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第三十四話 そんなことよりアイス食べたい

 空をフワフワと。

 日傘でエミリーが降下していた。


 それを走って追っていたシャルは、空中に居る彼女の義眼がチカチカと光るのを見る。あの義眼も確か五つ道具の一つだったか。恩師の忘れ形見だとかなんだとか。


 あっ、これは知っている。シャルは思った。

 王都ではじめて会った頃に、『冒険者の合図』と『王宮の暗号』と『子供の遊び心』が作り出した『秘密のモールス信号』(本来はカンテラでやる)だ!


「ええと、何々……。

『アイス屋・に・降りる』と……つまり席を取っておけとな。妾をパシリ扱いとはいい度胸じゃ」

「まあまあ、丁度あそこに良い感じに『素人が作った屋台なんだけど、これに命かけてます』って感じの趣味全振りなアイス屋台があるからあそこに行こうよ……って、げ!」


 入ろうと屋台へ歩み寄ったシャルとマーガレットは仰天する。


「どうしたマーガレッ……げげっ!?」

「いらっしゃいま……げげげ!?」


 店員と向き合う。

 その店員の姿は赤い瞳に黒い髪、シャルと同じくらいの何処かで見た事のある少年だ。

 少年と向き合ったシャルは相変わらず妹の陰に隠れて強気の態度をぶつける。


「コギー、どないしてお前がこんなトコにおるんじゃい」

「こちとら同居人の手伝いだ。ほら、エプロン付けてるだろ」


 コギーは身に付けているエプロンをつねって見せた。

 領主の屋敷で採用されている腰掛けタイプのものとは違い、もっと実用的な胸まであるタイプのものだった。

 しかし屋敷のもののようにふんだんに使われるフリルが、風に煽られヒラヒラと揺れているのが実用性を疑わせる。

 因みに色はピンクのラメ入り白で、奇しくもシャルのドレスと同じ色だった。


「ホントだ。かわいい」

「うっせぇ。サイズに合う男性用が無かったんだよ。で、上を飛んでるアダマスと、なんか黒いのを含めて四名で良いか?」

「うむ、丁重にオモテナシするのじゃぞ。なんせ此方は『お客様』じゃからのぅ」

「うっぜえ、まあ良い。こっち来い、丁度空いてる席があるしな」


 コギーは渋々ながらも案内する。

 案内した先にあったのはにあったのは真鍮の天板に鏡のようにテカテカとした金属の脚が付けられた円卓のテーブル。

 そして四つの椅子だ。


 タイミングを計ったかのように丁度空からエミリーがフワリと外套を浮かせて着地する。片手にはアダマス。

 着地と同時に手首を捻りながら、腕で円を描いて片手で日傘を閉じてみせた。

その流れでアダマスを椅子に座らせ、コギーに向き合って、言った。


「さてさて、なんかシャルと仲良さげな君、この子達に良いもの食べさせてあげてよ」

「仲良くねぇし。取り敢えずホラ、メニューな」

「アッハッハ、アバウトだなぁ。コギーくんも大変だろうに」


 アダマスはそう、ケラケラ笑いながらメニューを見て、少し感心する。趣味に全振りしているせいか屋台にしてはメニューが多い。

 それをコギーに聞いてみたら、なんでも彼の同居人はアルバイトをしながらプロのスイーツ職人を目指す苦労人で、それ故に負担を少しでも減らそうと(コギーの何時もの強引さで)無理矢理手伝っているそうな。


「それは面白い。折角だし普通のバニラを頼むよ。料金はボク持ちだ、皆、好きなの頼んで良いよー」


 そうしてシャルへ渡すと、んーっと少し悩んで、机の真ん中にメニューを置いた。

 ニシシと歯を見せながら笑うと、アダマスへ向き合う。


「色々トッピングもあって良さげじゃが……此処はどうせじゃからお兄様に選んで貰おうかの」

「じゃあ私も」


 マーガレットも片腕を垂直に素早く上げた。

 アダマスの眼に入るのは、アイス屋に見合わない多種多様なトッピング。はじめて見るものばかりで、中々難しい。


「またこの展開かぁ」

「可愛い妹達を困らせた罰じゃ」


 ワザとらしく額に手を当てて悩むフリをするアダマス。なんだかんだと、頼られて嬉しいのである。


「だったら仕方ない。でも悩むよねぇ。

このパチパチ弾けるキャンディだったり、チョコチップだったり。普通にベースにする分もラムレーズンとかキャラメルリボンとか、美味しそうだよなぁ」


 ズイとマーガレットがアダマスの膝に乗り出した。


「いっそとんでもないものでも乗せてしまおうか。紅ショウガとか」

「流石に紅ショウガは、牛丼屋にでも行かないと無いんじゃないかな」


 ワイワイキャアキャアと、何にするか三人で賑わう。

 そんな様子に敢えて干渉せず、エミリーは隣から温かい眼で見てみた。

 今のアダマスは朝の、恋人に甘えられる夫的な者というより、何処か妹達に弄られる兄の要素が強い。


 あの『妹達』と同じ年齢の頃、自分はどうだったか。ふと、義眼に触れた。



 思い出されるのは、自分を天才と信じて疑わない老いた恩師に青空教室を受けている自分である。

 下級とはいえ貴族令嬢なのに外で授業を受けているのは、家に居てもエミリーの父は愛人の娘ばかりに愛情を注いで彼女に居場所なんて無かったからだ。

 それでも無報酬で授業をするような錬金術師に出会ったのは奇跡ともいえる。


 しかし、やっている事とは裏腹に、恩師の見た目は悪の科学者を絵に描いたような変な人だった。

 具体的には、よく高笑いしたり、やたら襟の高い黒マントを羽織っていたり、Wの字にはねた白い髭を生やしていたり。

 そして、科学者としての実力も絵に描いたような悪の科学者だというのだから世の中とは分からないものだ。

 恩師にエミリーは問う。


「博士。博士はこんなに凄いなら冒険者じゃなくて研究職として就職して、お金を稼げば宜しいのでは?」


 そもそも恩師は学会で自分の理論が認められず、売れない冒険者をして少しずつ周りに自分の理論を完成させる為に研究費を稼いでいたが、とうとう無理が祟って倒れてしまった所を発見されたのが出会いである。しかし、講義を聞いても彼が劣っているとはとても思えない。

 すると恩師は、片眼鏡に取り付けた義眼を光らせ哀しそうな顔で言った。


吾輩(わがはい)もはじめはそうしていたのじゃが、ある日、スポンサーの貴族が何をしているか気付いてしまっての。

隣の土地の領主なんじゃが……確か、此処の領主と親交が深かった筈じゃ。『母体』となる『因子』を持つ人間を探しているとかで」


 「確かに」と、よく隣の貴族が父に会いに来ていたのを思い出す。名前は『フランケンシュタイン子爵』だったか。

 なんでもこの領土の軍事力が低い部分を補って欲しいとの事だったか。

 如何にも軍人気質といった感じで礼儀に厳しく、顔も良かったが、父とは別のベクトルで、何処か人間性が無く、遠くで見ていて何処か苦手な印象があった。


「でも、『母体』って?」

「……おっと、すまん。エミリーは知る必要が無いものじゃ。と、いうより知らん方が良い。

吾輩は確かに変人じゃ。しかし、人の道を違えてまで認められようとは思えなくなってのぅ。さっ、なんか湿っぽい話になったが、続きじゃ続き!

今日も吾輩の偉大な授業を聞くがよい!」


 この直ぐ後に恩師は、エミリーの父によって「娘に悪質な洗脳行為をしている」と濡れ衣を着せられる。

 捕らえられそうになるも、用意していた爆弾で衛兵を巻き込み死亡。


 その半年後にフランケンシュタイン子爵領へ嫁入りさせられ、エミリーは恩師の言っている事を身を以て理解した。

 

 彼がまだ11歳のエミリーに用意していたのは、煌びやかなウェディングドレスではなく、黒い煙を吐き出す生命維持装置だったのだ。

 悪意ある人体実験に付き合わされた結果、エミリーは死体から切り落とした生首を子宮から無理に埋め込まれ、機械に一年近く固定され続け、そして子宮を麻酔も使わず刃物で抉り取られた。


 その実験によって、声にならない唸り声を上げる生首の目が、エミリーを捉えていたのが印象に残っている。

 一年程子宮に入れ続けた生首だけの死体が、まるで生き返ったかのように動いていたのだ。


 その後暫くして、エミリーは「もう役に立つ事はない」と離婚届を出され、実家へ送り返される事になる。

 


 シクシク下腹の傷跡が痛む気がする。

 ふと抑えようとすると、気持ちを察した隣のアダマスが手をそこにドレスの上から添えていた。フフッと笑うと、エミリーは言う。

 

「さっきはアダマスくんが奢るって言ったけど、私が奢らせて欲しいな」

「えっ、悪いよ」

「悪くてもダメ。私がそうしたいんだから、アダマスくんはそうされるべきなの」

「んー、まあ、そこまで言うなら仕方ない。良いよ、奢られてあげる」

「むふふ、ありがとう」


 エミリーはアダマスの首を左手で抱いた。

 自分がそうされたかったからだった。

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