがやたら外に遊びに行ってる割に住民が領主としての坊っちゃまを知らないのも、その応用ですね」
「ふーん、そこまで言うなら信じるけどよ。なんでそういった事情に詳しいんだ」
軽い気持ちで言葉を投げるレオナ。
そこへハンナは瞼を薄く開け、ウグイス色の瞳を怪しく光らせて頰に掌を当てる。何処か火照ったような顔色だった。
同性でもドキリとするその艶かしさは、普段の彼女とはまるで別の人間に感じさせる。
「昔は私も追われる身でしたから」
「へえ、そうなのか……って、何をしたんだよ」
するとハンナはまるで祈るように両指を組んで、上を見て天を拝んだ。相変わらず少女漫画のように睫毛が長い。
「若い頃についカッとなって暗殺者集団の首魁をモップで殴り倒してしまいましたの」
「へぇって、なんでまた」
レオナはどうでも良さそうだが、対照的に後ろで聞くアダマスは目を真ん丸くして興味津々な様子を隠そうとしない。
なお変装の為、彼はカラーコンタクトで赤目である。
ハンナは続けた。
「実は打ち上げパーティーの最中だったのですが、料理があまりにも酷くて」
「ふーん……って、アホか。絶対ウソだろソレ」
「あらあら、やっぱり分かってしまいました?」
「当たり前だっての。
暗殺者集団が仲良くパーティーしてるってのもツッコミ所があるが、まあマフィアみたいなものだと思えば解る。
でも、そこでペーペーのチンピラがボスをモップでフルボッコって誰か止めろよって感じだろうに。パーティーなんだから周りは手下だらけじゃねーか」
呆れたように肩を落とすレオナにニコリと視線を合わせる。ただし顔は斜め45度のものが見えるよう調整されていた。
そして手の甲を口元に持って行き、貴族令嬢のやあな上品な笑いを見せた。
「因みにその後に裏社会で指名手配され、追っ手たちから逃げ切るのは大変でしたわ。オホホホホ」
「はいはいもういいよ。なんかもう、お前に若い頃があった事自体に嘘臭さを感じ始めたよ」
ハエを払うように手を振って、話題はそこで切られた。こんな話を信じるのは、未だに真剣な目でブツブツと考え込んでいるアダマスのみである。
◆
そして暫くテーマを変えながらどうでも良い雑談をして歩き続けていると、領都の入り口付近へ到着する。
そこにはシックな煉瓦造りの館があった。
一見して役所か何かだと勘違いする人も居るが、それが冒険者ギルドである事が直ぐに分かるようになっている。
門の上にある金色の金属で縁取られた看板に『ラッキーダスト領冒険者ギルド本部』と書かれているのもあるが、それで気付く人は少ない。
しかし、中に居る人種のガラの悪さで気付く人は大多数。
人とは自分と違う人種に違和感を覚えるものだからだ。
「うわぁ、結構早いのにもう商人が店を出しているんだね」
「ああ、行商人街のヤツらとは客層が違うからな。
金を持ってる……成功してる冒険者ってヤツは朝方に多い。自己管理が上手いんだ。
だからそいつらが出発するより早く、消耗品を売りつける店を作んなきゃならね。冒険者側も幾ら消耗品を買うかは前もって決めているしな。
この時間でも全然遅い方だな」
ギルド前に在るテントのような店で、屈強な商人がポーションやら携帯食料やら銃弾(やたら錆びている)やらを並べている様子に、ついつい顔を火照らせる。
アダマスとて、なんだかんだと男の子なのだ。
そこへハンナが窄めた声をかける。
「『ダイヤお嬢様』、少々口調がはしたないですわ」
「そうかな?ボクはこういう女の子もアリだと思うんだ。ボクっ娘ってやつでさ」
エミリーの薬で女の声になっているアダマスは敢えて、スカートを摘んで会釈をするカーテシーの形でそれを言った。
そして会釈からの上目遣い。その瞳は少し潤んでいて、庇護欲を大いに刺激される。電流が疾る。
正直、間諜対策にはボクっ娘は危ない。しかし「ああどうしましょう」とハンナの脳内で天秤が揺れ動く。
そんな最中、レオナが彼女の肩をポンと叩いた。
「ま、良いんでね?口調くらい。
私より汚い口調の女なんて冒険者じゃ珍しくねーし。アソコで商売をしてるどう見ても男なゴリマッチョなんかも実は、性別は女だったりするしな」
それを見て、コテンとハンナの中で天秤が一気に『ボクっ娘』の方角へ傾き、アダマスに言う。
「そうですね。では、ボクっ娘でいきましょうか」
少し鼻息が荒い。
やっぱりマーガレットの母親なんだなぁと、彼は内心思ったそうな。




