第四十八話 女装はお化粧から
「話は全て聞かせて貰った!」
アダマスの女装発言、その直後。
バタンと出入り口から扉を開く音がすると、よく通る声が食堂全体に響く。
アダマスはその展開に対し驚きの声を上げた。
「エミリー、どうしてココに!?」
「フッフッフ、昨日アダマスくんへ夜這いを掛けようとして部屋に忍び込んだのだが居なくってね。
ならばと、お布団でピンク色の妄想をしながらスタンばっていたらそのまま眠ってしまい、今起きた所なのだよ。では、お邪魔するよ」
そう言いながら彼女は、皆が食べている食卓の適当に空いている席に座った。
座ると同時、アダマスはホットドッグをエミリーの口元へ差し出す。
こんな事もあろうかと、彼女が入ってきた直後に作っておいたのだ。
「そうなんだ。ハイこれ」
少し状況を掴もうと考える仕草を見せ、咳払うように返した。
「んんっ、ゴホンゴホン。この太くて大きいのは?」
「そういった経緯という事は、まだ朝ごはん食べてないでしょ。だからエミリーのゴハン」
「そりゃ気が効くね、ありがとうアダマスくん」
ぱくり。
「そーい。ウマウマ」
エミリーは口をあんぐりと開き、上半身のみを動かす。
その矛先はアダマスの方角だ。
差し出されたホットドッグを手に取らず、アダマスの手中に在るままにそのまま咥えたのだ。
何故か得意げな表情を浮かべてモソモソと咀嚼するその様は、子供に餌付けされているダメな大人にしか見えない。
そうしたやり取りに対して、シャルとマーガレットがヒソヒソと耳打ちで雑談を交わしていた。
「もうダメかもしれないの。この21歳」
「私もそう思いますんぐ。でも、ナンタラと天才は紙一重といいますし」
「おーい、そこー。聞こえてるよー」
言われた二人はワザとらしく漏れてしまった言葉を塞ぐように、ホットドッグで口に栓をした。結局茶番であるが、その茶番が楽しいのである。
それを見てハンナはアラアラと和やかなままであるし、レオナは相変わらずガツガツと食べている。うおォン 私はまるで人間火力発電所だ。
さてとアダマスは「ちょっと良いかな」と片手を上げて問いかけをひとつ。
エミリーは「何かな」と、更に得意げな顔付きの態度で応えてみせる。
「ところで、『話は全て聞いた』って言うけど、まだ何も言ってない気がするんだけどなぁ」
「なんだそんな事かね。アダマスくんが女装し、それを愛でる事に他の理由なんか要らないではないか!」
エミリーの目に曇りは無い。
両手をワシワシと怪しく開閉し、目をピカピカと光らせる。
エミリーが外套を広げれば、そこに大量の化粧品がぶら下がっていた。準備が良くて何よりだ。
ため息と同時に、隣から耳打ちされる。
「逆らわない方が賢明かと」
「そうだね」
直後に見たのはファンデーションを片手に迫るエミリーだ。揉みくちゃにされながらも懸命に声をかける。
「わっぷ……、お化粧するなら下地くらいつけよーよ」
「アダマスくんの肌は下地を付ける必要がないくらいスベスベだから良いの」
「ええーっと、ありがとー?」
褒められたので礼は言っておいた。
◆
一方その頃、エミリー錬金店地下の独房にて。
鋼鉄よりも尚硬い扉の前、看守の男が新聞を読んでいた。
【ラッキーダストタイムズ】
この領地で唯一発行を認められている新聞だ。
と、いうのもこの領地において基本的に情報は領主に管理されているので、検問を通すために出版社の数が極端に少なくなるのである。
当初アダマスは「自由に情報が飛び交っても別に良いのではないか」と案を出したが、ハンナが「現状を維持するのは厳しいかと」と制度を設けたのだ。
7年前の湖賊征伐の際、情報屋やマスコミが暗躍し、手間取ったのが主な原因だった。
結局のところ、このように独裁的な内政を取らなければ簡単に崩れてしまう不安定な領土である事は否めない。
なので一つの新聞に全てを詰め込む必要があり、内容も玉石混交、社会にサイエンスにゴシップ等々カオスな内容となっている。
・エミリー技術顧問、石炭から新物質の合成に成功!その可塑性から、『プラスチック』と命名。
有毒ガス発生や非分解性など処分に対する問題から実用は見送られるとの事。
・未確認飛行物体発見か?夜空に謎の星が観測されては、次の日には全く別の位置に発生し、動いているとしか思えないとの話。
放置しては飛空挺の操縦にも影響が出るとして気象庁は捜査を続ける模様。
・野良ドラゴンに気を付けよう。
今日のニュースはそのような混ざり具合だった。
しかし独房の中。どのようなニュースよりもとんでもないニュースへ改造人間の囚人は呆然とする。
腕力が子供以下に落とされた。それはまだ良い。手足が残ってるだけ奇跡と考えよう。
しかし問題はその手足だった。人間の手足の形をしていない、これだってまだ許せる。
初期の改造人間の手もフックを取り付けただけだったり、開閉する輪だったり、そういうのばかりだった。
しかし、目の前の『コレ』はないだろう。
「なんで腕の部分が大人のオモチャなんだよ!」
キノコのような形をしたピンク寄りの紫色をしたジョークグッズが、ウィンウィンと元気よく凶暴に動き回る。かなりカピカピしている。
新聞を退けると訝しげな視線を独房に向けて、扉を思い切り蹴り、看守は叫んだ。
「エミリー様が言うには、余ってたパーツで都合の合うものがそれしか無かったんだと。
ていうかウルセーよ。声帯取んぞ」
「うう……なんで組織の改造人間の俺がこんな無様な目に……」
誰にも知られる事のない寂しい声が冷たい牢獄に響いた。
◆
所変わって見事に女の顔に仕上げたアダマスを前にしたエミリーはレオナへ一言。
尚、もう豚の丸焼きは骨の一本も残っていない。
「なんか忘れてる気がするけど、なんだったっけ」
「アダマスの服じゃね?」
「ああ、それだ。
シャル、マーガレット、準備は良いかね?」
遠くで二人は親指を立てていた。




