第二十七話 読心術は戦闘面でそこまで役に立たない
領主の屋敷の裏には小さいながらもパーティーホールがあり、華やかに演劇をする事も出来る。そのような煌びやかさとは打って変わり、隣には実直な床の間と畳の間の二つで分けられる、実直な道場があった。
朝起きたアダマスは、朝食前に先ずは此処で軽く訓練を行う。
服装も実戦に近いということで、敢えて私服より動きにくい領主の服である。何時奇襲が来るか分からないからだ。
パーティーホールと同等に中々広い道場だ。
だがしかし、今、木製ナイフを半身の構えにて持つアダマスとっては狭い空間に感じられた。
目の前で棒を両手に持ち、下段に構えるハンナの隙を見出せないからだ。
長さは普通のモップと変わらず、長めの片手剣程度の射程しかないのに、長槍を相手にしている不気味さがあった。
ニコニコと。
笑顔と云う無表情を浮かべたハンナが一歩前へ出、顔を狙って下から上へ突きを放つ。
それをアダマスは読心術で先読みし、弾かれる等力負けしないようにナイフの側面にもう片手の甲を当てつつ、受け流しながら接近。
「シャッ」と木材同士が滑り擦れる音を立てて、ハンナの懐へ潜り込む。棒は横へ反れていた。
そのまま手の甲でナイフの背を押し、振り下ろしの形で彼女の眼前へナイフを突きつける。お互いにピタリと止まり、得意な顔でアダマスは言った。
「今日はボクの勝ちかな、ハンナさん」
「あらあら、困りましたねえ。しかし惜しい。私の左手と先程流した棒をご覧ください」
見ればハンナは左手に何も持っていない。両手で突きを放った筈である。
実は彼女、突きを放った後に両手を緩めるように離し、その慣性によって伸びた棒の端を受け流されながら、片手(右手)で途中から再び掴んでいたのだ。
下段から放ったので丁度アダマスの鳩尾の辺りへ中高一本拳(正拳の握りから中指の1指を飛び出させ、親指で中指の第1関節部を押える拳)の構えを取る左手、そして頭の真横を何時でも殴れる形で存在する右手の石突によって包囲されている。
ナイフ一本ではどちらかの相手をしている内にどちらかの攻撃が来てしまうし、このまま推し進めていてもナイフの到着よりハンナの攻撃の方が早くアダマスに当たる。
『詰み』と呼ばれる現象だ。
「確かに行動は読んだ筈なのに」
「オホホ、才覚に頼りすぎてもいけませんわ。坊ちゃま。
現在は『偶々』この形になっておりますが、あの突きからの流れと云った『技』は思考でなく身体に染み付かせて覚えるものなのです」
口に手を添えて上品に笑うハンナへ、頬を膨らませて木製ナイフを納得しない顔で見やるアダマス。ふと、気付く。
「でも、ちょっとした疑問なんだけど、それじゃさっきの技はボクが受け流す事を前提に攻撃しているって事になるよ」
「あらあら、良いところを気が付きますね。半分は当たりです」
「半分?」
ハンナは一歩離れたところで棒を同様に構えた。伸びた背筋は時間の静寂を思わせる。
両手で持ったまま突きを放ち、途中で離す。棒は勢いのまま伸び、片手で掴まれる。
ただし今度は、端ではなく腹の辺りだ。アダマスの方へ顔を向け、微笑みを浮かべる。
彼女なりの『問い』である。
「あ、なるほど!ボクが『受け流し』を選択した時点で左手を離して、別の技へシフトしていたんだ。そして、はじめの突きからシフトする選択肢は今のように多い」
「ご慧眼、御見それします。因みにこれは坊ちゃまが片手で受け流した際の選択肢にあった技のひとつでして、接した瞬間に棒を『手甲』と化す事により武器を押し返す事が出来ますね」
そう言って、肘を曲げて手首を回してみせた。
なるほどなと色々論議してみるが、その腕から伝わる感触等と云った変化を感じ取るのが経験であり、それ故に訓練は怠ってはいけないという結論に達する。
「では、もう少し汗を流しましょうか」
「うん。でも、良いの?」
アダマスはブラウスの襟首を引っ張ってみせる。先ほど朝起きて着替えたばかりなのに、これが終わればまた同じ服に着替える必要があるのではないか。
ハンナは柔らかく微笑み返した。
「あらあら、高貴なる方がそれを気にする必要はありません事ですわ。
……正直に申しますと、同じないし仕事用の衣装を沢山用意しなければいけない王国の決まりなのです」
「ふぅん、そんなものか」
「ええ。もっと凄い方になりますと、贅を尽くした料理を食べては吐いてヒラヒラした衣装で拭い、それを使い捨てにする貴族もいらっしゃいますね。
沢山出している割にふくよかでいらっしゃる方が多いものですが」
「うへぇ」
そうしてアダマスは健全に汗を流すことにしたのだった。
◆
何度かの素振りや、徒手空拳。それに拳銃による射撃訓練などを行った後、ハンナはアダマスの身体の疲労具合を見て「そろそろ良いか」と辞めの合図を入れようとした。
その時だ。
「おはよーっ!」
突然扉が開き、中から出てくるのは、片眼鏡をかけた黒い外套に身を包む黒ずくめの女。服の色合いとは対照的に、声がとても明るく、スポーティーな勢いがあった。
「やあやあアダマスくん。そろそろ訓練が終わるころだったね。と、いう事はそろそろシャワーなんだろ?せっかくだし、一緒に入ろうではないか」
突然の乱入者へ、ハンナの笑顔が微妙に硬くなる。ヒクヒクと。




