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第四話 『なんでも良い』が一番困るんだけどなぁ

 二人は心地よい満腹感を感じていた。

 それは料理を腹へ納めた事以外にも、頭を駆ける爽快感に似た感情も混ざっている。


 店の外にて。

 「ああ、美味しかったよ」と会計を済ませてグルメ通りを歩く二人。


 周りには食事を済ませたのだろうワイワイガヤガヤと、冒険者や学徒など様々な人種が賑わう。

 彼らは飯屋で作戦会議を済ませて、これから一仕事行くのかも知れない。

 眼鏡をかけていて賢そうな容貌の癖に、そんな誰でも思いつきそうな妄想をしつつ、ノープランなアダマスはボンヤリと先程の事を思い出していた。


「パスタ、美味しかったねえ」

「クックック。そうじゃろ、そうじゃろ。

なんせ妾が選んだ店じゃからのう」


 シャルはエヘンと得意な顔をして、腰に手を当てては鼻高々に薄い胸を張ってみせた。

 アダマスはそうして出来た腹や腰の滑らかな曲線を撫でたい衝動に駆られながらも、鎮まれ俺の右手よろしく我慢しながら会話を繋げる。


「さて、これからどうしようか。なんか行きたいトコとかある?」


 瞬間、シャルの瞳がギラリと光った──気がした。その光は確かに実在するもので無いのかもしれないが、光に込められた感情は手に取るように分かる。

 『期待』である。期待を込めてニマニマと嫌らしい笑みを浮かべるシャルはこう言うのだ。


「じゃあ『何処でも良い』ぞ」


 デートの昼食後、人を困らせる為に存在するような常用句だった。

 だが、シャルも分かって言っている。


 言ったのは、この程度でアダマスが自分に見切りをつける人間ではないと云う信用があるからだ。

 それで何処も行き先が決まらないなら、実は用意してあった別のプランを、今思いついたかのように提唱すれば良い。


 こうする事でアダマスに行き先の手綱を持たせて自己中に引っ張り回されたという意識を無くせるし、行き先が決まらないなら頼れる妹をアピール出来る。

 だから彼女は小悪魔よろしく笑っていた。


 実際にアダマスがプランを提供するして、それが外れだったら?

 その時は単に一緒の時間を楽しめば良い。

 アダマスさえ居れば、何もない空間でも楽しめる自負があるのだから。


 そのような陰謀策略が渦巻いている事は特に気にかけず、アダマスはポォとノープランで何も考えていない0の思考から1の思考を生み出して、プランを提唱する。

 100点満点で1の思考だ。

 それ故に理由もシンプルだった。


「んじゃ、さっきは穴場的なトコだったし、今度は皆が集まるところに行こうか」

「集まるところ、とな?」


 シャルは小首をかしげる。


「湖の広場さ。よく行商人の出店なんかが出てるトコ。

確かシャルも、マーガレットとよく一緒に遊びに行った時にさ、お土産であの辺のものを買ってきてくれるよね」


 そう聞いて目と口をOの字へと開けたシャルは、ポンと拳を掌へ振り下ろす。

 ちなみにマーガレットとはシャルが外へ遊びに行く際についてくる一歳年下のメイド見習いである。


「ああ、確かに色々な出店が出ておるな。ポップコーンやら、ジャンボ綿あめやら。

こないだはキワモノという事で揚げたサソリなんかを売っておったな。

少し悩んだが、結局食べんかったがの」

「売る方もチャレンジャーだね。

買ってきてくれたら、それこそ滅多に食べられるものではないから、それはそれで食べてみたくはあるけど」


 クスクス微笑んだアダマスは視線を遠くに向ける。

 そこには一本の大木と、その根本で動き回る幾つもの人影が確認出来た。

 下には緑の絨毯とも呼べる芝生が埋められており、ポツリポツリと出店らしきものがある。


 そのまま人差し指を芝生の端に向けた。

 そこにはボートとも呼べる小さな舟が、遠目ながらも数隻確認出来る。


 さて、かつてのラッキーダスト領は、ここまで自由に商売が出来る場所では無かったし、ここまで沢山の船がある場所でも無かった。

 と、いうのも今からアダマス達が向かう広場に接した大真珠湖には、『湖賊』が存在したのである。


 彼らは領主の許可なく湖に関所を設置して漁師等の船を持つ者達から税を徴収する、古典的な非合法組織であり、膨れ上がったそれは歴代のラッキーダスト領主を大いに苦しめたと記録に在る。


 そんな事が続いていた時だ。

近頃新領主に変わってから、湖賊を殲滅すべく改革が行われた。

 これはラッキーダスト領において領主が先ず初めに「私ならやれる」と思いつく定例のようななもので、一、二年ほど戦って「この殲滅は不可能だ」と感じ、結局は『休戦条約』と云う名の『見て見ぬ振り』に集結するのが毎度のお約束になっていた。


 だから領民の誰もが期待していなかった。

 そもそも初期の新領主軍はとても軍と呼べるような人数では無い。なんと両手の指よりも少なかったのだ。

 なので昔から住む人々は歴代の領主の様に最終的に休戦という名の見て見ぬふりに持っていくと思っていたが、新領主軍に所属するたったひとりの『英雄』によりまさかの勝利。


 投降した湖賊は面接の後監査付きで領主の配下へ。

 そうでない湖賊は自害若しくは処刑。

 そして、残党がまだ領地を囲む山や、領主の目の届かない海へ繋がる川に潜んでいると云うのが現状である。


 あの頃に比べれば大分豊かになったものだと、何にも警戒する事なくシャルと恋人繋ぎをして、小さな歩幅を合わせて広場へ向かった。


「出店でなんか食べるもの買って、遊覧船でボート遊びなんか楽しいかもね」

「ボートで、つまり二人きり!?

ハイッ、お兄様!そうですのじゃ、是非そうするのじゃ、今行きましょう、はやく行きましょう!」


 聞いたシャルのテンションは一気に上昇し、恋人繋ぎを変形させて両腕をアダマスのものへ絡ませて体重を寄せる。

 この時のすっかり浮かれたシャルは、コレでもかと言うくらい軽い足取りだった。

きもち目元が緩んでいる程度の無愛想な兄の顔が、全快のアイドルスマイルに思える乙女フィルターが発動し、頰を桃色に染めたくり、甘ったるい吐息を吐き散らかす。


「ねーねー、おに〜さまぁ〜、今日の広場には何があるかのー?出来ればボートで摘めるようなものが良いのぉ」

「確かにね。小さな果物やビスケットみたいなモノが良いかな?そう考えるなら揚げサソリをパリパリと食べる事も中々捨てがたくなってきたね」

「ええー、でも味が良い方が良いのお。ポップコーンが素敵だと思うのじゃ。

そしてぇ、ボートの上でお兄様と二人きりで、食べカスとかを取る際に口で、チュ、チューをじゃな……キャー!」


 妄想を膨らませ、シャルは幸せな顔で大きく腰を仰け反らせる。


 その残念な様が面白いので、ほぼゼロ距離で聞いている身としては「ボクの口に食べかすが付く事前提なんだ」とか、「ちょっと絡めてる腕が関節技の腕絡みみたく極まっていて少し痛いんだけど」とかは言わないでおいた。


「こういう時って大抵、何かが起こるフラグなんだよなぁ」と云う考えが頭を過ぎるが胸に秘める。

全ては現地に行ってみれば分かる事だ。

可愛い妹の幸せな表情を台無しにする事もないだろう。



 そして広場にて。


「シャル、男嫌いが治ったのか!

さあさあ、リベンジマッチだ!」


 そこにはシャルと同じくらいの年齢をしたひとりの少年と、彼を前に苦虫を噛み潰したような表情をして、アダマスの後ろに隠れつつも強気な態度を崩さないシャルの姿があった。

 

 彼の背はシャルと同じ140程だろうか。

 上は黒いベスト、下は膝の見える黒い半ズボンという、子供らしいといえば子供らしい。

 襟足の辺りで外ハネした長めの黒髪と、赤い目。

 強気さの感じられる瞼に付いた睫毛は女性のように長く、普通にしていれば美少年だと云う事を思わせる。


「やっぱりフラグだったよ」


 クイと、アダマスは眼鏡を上げて一人呟く。

 出店で何か買うのは、もう少し先になるようだ。

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