第四十話 プライベートな牢屋
結局、パンツマンの処遇は殺人未遂という事でエミリーの店で弱体化処置を受けて投獄という事になった。普通なら湖賊の時のように処刑だが、聞き出すべき情報が多いのも確かだからだ。
「まあ、それは置いといて。ウチって結構プライベートな牢屋多いよな」
パンツマンを米俵のように担ぐレオナが口を開いた。彼を仮に入れておく場所として選ばれたのがエミリーが店の地下に持つ牢屋である。
実験動物や新種の魔物などを入れておくのが『主な』使い方だ。
アダマスはそこへ頷いた。彼は指を幼子のように折って、数える。
「そうだね。合計でいち、に……分かってる範囲で五つってトコかな。
ボクの屋敷地下に普通の拷問施設付きのがあって、警備小屋に小さい拷問施設付きのがあって、後はエミリーのお店と冒険者ギルドに、後はシャルの部屋の隠し部屋にあったよね。確かプレイ用のが……って、どうしたんだいレオナ」
「いや、つい」
話している最中、レオナがもう片手にアダマスを抱き抱えていた。
そんな様子をニヤニヤと見るのがエミリーである。
「ふへへ、レオナったら、指を折って数えるアダマスくんへ母性本能刺激されちゃったね」
「はあっ!?私が母性本能を刺激されるだって!?しかも、こんなヤツに」
「え、じゃあ私が代わりにやろうか。私は刺激されちゃうから」
「いや、それはダメ!」
特に理由を言わない事へ皆が生暖かい眼差しで彼女を眺めている中、目的の場所へ到着する。
躯体には沢山の歯車と金属管。そして飛び出るボイラー用の煙突。
それは裏路地にある、一見小さなレンガの店。
しかし小さく見えるのは周りに比較対象となる家屋が無いからで、実際に立ってみると大きな二階建ての建物である事が伺える。
扉には『エミリー錬金店』という、今度こそ本当に小さな看板が立て掛けてあった。
取り敢えずシャルが思った事を口にする。
「相変わらず趣味丸出しの店じゃの」
「実際に趣味でやってるような店だしね。さあさあ、お入りなさいな」
エミリーはそう言って実用性皆無の歯車で出来たドアノブを回して、家族達を招き入れた。
中から声がする。
「いらっしゃいま……あ、いや、おかえりなさいませ。エミリー様」
カウンターに座っている瓶底眼鏡で三つ編みの店員が慌てたように礼をした。半獣人なのであろう、頭には狐の耳が生えている。
真面目そうな彼女であるが、表向きのが『大人のオモチャ屋さん』という事もあって、後ろに並んだ商品とのギャップが酷い。
ジィと無言でその商品群を見るマーガレットやシャルなど。子供がそうしていると店員はパタパタと両手を振って顔を真っ赤にする。
「ち、違うんです。これはその、その……マッサージ機とかスタミナ回復剤とかそういうので……」
その様子を見るからに恐らく新人なのだろう。
エミリーは苦学生の補助の為、授業を受けさせる事と引き換えに、この店の手伝いをさせる事が多々ある。
マーガレットが何処からか扇子を取り出して口元を隠すと、シャルへ語りかける。隠すような形の喋り方なのにやたら声が大きい。
シャルもそれに便乗する。
「あーら、聞きましたかお姉様。この子ってば、マッサージ機ですってよ」
「ほうほう、このキノコみたいな形のがマッサージとな?店員さーん、どのように使うかやってみて下さーい」
「ええっ!?それは、ええと、ええと……エミリー様ぁ、なんで見てるんですかぁ!?」
「いやあ、初々しいなぁって」
エミリーは困る店員に対して何時の間にやらそこら辺のビーカーに淹れたコーヒーを飲んで、帳簿片手に寛いでいた。
隣でお菓子を貰っているアダマスに話を振ると少し考え、「そろそろかな」と立ち上がった。
二人の妹はそれぞれ片手に『マッサージ機』を持ち、互いにカンカンと叩いて鳴らして、不思議な踊りを踊りつつグルグル瓶底眼鏡の店員の周りを、物理的にグルグル回る。
アダマスはその二人の手をそれぞれ無言で掴み、言った。
「使い方が知りたいようだね。よし、ちょっと実践してみようか」
「ありゃりゃ。お手柔らかに頼むぞ、お兄様」
「これはお仕置きも兼ねているから結構ハードにやろうと思うよ」
少しおっかなビックリながらも半分期待した態度のシャルへ対して、嗜虐的な薄い笑みを向けると少しだけ彼女の顔は硬直した。
マーガレットはいつも通りの伏せ目の表情でペチンと己の額を叩く。
そのまま二人はズルズルと引っ張られ、トイレへ連行されて行った。真昼だというのに甘い叫び声が煙突から漏れ続けたという。
その声を聞いてボゥとトマトのように顔を真っ赤にする店員は、エミリーに肩を叩かれた。
彼女は帳簿の一部に指差す。
「ここの計算、ちょっと間違っているね」
「ふぇっ!?す、すみません!?」
「これは君もお仕置きかな?」
「そんな、勘弁して下さい」
「アハハ、やだなぁ。冗談だよぉ」
エミリーの目はタレ目気味なせいで冗談で言っているのか本気で言っているのか、目で判断出来ないのが妙に怖いと感じたそうな。




