四十一話 ファンタジー硬貨。アヘ顔を添えて
その後、エミリーは「牢屋へパンツマンを運ぶ」のだと、奥の部屋に行ってしまい、皆、一様にやる事をなくす。
そんな事情もあり、レオナがカウンター席で店員と雑談をしていた。
「そういえばお前ってなんで勉強してんの?」
「父さんが『勉強だけはしておけ』って。私も父さんを見ててそう思いますけどね」
それはそれとして。
カウンターの向かいのトイレからシャルとマーガレットがふらふらと出てきて、仰向けに倒れた。
大きく身体を広げて手足を曲げるその様は、まるでカエルのようだった。
そして両手でチョキを作り、上を見ながらついでに舌を出す。
姉妹二人は言う。
「はーい、それじゃお約束いきまーす」
「あへ顔ダブルピィーッス!」
「「あへぇー!」」
そんな遊びを見るアダマスは何処かスッキリした顔で「余裕あるなあ」と率直に感じていた。床に寝そべっている姉妹が先ほどまで見ていたような嗜虐的な雰囲気はそこに無い。
栗の花の香りを放ち続ける、キノコのようなマッサージ機を両手に持つ彼は取り敢えずと声を吐く。
「まあ、いくらエミリーの家とはいえお店だし、お客さんが来たら辞めるんだよ」
「はーい、分かったのじゃ。ところでコレは放置プレイの一種かや?」
パッと素の表情に戻ったシャルが聞くと、当たり前じゃないかと兄は首を縦に振る。
ジャバジャバと水道でマッサージ機を洗いながら。
「まあ、そうかもなぁ」
「ならばよし。シチュエーションは大事じゃからな」
「現にお仕置きもご褒美も、やってる事自体はあまり変わらないしねぇ」
何時の間にやらマーガレットがそう言うと、アダマスは苦笑いを浮かべて近付き、しゃがんで上から目を合わせると額をグリグリと人差し指でこねくり回す。
彼女は少し痛そうにした。
「おやおや。マーガレットはお姉ちゃんがお仕置きされている時、一緒に罰を罰として受けいれる優しい妹でなくて良いのかな?」
「いや、ぶっちゃけ私一人で受けたい感じですが何か。私、マゾだし」
「ああっ、独占はズルいぞ!お兄様、妾だってマゾじゃ、やるなら妾にせい!」
うーん、この美しい姉妹愛よ。
アダマスは無言で感慨深く感じていた。
そういう訳で、二人の顎の下……首との付け根を撫で回す。犬猫をあやすように。
アダマス自身、読心術はこういう時こそ、真の力を発揮すると思っている。どれくらいが気持ち良くて、どこまでで辞めるべきなのか、ドSにとっては理想の能力だ。
だから二人は、今度こそ本当の意味で目元がトロンとし出した。
「ああ、そこ……」
「んぎもちいい……」
首という性からおおよそ離れた部位。
しかしそこは、命に最も近い場所でもあった。
目の前の兄という支配者に命を握られている感覚。
それが己の被虐性、そして快楽を感じる部位を的確に攻める技術と合わさって形容しがたい恍惚感に脳が麻痺しそうになる。
脳内麻薬で何も考えられなくなってしまいそうだ。
(……とか考えているんだろうなぁ)
読心術で感情を読み取りながらアダマスはポツリと思い、事実として遠くからでも体温が熱くなるのが分かる。
そうして彼女等の快楽が絶頂期を迎えたところで、手を離した。
「はいっ、ここまで」
「あへぇあへぇ……ってええ!?本番はやらんのかや?」
「それはさっきやったでしょ」
「ちぇ〜」
プクリと頰を膨らましたところを、ツンツンと突く。とても可愛らしい。
「……さて」
そういえば明太子よりも真っ赤になっていた店員はどうなっているだろうか。
アダマスが後ろを見ると、何時の間にやら店員がレオナに向かって何か学術的な事を熱く語っていた。
臆病に見える一方で、ひとつの事に夢中になると熱くなってしまう性格なのだと思われる。
何やらこの領土の主要産業である、人工ダイヤモンドが過去の学説から鑑みるに信じがたいと考えているそうだ。
が、レオナはそこまで向こうに熱くなられても、難しい事はよく分からない脳筋特有の様子で頭を掻いてエミリーが飲みかけていたコーヒーを一口飲んだ。
「まあ、私って頭良くないからよく分からないけど、確かに新しい物って実際に目で見ないと信じられないよなぁ。学生の身分じゃ装置に近づく事も出来ないらしいし。
ちょっと待ってな。確かこの辺に……あったあった。
つまり、こういう事らしいぞ」
レオナは錬金素材としてそこら辺に積まれていた大きめの石炭を一つ手に取ると、握り飯でも握るかのように軽くそれを握ってみせた。
彼女の無限大に近い強大な握力により圧縮された石炭はみるみる内に手のひらの中に収まっていき、そして見えなくなる。
手を広げれば、小指の先ほどの大きさをした人工ダイヤモンドがそこにある。
店員はポカンと口を開けて目を剥いた。理屈と現実が追いついていない、カルチャーギャップに近い現象だ。
アダマスはその様子に、「面白いしもうひと押し入れてみようか」と懐に手を入れる。
ダイヤモンドで出来た菱形の硬貨を一枚取り出した。
大きさは国の規約で直径30mm。
その中心には、王家の紋章が描かれている真珠が埋め込まれいた。
真珠はまるで、琥珀が出来る過程で樹液に巻き込まれた虫のように、ダイヤモンドへ内部に完全に取り込まれており、製造方法は『圧力』の一言ではとても無理と分かる。
偽造は困難だ。
トコトコと近付くと、それをレオナに手渡した。
「はい金剛貨」
「おっ。ありがとな。さて、ダイヤモンドなんだが。
さっきみたく圧力を加えてダイヤモンドを作って儲けるだけって案もあったらしいが、それだと領土の利益であって国益に直接結びつかないって話が出てな。
で、採用されたのがこの現在ウチの国……と、いうよりこの大陸で最も価値がある『金剛貨』だ。
具体的には金貨五枚分の価値がある。
ほれっ、持ってみ」
未だに口を半開きにしている店員の手に金剛貨を置く。彼女は時間が止まったかのように、数秒硬直していた。
しかし手から伝わるヒンヤリとした感覚が確かにそれこそ本物のダイヤモンドである事を主張し、時止めは解除されて、急にアワアワと手を動かして金剛貨は空中へ。
アダマスは片手で受け止めて、人差し指と親指で摘んでよく見せる。
「因みにダイヤモンドって子供がトンカチで叩いただけで簡単に割れちゃうから、この内部の真珠を魔力路とした魔術的な道具でもあるね。
だから、割れたって安心だよ」
サディスティックな満面の笑顔でアダマスは筋力増加の魔術を指先に使う。
故にパリンと音を立て、金剛貨は簡単に、粉みじんに砕け散った。
カウンター机の上に散らばるダイヤの欠片が星屑の様で美しい。
そして店員は顔を青ざめさせて、目を飛び出すのではないかと思える程に見開く。まるで札束を目の前で破られた小市民だ。
「ギ……ギャアアアア!
な、なんて事を!金貨五枚だよ!?成功したベテラン冒険者の年収の半分だし、弱小冒険者なら二十年はタダ働きするような、そんな金額だよ!?」
「おおー、頭でっかちの割に意外と冒険者事情に詳しい」
感心するアダマスにレオナが一言加える。
「ソイツの親父が私の部下の冒険者でな。ここで会ったのは偶然だけど。会話のとっかかりもソコだった」
「なるほど、縁って面白いものだね。まあ、それはそうと見てみなよ。この真珠をさ」
「ふぇっ?……ってうわっ!」
アダマスが机に置いた真珠。
真珠を中心にダイヤの欠片は生き物のように動き出すと、磁石に吸い寄せられる鉄のようにコロコロと転がって集まり出す。
そして金剛貨の形へパズルのように組み合わさると、傷跡もはじめから無かったかのように消えていく。
そして何事もなかったかのように、そこには元の金剛貨があったのだ。
「こ、これは……」
「なんかね、真珠とダイヤを魔力に対して『同じ物体』と認識させ形状を記憶。
そして真珠とダイヤから強化させた引力波を出して引き合わせているらしいね。
合わさった後は粒子単位で繋ぎ合わせて回復させているらしいよ。これは炭素が単体の結晶だから低コストで出来る事だとか」
「へぇ、よく分からないけど凄い。ところで、君は一体……」
テンションは戻ったものの、店員の目は驚いたままである。そしてやっと、アダマスの存在へ疑問を持ち始める。
その時、地下へ繋がる奥の扉が開き、そのシステムを作り出した当事者であるエミリーが出てきた。
「やっほー、パンツマンをしまってきたよ」




