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第三十七話 パンツ大好きパンツマン

「ええと、誰かと間違えてません?

私はエミリー・ラッキーダストという名前でして。確かにエリザベスさんとは少しだけ名前が似ているかも知れませんが。

ただ、この姓の通り、私には貴族権限がありますよ?」


 男と向き合ったエミリーは先ず知らん顔をした。ここで引いてくれるのが一番であるが、フルネームを知っている相手にそんな事はないだろう。

 なんせ男は、ここの領主関係者であることを今伝えても何も動じないのだから。


 兎にも角も情報収集が必要だ。

 上手くいけば今まで未知だったテロリストの詳細が掴めるかも知れないと、男の持つずんぐりした拳銃を見て考える。


「ふん、お前が俺を忘れてしまったとは悲しいものだ。ほら、よく見てみなよ……」


 男はシルクハットを取り、エミリーの顔へ向けて投げるが、アダマスが懐に護身用として持っていた拳銃で撃ち落とす。

 帽子や眼鏡等を敵の顔に投げて目眩しした後に攻撃するのは、スポーツでない実戦の基本戦術だと日々の訓練で分かっているからだ。


「何も言わずに発砲とはな」

「エミリーはボクが守る」

「ほほう?随分立派な騎士様じゃないか。だが、この顔を見てもその態度を続けられるかな」


 そして出てくるのは、これといって特徴のない男の顔だった。

 少し顔と目が細めかなといった程度だ。

 しかし、その顔を見たエミリーは、ハッと目を見開く。心配げにアダマスは反応する。


「あの男はもしや……」

「知ってる人なの?」


 彼女の反応を見て不敵に微笑む男。エミリーは息を飲んで呟いた。


「確か、私が経営するお店で、嫌らしい顔でエッチなジョークグッズを買っていったお客にこんなのが居た気がする」

「ああ、エミリーって自営業で大人のオモチャ屋さんもやっていたっけの。そういえば」


 相槌にシャルがポンと手を叩いてみせた。

 エミリーは続けざまに指し示した指を額に持っていき、思い出す仕草。


「そうそう。あの顔はええっとね、確かジョークグッズを買った後……。

テキトーに買った女性向けパンツを詰め込んだガチャポンを何度もやってたっけ、なぁ」

「と、いうことはじゃ。あの外套の下は、もしや女性向け下着……」

「ただの変態じゃん!」


 無邪気な一声はマーガレットのもの。

 ヒュウと男の周りの空気が凍りついた。きもち彼の上に飾られているよくわからない風俗系のカラフルな看板が、ギシリと音を立てて揺れた。

 だからなのか、ピクリと必要以上に肩を動かす男はどこか必死なように見える。


「違うわ!

エリザベス、お前が五年前に娼婦をしていた頃、何度も抱いてやったこの俺を忘れたか」

「えぇ〜、君って五年前に抱いた娼婦のストーカーなんてやってるの?流石に大人のオモチャ屋さんをやってる私もドン引きだよ。

まあ、君が随分溜まっているのは分かったから、コレでも使って今日はゆっくり寝たまえよ」


 そうしてエミリーは懐からポケットティッシュを取り出して男に投げつけるが、男は拳銃から大きな黒い煙を噴出させてそれを撃ち落とす。

 有毒性のある煙は青空へ昇って行った。

 「醜い煙だ」と、ティッシュを投げた彼女は思うが、そんな気持ちなど露知らずに男は舌打ちして言う。


「あくまでシラを切るか。まあ、それもいい。

ウチの盟主、ロウ・フランケンシュタイン閣下の言葉だ。

『お母様、私のもとに来てください。一緒にこの間違った世界に制裁を加えましょう』とな」


 エミリーの顔に変化は無い。

 しかし感情の変化を読めるアダマスには、それがエミリーにとって予想できたが故に用意できた仮面であることを理解できる。

 その心臓の内側にあるのは、『怒り』と『哀しみ』。

 アダマスは『彼女』の手を取る。するとハッと目を見開き、何時も通りの『エミリー』に戻っていた。


 エミリーは笑顔を以て、力強く前を見た。

 

「う~ん、君が勘違いするのは別に構わないよ。私がどんな素敵でも君の趣味嗜好をどうにか出来るほど万能でもないしね。

たださ、ひとつ言いたい事があるんだ」

「なにかな」

「上、危ないよ」

 

 途端。それは上から来た。恐らく、飾られていた看板に隠れていたのだろう。

 ポトリと虫のようなものが男の肩へ落ちるたのだ。

 遠目にはサソリに見えるが、よく見れば人工物であるとハッキリと分かる。


 頭は赤いマイク、口元には墨壺、樽のような形をした木製の胴体を持ち、蛇腹状の尾の先にはかなり大きなペン先が取り付けられていた。

 一対のカニのような細長いハサミと、三対のバネのような足をワキワキと動かすこのロボットはエミリー五つ道具の最後の一つ、『サソリロボ・ペンシルくん』。

 普段は足とハサミを畳んでペンとして使われるのでそのような名前が付けられる。

 ペンシルくんはマイクに溜め込んでいた『音』を一気に男の耳元で解放した。


「ただの変態じゃん!」


 路地裏にマーガレットの一言を録音した、無邪気な声がエコーをかけて響く。狭いだけあってより大きく感じた。窓ガラスにも幾つかヒビが入る。

 馬鹿げているが鼓膜が破れ、平衡感覚を失いまともに動くことは出来ない一撃。現に男は片耳を抑えて蹲っている。

 エミリーは「ドヤ」と得意げな顔でニヤニヤと男を見る。


「ふっふっふ、どうかなパンツマン君。獲物が銃の君はもうこれでマトモに狙いを付ける事はできまい。まあ、この私の声も届いていないだろうけど」


 しかし、警戒の色を崩さないアダマスが拳銃を男へ構え、日傘の盾の向こうから撃つ。そこに躊躇いの色は無い。


 キィン。


 金属音がひとつ。

 今も尚、拳銃を持ち続ける男の人差し指に当たった銃弾が、『指自身の硬度』によって弾かれたのだ。

 平衡感覚の無い筈の男が、先ほどから隙を探そうと様子を伺いつつ、拳銃で狙いが付けられない『フリ』をしていたから。

 取り敢えずアダマスは溜息を付いてエミリーに言った。

 

「エミリー、分かってて挑発してたでしょ」

「まあね。エネルギー反応で。予測段階だったから当たってて欲しくなかったんだけどね」

「危ないなあ、腱の動きが完全に引き金引くアレだったよ」

「でも、アダマスくんは私を守ってくれたろう?」

「まあね。……あ、パンツマンが動くよ」


 男は何事も無かったかのように立ち上がる。撃たれた人差し指は皮膚がめくれ上がり、金属のフレームが飛び出していた。

 もう隠す意義が無いと判断したのか男は外套を脱ぎ去る。その口からは黒い蒸気が吐き出される。

 

 肋骨から下を切り取ったかのように人間の肉体のあるべき部分が欠如して、金属の骨格に様々な蒸気機関が取り付けられ、それらに合わせて歯車が回る。

 この世界の人々は、こうして機械化された人間をこう呼んでいた。


 『改造人間』と。

挿絵(By みてみん)

ペンシルくん

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